発達障害のあるAさんの働く上での障害とそれを減らす合理的な工夫
例えば、発達障害のある方の場合はどうだろうか。発達障害と一言で言っても、その状態や抱える困難さは一人ひとり違う。私が就労支援に関わったAさんは自閉症スペクトラムの診断があった。独学で学んだプログラミングが得意でミスがとても少ないため、エンジニアの職種を探していた。
Aさんは聴覚に過敏さがあり、ガヤガヤした周りの音やエアコンなどの機器の音が聞こえすぎてしまい、そのような音が聞こえる環境だと集中することが難しい。また、急に音が聞こえると驚きパニックになる。例えば急な放送やいつ鳴るかわからない電話の音にも過敏に反応する。また、自分の疲れ具合を自ら把握し自ら休憩を取ることが難しく、食事をとることを忘れてしまうくらい、集中しすぎてしまう。そのように集中しているときに他者に急に話しかけられるとパニックになることもあった。
Aさんがエンジニアとして仕事をする場合、働く上での障害は何になるだろうか。また、どのような職場でどのような工夫があったら働く上での障害を最小限にすることができるだろうか。
まず、物理的な職場の環境としては、周りの人の声や電話が聞こえづらい場所がよいであろう。そのような個室や一角が用意できる職場があれば良いが、もしない場合はノイズキャンセリングのヘッドホンを活用するのも良いかもしれない。集中しすぎてしまうことについては、毎日作業内容を確認し、休憩をとるタイミングを事前に決めておくのもよいかもしれない。
もしくは、音はびっくりしてしまうためタイマーなどは使わず、PCのカレンダーに休憩時間を登録し、休憩時間になったらカレンダーがリマインドをしてくれる設定にできるとよいかもしれない。急に話しかけるとびっくりすることは事前に職場のメンバーに伝えておき、チャットなどのツールで話しかけるようにするのも一つだろう。
そして、職場の文化としては、ヘッドホンをすることや、Aさんの特性に応じて話しかけ方を工夫することができる、などを受け入れることのできる文化が必要であろう。
これらの工夫を、勝手に雇用主やAさんそれぞれが決めるのではなく、上記のステップの通り、共に話し合いを通して決めていく。
誰もが働きやすいインクルーシブな職場づくりとセットで推進する
障害者雇用は単独で進めるのではなく、インクルーシブな職場づくりとセットで計画し推進する必要がある。なぜなら、働く上での障害があるのは、医学的な障害のある方のみではない。読者ももしかしたら現在働いている職場にて「障害」を感じているかもしれない。「じつは自分は朝より夜のほうが集中できる」という人は、フレックス制度のある職場だったら障害を感じないが、シフトが決まっていてその時間通りに出勤をしなければならない職場だったら障害を感じるだろう。
育児中の方であったらリモートで働けたら働く上での障害を感じないかもしれない。多様な人が働くことを前提とした職場づくりがなされていると、障害のある方が働くことになっても、とくに働く上での障害を感じず、その職場では合理的な配慮はとくに必要なかったりすることもある。仮にAさんの職場がチャットやカレンダーが当然のように活用されていて、ほかの人もヘッドホンをしていることが当たり前の職場だったら、Aさんも安心して働けるであろう。
インクルーシブな職場づくりのためには、フレックスやリモートで働ける制度、パートナーシップに関する制度などの整備ももちろん重要であるが、どの社員であっても困難さを感じたときに相談がしやすかったり、お互いの得意不得意を自己開示しあい苦手を補い合ったりする仕組みづくりや文化づくりがかかせない。直属の上司には相談しづらいこともあるため、多様な相談先を仕組みとして用意しておくことと、誰もが気軽に困ったことを相談し合えることが当たり前であると、障害のある人も相談がしやすいし、助けも求めやすい。
そして、「完璧な仕事をすること」をお互いに求め合う職場文化では、なかなか多様な人は働きづらい。お互いの得意不得意、強み弱みを知り合い、苦手を補い合うチームづくりをしていく。「できること」よりも「できないこと」に着目し、どうしてもやらなければならない「できないこと」に対しては、できるための工夫を考える。障害の有無にかかわらず、お互いにこのような働きかけをすることがインクルーシブな文化をつくることにつながる。
さいごに
どんなに障害者雇用を推進したとしても、インクルーシブな職場づくりが根幹にないと、なかなかその職場で働き続けることは難しい。今回の問題を機に、民間企業も官公庁も障害者雇用を進めるのみでなく、誰もが働きやすいインクルーシブな職場づくりを社会全体で目指したい。
また、現状は、仮に働いている多様な人たちの働く上での障害が限りなく少ないインクルーシブな企業や組織があったとしてもなかなかそれが外からは見えづらいため、評価もされづらく、よい実践や仕組みが共有されづらい。個々についているラベルの多さのみでその組織の「インクルーシブ度」を測るのではなく、その組織がどれだけ多様な人の働く上での障害をなくしているか?によって「インクルーシブ度」を測れるような仕組みを考えていきたい。
参考

作者 長谷川 敦弥
クリエーター 野口 晃菜
発行 SBクリエイティブ
発売日 2016年12月6日
カテゴリー 新書
ページ数 160
ISBN4797389753
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野口晃菜(のぐち・あきな)
障害科学
1985年生まれ。小学校6年生の時にアメリカへ渡り、障害児教育に関心を持つ。
高校卒業時に日本へ帰国、筑波大学にて多様な子どもが共に学ぶインクルーシブ教育について 研究。その後小学校講師を経て、 現在障害のある方の教育と就労支援に取り組む株式会社LITAL ICOの執行役員・LITALICO研究所所長として、 教育事業、 就労支援事業における支援の質向上のシステムづくりや公教育や大 学との共同研究などに取り組む。
共著に「インクルーシブ教育ってどんな教育?」や「地域共生社会の実現とインクルーシブ教育システムの構築― これからの特別支援教育の役割」などがある。博士(障害科学)。