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貴景勝が優勝しても、白鵬が高笑いしている理由 - 新田日明 (スポーツライター)

 相撲界に久々の新風が吹き込んだ。小結・貴景勝が九州場所で初優勝。13勝2敗で賜杯を手にし、2014年秋場所の初土俵から26場所での幕内最高優勝は元横綱・曙に並んで史上4位タイのスピード記録となった。まだ22歳で来年は大関昇進の期待もかかる。将来の相撲界を背負って立つ新たなスター候補の誕生に世間は大きく沸きかえっているが、日本相撲協会の上層部からみればおそらく複雑な思いもあるに違いない。元師匠の花田光司氏の存在がどうしてもチラついているからだ。

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 花田氏の協会退職に伴い、所属していた貴乃花部屋が消滅。千賀ノ浦部屋に転籍して迎えた最初の場所で、いきなり最高の結果を出した。花田氏もとい元貴乃花親方と対立を深めていた協会上層部にとって、その元師匠の遺伝子を受け継ぐ貴景勝の台頭はかつての怨敵の育成手腕に再び評価が集まる流れとなるのは必至だけに苦々しく感じるところもあるはずだ。

次代を担うべき人気日本人力士の誕生を欲しているのはもちろんだが、貴乃花の「貴」と元師匠の尊敬する戦国武将の上杉謙信の後継者・景勝が四股名に含まれている貴景勝がこの絶妙過ぎるタイミングでインパクトを残したのだから協会内を占める「反貴乃花派」の既存勢力は諸手を挙げて万歳三唱とはいくまい。

 しかしながら旧態依然とする日本相撲協会に風穴を開けて欲しいと願う世の多くの人たちは、逆境にもめげず栄誉に輝いた貴景勝に惜しみない拍手と賛辞を送っている。そして来年は大関昇進から角界の頂点である横綱へ――。反貴乃花派を黙らせるぐらいの勢いとともに神速の出世街道を歩んで欲しいと、その期待感は高まる一方だ。

 ただし忘れてはいけないことがある。九州場所では横綱が不在であったことだ。3人の横綱は貴景勝が優勝した今場所の取り組みをどういう思いで見ていたのか。ただ無双の横綱・白鵬は休場中もきっと高みの見物だったであろう。自分を脅かす存在が角界に現れない今、誰が台頭して賜杯を手にしようとも自身が復帰する次の場所において真っ向から挑戦を受け止め、それを難なく退ける絶対的な自信を持っているからである。

 その自信の裏打ちとして無双横綱を支えているのが強靭な精神力と肉体だ。22歳の貴景勝に対し、白鵬は一回り近くも上の33歳。決して若くない年齢でありながらも、なぜここまでコンディションを維持しながら史上最高となる幕内最高優勝41回など数々の記録を塗り替え、他の力士の高い壁として今も頂点に立ち続けられるのか。

それは角界の頂点に立ちながらも栄位に甘んじることなく、他の若い力士たちの追随を許さないほどの稽古量を誇り続ける点に加え、ヨガや断食などこれまでの慣例にとらわれない心身の鍛錬に取り組む「粉骨砕身」の心を持ち合わせているからに他ならない。

 一方で、その白鵬に関する評判は芳しくない。張り差しやかち上げといった取り口が汚いとか卑劣だと言われたり、土俵外の言動が横綱としての品格に欠けているとの指摘も数多く出ていたりするなどとかくバッシングのオンパレードだ。明確な反則技となっていないにもかかわらず取り口うんぬんにイチャモンがつけられるのはどうかと思うが、後者に関しては同意しなければいけない点がある。

元横綱・日馬富士の暴行現場に居合わせながら、それを〝黙認〟していた愚行はその最たる例だ。この一件の真相については各方面で憶測も含めて今も論じられているが、すでに世間的には白鵬にも罰則が課せられて落着しており、ここで四の五の言うことは控えたい。とはいえ、ここから白鵬が稀代のヒール横綱となったことは紛れもない事実であろう。

 そういう流れがあるゆえに、世の中の多くの人が「打倒・白鵬」を成し遂げる力士の誕生を願っているのは言うに及ばない。しかし残念ながら白鵬は多くの人に嫌われつつも無双横綱として今後も他の力士の高い壁であり続けるはずだ。九州場所で優勝した貴景勝に肩入れしたい気持ちは山々だが、ここまで相撲取材を現場で続けている観点から冷静に見ていくら急成長を遂げているとはいえ、白鵬の牙城切り崩しは一筋縄でいくまい。

 ちなみに2020年の東京五輪まで現役を続けることが現在の白鵬にとって最大のモチベーションとなっている。その目標を完遂すべく、尋常でない心身の鍛錬を極み続けていることは先に述べた通りだが、無双横綱にとっての「礎」はこれだけではない。実は唯一の日本人横綱である稀勢の里の体たらくにも白鵬はコンディション面で大きく助けられている。

 九州場所で稀勢の里は一人横綱として出場したが、初日から4連敗という5日制が定着した1949年夏場所以降は初となる不名誉な記録を作った挙句、またしても休場した。先場所こそ10勝5敗で辛うじて2ケタ勝ったものの、その前までは歴代ワーストとなる8場所連続休場。普通ならば即座に引退勧告を向けられても不思議はないレベルだ。

ところが稀勢の里は昨今の相撲人気を支える日本人横綱であることから協会幹部やご意見番となる横綱審議委員会の面々も明らかに大甘で〝延命〟が看過されてしまっている。ここ最近は毎場所ごとにメディアやファンから「引退目前」と言われ続けているクセに結局は無風のまま。先場所をのぞいて休場ばかりなのにもかかわらず、こうして「横綱」を名乗れている現状をみれば、それは明らかだろう。

 一応、九州場所の千秋楽で横審の委員の1人が「来場所出ないと。これ以上の延命はない」とメディアに発言したが、これは委員会全体の総意ではなく個人の言葉であり、無論「引退勧告」ではない。この程度では単にハッパをかけただけに過ぎないだろう。トップである北村正任委員長が「辞めろとは言わない。来場所頑張ってほしい」と述べていることも、横審が稀勢の里への大甘な姿勢を継続させていることを如実に物語っている。

 中立の立場を自認している古参の日本相撲協会関係者が次のように補足する。

 「要するに稀勢の里が、これだけ休んでも許されたという〝悪しき実績〟を残してしまったのだ。白鵬の立場なら『時々休んでも文句を言われる筋合いはない』と考えたとしても無理はないはず。アンチ白鵬の相撲ファンを中心に『適度に休場しながらコンディションを整えているからズルい』などといったシュプレヒコールが挙げられているが、それは残念ながら的を射ていたとしても説得力はない。『それじゃあ、稀勢の里はどうなんだ』という話になるからだ。

しかも白鵬は今年になってようやく初の連続休場があったぐらいで、3場所連続休場に至ってはこれまで一度もない。悪いイメージばかりが先行しているからアンチの人たちがツッコミを入れたくなる気持ちは分からないでもないが、説得力にかけるバッシングなど白鵬にとっては柳に風。結局のところ対抗馬となるべきはずの稀勢の里がだらしないのに周りから過保護にされている流れがあるから、白鵬は今後も堂々と自分のペースで相撲をとり続けることができるのだ」

 来年の初場所から休場明けの白鵬は満を持して復帰してくるだろう。無双横綱にとってすべてが〝都合のいい環境〟となっている今の相撲界で成り上がっていくのは容易なことではない。だが白鵬との不仲がささやかれた元貴乃花親方の「分身」でもある貴景勝が元師匠に代わって牙をむいていく構図には、やはり何かをやってくれそうな期待感が膨らむ。とにかく強く精神的にも図太い百戦錬磨のヒール横綱を22歳の若武者がぶっ倒す。現段階で可能性はあまり高くないかもしれないが、そんな未来がこの先にあることを信じている。

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