- 2018年11月18日 11:15
1円の水を100円で売る方法
1/2※本稿は、『なんでその価格で売れちゃうの? 行動経済学でわかる「値づけの科学」』(PHP新書)の一部を再編集したものです。
■ミネラルウォーターと水道水の味は一緒
外出先で喉が渇くと、私はコンビニでミネラルウォーターを買う。
「うーん、おいしい!」
喉の渇きに、ミネラルウォーターはまさに一瞬の清涼感を与えてくれる。しかしこのミネラルウォーター、水道の蛇口からタダ同然で出てくる水道水と味がまったく変わらないとしたら、どうだろう?
事実、そんな調査がある。東京都水道局の「東京水飲み比べキャンペーン」である。数万人に目隠しテストを行い、毎年結果を公表している。2017年は約3万人が参加して、結果は図の通りだ。

飲み比べると「変わらない」(写真=『なんでその価格で売れちゃうの? 行動経済学でわかる「値づけの科学」』)
数字の上では違いがほとんどない。毎年同じ傾向だ。500mlのミネラルウォーターは安くて100円。水道水は0.1円くらいだろう。私たちは1000倍も高いモノにお金を払おうとはまず考えないものだ。しかし水については、同じ味なのにわざわざミネラルウォーターを選ぶのである。
■東京の水道水で日本酒を作れる
こう考える人も多いだろう。
「だって水道水はトリハロメタンとかもあって心配だ。カルキ臭い感じもするし」
「ミネラルウォーターの方が、ミネラル成分が入っていて健康にいいから」

これらは思い込みである。いまの水道水は安全だ。成分的にも問題はない。
現実に水道水で酒造りをしている酒蔵がある。東京港区芝の「東京港醸造」だ。この酒蔵は4階建てのビル内にある。ビルの4階で洗米・蒸米→2階と3階で酒の仕込み→1階で瓶詰め、という流れ作業をスムーズにできるようにしている。そして酒仕込みには、東京都の水道水を使っているのである。
杜氏いわく、「水道水には酒造適性がある。東京の水は優しいお酒の味に仕上がる」。東京の水道水は中硬水で、京都伏見の水を使ったのと同じようにソフトな味に仕上がるそうだ。地元の人にもおいしいと好評だという。杜氏といえば米と水のプロ。そのプロが「水道水はおいしい」といっているのである。
さて、この衝撃の事実がわかったあなたは、ミネラルウォーターを100円で買うのをやめて、タダ同然の水道水を飲むようになるだろうか? かくいう私は、この事実を知った後でも、気がつくと相変わらずミネラルウォーターを買い、「おいしいなぁ」と飲んでいる。蛇口から出る水道水はなかなか飲もうと思えない。おそらく、あなたも同じだろう。
なぜ私たちは、味はまったく変わらないのに、わざわざ手間とお金をかけて水道水よりも1000倍も高いミネラルウォーターを買うのだろうか?
■なぜ人間は「合理的ではない」行動をするのか
どう考えても、この現象は合理的には見えない。自分でも「合理的ではないなぁ」とわかっていても、行動が変わらないのである。
この謎を解き明かすヒントがある。それは「行動経済学」だ。ミネラルウォーター問題のように、人間は合理的に行動していないことが実に多い。健康に悪いとわかっていながらタバコをやめられなかったり、肥満の敵だとわかっていながらつい大きなアイスクリームを食べてしまったりする。
しかしこれまでの経済学は、「人間は常に合理的に考え行動する」という前提で考えられてきたので、「合理的ではない」人間の行動を説明できなかった。たとえば歴史上、人々がバブル経済で異常に高騰した土地や株に、熱狂して大金を投じた揚げ句、大損する現象を、従来の経済学では説明できなかった。
そこで合理的でない人間の行動を解き明かそうとするのが「行動経済学」だ。行動経済学は、2002年に行動経済学者のダニエル・カーネマンがノーベル経済学賞を受賞して、広く知られるようになった。行動経済学を理解すれば、価格に対するお客さんの行動も理解できるようになる。
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