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「2島返還」はロシアの不法占拠容認だ - 樫山幸夫 (産經新聞元論説委員長)

色丹島(HomoCosmicos/gettyimages)

「2島返還」の可能性がいよいよ濃厚になってきた。12月1日、ブエノスアイレスで会談した安倍首相とロシアのプーチン大統領は、河野太郎、ラブロフ両外相を平和条約交渉の「責任者」とすることで合意した。「1956(昭和31)年の日ソ共同宣言を基礎に平和条約交渉を加速する」というさきのシンガポールでの日露首脳合意を具体化するのが狙い。この合意は、条約交渉の最大焦点、北方領土の帰属問題について「2島返還」を念頭においており、両外相を中心とする新たな体制での交渉が始まれば「2島」の流れが一気に強まる可能性がある。

主権放棄、国の存立を脅かす

1日の会談では、森健良外務審議官とモルグロフ外務次官をそれぞれ首相と大統領の「特別代表」に任命、実務交渉にあたらせ、1月の首相訪露前に外相会談を行うことでも合意した。

2島返還をめざすとなれば、敗戦のどさくさに乗じた旧ソ連の不法占領を非難、官民挙げて「4島返還」を要求し続けてきた日本にとって、大きな方針転換となる。〝火事場泥棒〟にも等しい違法行為に屈して固有の領土を明け渡せば、主権放棄にもつながり、国家の存続をも脅かしかねない。未来永劫、禍根を残すだろう。

安倍首相は今回の首脳会談に先だつ11月26日の衆院予算委員会で、シンガポール合意に関して、「私たちの主張をしていればいいということではない。それで(戦後)70年間まったく変わらなかった」とこれまでの交渉が成功しなかったことに言及。「戦後70年以上、残されてきた課題を次の世代に先送りすることなく、私とプーチン大統領の手で必ずや終止符を打つ」と強調した。首相は11月14日、シンガポール会談の際にも、同様の決意を同じ表現で披瀝している。

安倍、プーチン両首脳がシンガポールで「交渉の基礎」とした「1956年の日ソ共同宣言」は、平和条約交渉の継続に加え、ソ連が歯舞、色丹の両島を平和条約締結後に日本に引き渡すことが明記されているが、国後、択捉は盛り込まれていない。シンガポール合意では、国後、択捉が明記され、その帰属についての交渉が謳われた1993(平成5)年の東京宣言は無視されている。

こうした経緯の上に立って、交渉に〝終止符〟を打つというのだから、安倍首相が「4島返還」の方針を変更し、「2島」返還で最終的な決着を図る考えであると受け取られるのは自然であり、シンガポール会談について、日本のメディアが「方針転換」と大きく報じたのも当然だった。

領土問題解決に多くの選択肢

首相が示唆した「2島返還」のほか北方領土の返還をめぐって、いくつかの解決方法、アイデアが取りざたされているが、ここで整理をしておきたい。

おおざっぱに4通りに大別されよう。(1)4島返還(2)2島先行返還(3)2島返還プラス・アルファ(4)2島だけ返還―だ。

「4島返還」は日本政府が従来、堅持してきた基本方針。日ソ共同宣言本文に国後、択捉の2島の名を盛り込むことは見送られたが、宣言に付随する松本俊一、グロムイコ両全権(いずれも当時)の往復書簡で、ソ連側は「領土問題を含む平和条約締結交渉を外交関係の再開後に継続する」と同意している。日本政府はこれを根拠に、歯舞、色丹の引き渡しだけでなく国後、択捉の返還も要求しつづけてきた。日本にとって本来、譲れない原理原則だ。

(2)の「2島先行返還」は、共同宣言にある歯舞、色丹の引き渡しをとりあえず実現、その後、国後、択捉の返還交渉を継続するという考え方。日本国内でも、国民民主党などが主張している。4島返還要求をあきらめず継続するという意図が込められているが、いったん2島が返還されてしまった後、ロシアがさらに国後、択捉の返還に応じるか。クリミア併合など「力による現状変更」をいとわないプーチン大統領が「2島」で幕引きをはかってくるのは明白で、かりに交渉を継続したとしても従来以上に困難だろう。

「2島プラス・アルファ」には2島返還と国後、択捉での共同経済活動を組み合わせ、日本側が経済での〝実利〟を得るという思惑が込められている。国後、択捉の主権を断念しても膠着状態を打開すべきという思い切った譲歩案だ。(4)の「2島だけで決着」という構想は、歯舞、色丹だけの引き渡しにとどまるという日本にとって最悪のケースであり、国内からは公然とは聞こえてこないが、「2島先行返還」をめざした場合、結果的にこの「2島返還」、それだけでで終わってしまう可能性は大いにあるだろう。

4島の面積を2等分して折半するという不可解な構想を過去に日本の有力政治家が公言、いまでも時折、口端にのぼることがあるが、さすがに今回は議論になっていないようだ。

首相の意向は「2島プラス・アルファ」

安倍首相の意向は「2島プラス・アルファ」にあるようだ。首相はちょうど2年前の2016年12月、地元、山口・長門で行ったプーチン氏との会談で、北方4島で、農漁業、電力開発、環境対策など8項目の事業を共同で推進していくことを提案、合意した。

そうした経緯に加え最近の首相の発言、「私たちの主張をしていればすむことではない」「それで70年間変わらなかった」「終止符を打ちたい」―などを考え合わせると、その意図を察するのは容易だ。    首相は国会でも「領土問題を解決して平和条約を締結する方針に変わりはない」と説明、方針変更を公式には認めていない。しかし首相は、外務省発行の文書に明記された政府見解「ロシアによる不法占拠」という事実を確認するよう国会で求められても、あいまいな答弁で言を左右にするだけだ。「外交上の手の内を明かすことは避ける」ということらしいが、こうした姿勢からも「4島断念」という首相の意図がうかがえる。

困難を極めた過去の交渉

領土交渉には長く困難な歴史がある。56年の共同宣言に国後、択捉を明記することこそできなかったものの、日本側は松本・グロムイコ往復書簡にこぎつけ、それを唯一の根拠として粘り強い交渉を重ねてきた。しかし、ソ連、ロシアは強硬で、とくに、冷戦時代がそうだった。「解決済み」と突き放し、「ソ連に余った土地はない」などと愚弄、「ミスター・ニエット(ノー)」いうニックネームを奉られたグロムイコ外相らを相手にしてきた外務省の労苦は察するにあまりある。

望みを捨てない日本の粘り強さが功を奏し、徐々にではあるが先方を動かした。1973(昭和48)年、田中角栄首相(当時)がモスクワでブレジネフ書記長(同)と会談した際、「第2次大戦時からの未解決の諸問題を解決して平和条約を締結する」ことで合意。「諸問題」の中に「4島」が入ることを書記長は確認した。日本にとって初めての大きな成果であり、このとき記者ブリーフィングを行った外務省幹部が感極まって声を詰まらせたことは語りぐさになっている。

その後も、ソ連、ロシア側の強い巻き返しににあったが、曲折の末、4島名を明記し、その帰属について交渉を継続するという93年の東京宣言(細川護煕首相とエリツィン大統領=いずれも当時)、4島を列記、東京宣言を敷衍した2001(平成13)年のイルクーツク声明(当時の森喜朗首相とプーチン大統領)にこぎつけた。

首相は国民の信を問え 

今回、もし2島返還で「終止符を打つ」ということであれば、これまで困難な交渉を継続してきたのは、むなしい努力だったということになってしまう。

北方4島は歴史的にみて、これまで一度としてロシア領になったことはない。どさくさの中で、ソ連が不法に奪い取ったわが国固有の領土だ。「70年間全く変わらなかった」(安倍首相)からといって、それを放棄することは、泥棒を許し、盗んだ物を与えてやることに等しく、国家構成の最高要素である主権の放棄につながる。主権を失えばもはや国は成り立たない。

尖閣、竹島など他の日本固有の領土をめぐる中国、韓国との論争にも深刻な影響をもたらすだろう。「70年間、不当に居座っていれば、日本はあきらめるだろう」という誤ったメッセージを送ることにもなり、安全保障上、由々しき事態を招く。

方針を転換したのなら、首相はあやふやな説明を繰り返すのではなく、国民にあらたな方針とその理由を十分に説明する必要があろう。論議をつくしたうえで、国会を解散し国民の信を問うべきだろう。

それをせずに、水面下で交渉を進め、合意して初めて明らかにして劇的効果を狙うなどということはあってはならない。首相のハラの内など、推測の及ぶところではないが、国益のかかった重大かつ深刻な問題で〝秘密外交〟など絶対に許されない。

ブエノスアイレスで日露首脳会談が行われた12月1日、東京は、快晴、穏やかな天候に恵まれた。北方領土返還運動の気運を高めようと、元島民や根室市、羅臼町など地元自治体の関係者ら500人が、日本橋周辺を行進した。出発式で宮腰光寛沖縄・北方担当相が「返還交渉の本格的な時がきた。みなさんと同じ思いで返還運動に取り組みたい」と挨拶したが、アルゼンチン滞在中の安倍首相、河野太郎外相らの姿はなかった。

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