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「死ぬ人は死んで」と言える若者が日本社会を救う~小説家・真山仁氏が初のエッセイにかけた思い

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「アディオス!ジャパン」を執筆した思いを語る真山仁さん

経済小説「ハゲタカ」などのヒット作で知られる小説家の真山仁さんが、日本社会が停滞に至った原因を探った社会派エッセイ「アディオス!ジャパン~日本はなぜ凋落したのか」(毎日新聞出版)が10月5日に刊行された。「問われる震災復興」「沖縄は可哀そうな場所なのか」など国内外18のテーマに独自の視点で切り込み、日本社会が勢いを取り戻すための術を提示している。メディアやSNSの在り方まで、日本社会をめぐる課題やエッセイに込めた思いを聞いた。【岸慶太】

小説だけでは伝わらない「怒り」

ーー今回は小説ではなく、初のエッセイとなりました。エッセイを選んだ背景を教えてください。

私が小説を書く根源には、ある種の“怒り”があります。「おかしいのでは」と感じることがまかり通ってしまう世の中の仕組みや社会の常識に対して、「こんな日本でいいのか」と小説で訴えています。けれど、まだまだ多くの人に届いていないというもどかしさがあります。それで今回は、もっとストレートに伝える方法としてエッセイを選びました。決して小説家をやめるわけではありませんよ(笑)。

以前は思いは小説で伝えるべきだと考えていました。ですが、(東日本大震災の)「3.11」が起きてから小説だけではなく、自分の考えをちゃんと発言しようと思い始めたのです。それで、呼ばれればテレビ番組でコメントをしたりすることも増えていきました。私が言葉にして伝えることで、新たな視点を持った人が増えてくれれば、という思いからです。

震災・原発事故で抱いた 正しさばかりを競うTwitterへの違和感

ーー東日本大震災のどういった面がきっかけになったのですか。

一つは原発事故です。原発事故は絶対起きないという安全神話が世界中にありました。土地神話もそうですが、神話と言い出したら大体ダメになっていく。なぜなら神話に“if”(もし)はないので、疑わなくなるからです。震災の3年前に中国を舞台に原発を建設し事故が起きる小説「ベイジン」を書いたのも、原発の安全神話に警鐘を鳴らしたかったからです。

国家や電気事業者が何をすべきかについても一生懸命書いたつもりです。でもその警鐘は全く届かなかった。2011年の福島第1原子力発電事故が起きてしまったとき、無力感にさいなまれました。

もう一つはSNSの台頭です。ツイッターでは被災地の安否確認ができ、瞬時に様々な情報提供も行われ、良い面ももちろんありました。けれど、しばらく落ち着いてくると正しさばかりがつぶやかれることに違和感を持ったのです。

つぶやきなんだから放っておけばいいものを、自分と異なる意見を言う人を攻撃する。あるいは、自分の正しさを断定する人に何となく共感する人は、同じようなことを言う人ばかりフォローし、違う意見を否定する。炎上とフォローの連続で、ただひたすら正しさだけを言い争うようになった。

正しさを言い争うことは、非常に危険です。例えば、宗教には絶対的正しさはなく、イスラム教徒とキリスト教徒に議論させたらおそらく、何世紀かかったって答えは出ません。正しさを訴えることは、裏を返すとそれ以外のことを聞かないようになります。

もともと日本は内側に一つになろうという意識の強い民族性、国民性で、災害が起きるとすぐに「つながろう」「頑張ろう」「絆」と言い出す。いいことではあるけど、“正しさ”も含めて一つになるべきなのかというと、それは違うと思います。多様な意見が共存できる社会でないと、怖くて「そこはおかしいんじゃないか」と言えなくなってしまう。

本来、コミュニケーションは人の話を聞いて始まるものです。一方的に攻撃するか、共感するかしかないとか、共感した人がつるんで他を攻撃しているようではコミュニケーションは成り立ちません。

“マスゴミ”とSNSユーザーはやっていることが一緒

メディアを非難して言う「マスゴミ」という言葉が震災後にできましたが、SNSで情報を受発信している人たちこそ根本的にやっていることはマスゴミと一緒です。ただ、いわゆる従来のメディアはどこに届くかわかって書いているから、自制もするし、たくさんのゲートを越えてからしか表に出てこない。

ところが、SNSは当事者の生々しい発言がそのまま表に出てくるので、本来はきちんとセルフコントロールしなくてはならない。ところが現実には、火に油を注ぐようなことばかり起きています。

ーーエッセイでは、沖縄をかわいそうと見るかどうかや、東日本大震災被災地の震災遺構の話などからは、地域の問題としてだけ捉えられることの弊害が浮かび上がりました。さらには「無関心」の問題にも言及しています。

人間の思いが至る範囲は、距離に比例すると思います。つまり、遠いところや知らない街で起きていることには関心を持てない。たくさん人が死んだらかわいそうとは思うけど、それは自分たちではない。それが一般人だけかというと、メディアも同じで「東日本大震災を忘れない」は未だに続いている一方で、熊本地震のことは言及しなくなったし、北海道地震も火力発電が復旧したら割と静かになった。

マグニチュードの規模からいうとあまり変わらないはずです。あるいは広島や大阪など各地で起きている水害も、それほど注目されない。ひどい言い方ですが、メディアの中心である東京から遠いからだと思います。

情報化社会ではメディアが想像を止める道具になった

その一方で、グローバル、国際化に目を向けよと言われています。でも、国内で起きた出来事すら距離があると関心を持って見ることができない人が、どうやって海外の情報を見るのか。

変な話ですが、情報化社会だから、わざわざ行く必要もないし、ネットで見て自分と距離が遠ければ「関係ない」、「関心ない」、「知っている人いない」と切り捨てていく。分断社会とは言いませんが、想像することを止める道具にメディアがなってしまっています。

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