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カラスはいやしい仲間を嫌う?森林管理官が語る動物たちの豊かな内面 『動物たちの内なる生活』 - 東嶋和子 (科学ジャーナリスト・筑波大学非常勤講師)

 ペットを飼ったことのある人なら、あるいは家畜を育てたことのある人なら、当たり前じゃないかと一笑に付すような”発見”が、最近相次いで明らかにされている。

 それは、動物に「感情」や「意識」があるとか、現在だけでなく過去や未来にも思いを馳せているといった、これまではヒトの特権として扱われてきた知性や心に関する発見である。

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 本書は、ドイツの森林管理官が森で出会い、あるいは家や放牧場でともに過ごした動物たちの感情や意識について、近年の科学的知見をまじえながら、愛情あふれる筆致でつづったネイチャー・ノンフィクションである。

 進化論が教育の場でタブーとされているようなキリスト教圏の一部の人々はいまだに、創造主がヒトを万物の長たらしめたと信じて疑わないらしい。したがって、動物に関するこうした科学的知見に眉をひそめたり、都合のいい擬人化に過ぎないと批判したりする。

 一方、生きとし生けるものに等しくいのちを感じとる日本人にとっては、本書の内容の多くは、前からそう思っていたことがらの確認に過ぎない。その意味で、本書は日本人読者にとって、西欧の人々が動物をどう見ているか、という比較文化論としても興味深いかもしれない。

ドイツ人と森の「特別」な関係

 著者ペーター・ヴォールレーベンは1964年、ドイツのボン生まれ。大学で林業を専攻したのち、20年以上、ドイツ南西部のラインラント=プファルツ州営林署で働いた。2006年に役所を辞めてフリーの森林官となり、引き続き同地の森林管理を担当した。その間、多数の著作を世に出し、前著『樹木たちの知られざる生活』(早川書房)は世界で100万部を超すベストセラーになった。

 2016年には森林官の仕事を辞めて執筆業と森に関する啓蒙活動に専念している。同年発表された本書は、ドイツで27万部を売り上げ、28か国で刊行されている。

 訳者のあとがきによると、ドイツ人と森との関係には「特別なものがある」。ワンダーフォーゲル運動や「森の幼稚園」「森の墓地」など、ドイツ人の生活の折々に森は大きな役割を果たしている。

 単位面積あたりの木材生産量や自給率は日本より高く、「ドイツ人が森を愛することは、私たちが想像する以上なのだ」と、訳者は語る。

 その森で、木々の育成から森林整備、伐採や製材、販売までをトータルに管理するのが、森のスペシャリストたる森林官である。森林官になるには、専門学校や大学で特別な教育を受け、国の認定を得る必要がある。赴任地で暮らしながら、原則として退官まで同じ地域を担当し続ける。ドイツでは、人気の職業のひとつだそうだ。

 ひるがえって日本の森林は、管理が行き届かず、荒廃の一途をたどっている。ドイツの森林官のような総合的な専門職が日本の森にいたら、とうらやましくなった。

人間に勝るとも劣らぬ感情豊かな内面

『動物たちの内なる生活 森林管理官が聴いた野生の声』(ペーター・ヴォールレーベン 著、本田雅也 翻訳、早川書房)

 ペーターが本書でふれる動物たちは、実に多種多様だ。アリやハチ、チョウやガといった昆虫、苔の中に暮らすクマムシ、森に住むシカ、イノシシ、ノロジカなどの狩猟動物、カラスやカケス、シジュウカラなどの鳥類、ドイツでは身近なリスやハリネズミ、そして家畜としてのウマ、ヤギ、ブタ。ペットとしてのウサギ、イヌ。手話をするゴリラなども登場する。

 ヒトと生活圏を接するそんな動物たちの行動をつぶさに観察し、野生の声に耳を澄まし、そこから垣間見える彼らの「内なる生活」を探る。明らかになるのは、私たち人間に勝るとも劣らぬ感情豊かな内面である。

 動物を単純に擬人化するのではなく、学問的厳密さを保ちつつ、動物たちとの日々の交流で得た直感を控えめに語る態度が好ましい。

 「学問的な知見を、小説のように読める」本を目指している、と著者自ら語ったように、読者はわくわくしながら動物たちの行動を追い、ページを繰るうちに動物のことをより深く知るようになる。

 たとえば、ワタリガラスが公平不公平に対する強い感受性を持っている、という話。共同作業と道具の使用に関するこんな実験が紹介される。

二羽のカラスが同時にかつ慎重に糸のそれぞれの端を引っ張れば、糸が抜けることなく二羽はごちそうを届くところまで引き寄せることができる。そのことを賢い動物であるカラスは即座に理解するが、パートナー同士が仲の良い場合には、この実験はとりわけうまく運ぶ。だがこの綱引き作業をした別のペアでは、首尾良くチーズを引き寄せたあと、一羽がふた切れとも食べてしまうことがあった。働いてもなにも得られなかったカラスはそのことを覚えていて、それ以降そのいやしい仲間とは、ともに作業しようとしなかった。エゴイストは鳥の世界でも好かれない、ということなのだった。

 そういえば、森のカラスも、いつもの支柱に穀物のおすそ分けをもらいに来る前に、地面をつついてナラの実を隠していた。穴を複数開けて、ペーターを欺く工夫までして。

 「与えられた食べものをもっとも効率よく食べるための、完璧なタイム・マネージメント。そしてそれを実現するために、カラスは未来にかかわる思考を展開していたにちがいないのだ」と、ペーターは気づく。

 「これから動物を観察するときはもっと細かい点まで見よう。さらに言えば、自分がほんとうはなにを見たのか、もっと綿密に考えよう。それに皆さんだってどうだろう、こんな体験に出くわして、あとになってその真の意味に気づく、なんてことがきっとあったのではないだろうか」

家畜の悲惨な飼育環境や遊びの狩猟に対する憂慮

 本書を読めば、ある種は賢いとか、かわいいとか、ヒトにとって善か悪かといった分類がいかに不遜でばかげたことであるかに気づかされる。なにしろ動物たちは、私たちが思ってもいないようなやりかたでこの世界を知覚しているのだから。

 ブタやニワトリなど食肉にされる家畜の悲惨な飼育環境や遊びの狩猟に対しても、ペーターは遠慮がちに憂慮を表明する。私もまったく同感である。

動物にも感情があると認めることへの拒否反応にたびたび接していると、人間がその特別な地位を失ってしまうことへの不安感がそこには見え隠れしているなと、ふと感じることがある。(中略)……私が望むのは、今の世界をともに生きるものたちと付き合うなかで、それが動物であろうと植物であろうと、彼らへの敬意が少しでも戻ってくれればいいな、ということである。そのことが利用の断念に直結するわけではない。しかし快適さとか、生物由来の製品の消費量などをあるていど制限することにはつながるだろう。それが楽しげなウマやヤギ、ニワトリ、ブタの姿として報われるなら、(中略)――そのときは、私たちの中枢神経系のなかでホルモンが放出され、抗いようのない感情が体じゅうに広がるだろう。ああ、幸せ!

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