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すべての人は平等に、人生を自己決定する権利がある。それが何らかの圧力によって歪められることがあってはならない - 「賢人論。」第77回鎌田實氏(前編)

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1974年に東京医科歯科大学を卒業後、長野県茅野市の諏訪中央病院に内科医として赴任した鎌田實氏は、以来40年以上にわたって地域住民と共に歩み、地域医療の拡充に尽力。日本でいちはやく緩和ケアにも取り組み、その経緯を綴った著書『がんばらない』はベストセラーにもなっている。そんな鎌田氏に、まずは日本政府と厚生労働省が推奨している「地域包括ケアシステム」についてお話を伺った

取材・文/盛田栄一 撮影/遠山匠

患者さんの生活を“病院の中だけで”支えるのは不可能です

みんなの介護 厚生労働省は、いわゆる「2025年問題」を視野に入れ、地域包括ケアシステムを日本各地で実現させようとしていますね。

鎌田さんが、まさに同じ「地域包括ケア」という言葉を使って医療と介護の連携に取り組み始めたのは、今からおよそ30年前。時代がようやく鎌田さんたちに追いついてきたということでしょうか。

鎌田 厚労省が「地域包括ケアシステム」の必要性を説き始めたのは2012年頃からだったと思います。

厚生労働省の説明によれば、地域包括支援システムとは、「高齢者の尊厳の保持と自立生活の支援の目的のもとで、可能な限り住み慣れた地域で、自分らしい暮らしを人生の最期まで続けることができるような、地域の包括的な支援・サービス提供体制」のこと。こうしたシステムを構築する意義については、誰も反対しないでしょう。

しかし、2025年問題が喫緊の課題となった今頃になって、政府が急にこんなことを言い出すのはちょっと…という気がしますね。これでは「福祉に回すお金がなくて、特養も老健も、ドンドン作れないから、地域で知恵を出し合い、在宅介護ベースで何とかお金をかけずに介護問題を解決してくれ」と言っているようなものですから。

みんなの介護 30年前、鎌田さんが地域包括ケアに取り組み始めたのは、どんな経緯からだったのでしょうか。

鎌田 東京の医大を卒業した僕が、「医者がいなくて困っている」と聞き、長野県茅野市の諏訪中央病院に赴任したのは、今から44年前のこと。当時の長野県は全国で二番目に脳卒中が多く、なかでも茅野市は脳卒中による死亡率が県内で最も高くて、平均寿命も短かった。

そこで僕たち医師や看護師は、地元の人たちの信頼を得るために、ボランティアで健康づくり運動を始めました。診療の後、地域の公民館に出かけていって、食生活で減塩することと野菜をもっと摂ることの大切さを繰り返し説いていったのです。

そうやって地域の人たちの暮らしに飛び込んでみると、東京の医大では見ることのなかった、寝たきりのお年寄りを数多く目にしました。脳卒中で倒れた高齢の患者さんは、たいてい家の一番奥の、陽の当たらない部屋に寝かされていて、奥さんやお嫁さんが1年365日、たった1人で面倒を見ていたのです。

なかには「1年以上風呂に入っていない」というお年寄りもいました。

そこで、ボランティアの人たちや社会福祉協議会のヘルパーさん、保健婦さんの協力を得て、「お風呂に入れちゃう運動」という入浴サービスを始めました。

みんなの介護 そういった運動が地域包括ケアにつながっていったんですね。

鎌田 はい。僕たちが日本で初めてデイケアサービスを始めたのも、「もし自分が介護する側だったら?」と想像するところからスタートしました。「人一倍わがままなオレが、寝たきりのお年寄りを1年中世話することになったとしたら、どうすれば耐えられるだろう?」と、僕自身考えてみたのです。

すると、1週間に1日だけ介護から解放されて、映画を見に行ったり、ドライブに行ったり、おいしいものを食べに行ったりできれば、何とか耐えられるじゃないかと思った。

そこから、お年寄りを1日だけ預かる「デイケア」の発想が生まれました。

病院の中だけで患者さんの生活を支えることはできません。患者さんが地域で幸せに生活していくためには、医療、看護、介護、福祉関連のさまざまな職種の人たち、それに地域住民の皆さんが互いに連携していくことが重要なんです。

この国の介護職員の給与は低すぎる。介護福祉士と准看護師の中間くらいが妥当だと考えます

みんなの介護 その後、鎌田さんが諏訪中央病院の院長に就任し、赤字だった病院を見事に立て直した話は有名ですね。

鎌田 一時期は全国の病院関係者が連日のように視察に訪れ、それぞれの活動の参考にしていただきました。嬉しかったのは、ずっと続けていた健康づくり運動の成果がしっかり出たこと。

1990年には、それまで短かった長野県の男性の平均寿命が日本一になったんです。それまで赤字だった病院経営が黒字に転換したのは、高度医療や救急医療と同時に見捨てない医療も提供する「あたたかな急性期病院」として、地域の人たちから信頼される病院になったから。万が一病気が治らなくても、苦痛を取り除く緩和ケアや、自宅で過ごしたい人向けの在宅医療など、さまざまな選択肢を用意するようにしました。

また、特別養護老人ホーム「ふれあいの里」や介護老人保健施設「やすらぎの丘」を併設するなど、医療・看護・介護の複合体モデルを構築したことも、経営の黒字化に大いに役立ったと思います。

みんなの介護 一時期は老人保健施設の施設長も兼任していたそうですね。

鎌田 はい。僕が老健の施設長をしているときに行ったのは、介護職員の大幅な給与アップ。この国の介護職員の給与は低すぎますから。資格でいえば、看護師と介護福祉士が国家資格、准看護師が都道府県知事免許ですから、その中間くらいの給与が妥当じゃないかと考えました。

結局、諏訪中央病院の院長とCEOを15年間務め、院長を辞めたのが56歳のときで、その前に複合体の解体を宣言しましたね。幸い、病院を立て直すことができたので、もう複合体の役目は終わったと判断したからです。

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