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私にとっての民間事故調

さて、先ほどのブログ記事の続きだが、私が民間事故調をお手伝いするところから、説明をしていきたい。なお、ここに書くことはあくまでも私の体験を基にした記述であり、財団法人日本再建イニシアチブ(財団)および福島原発事故独立検証委員会(民間事故調)の記述ではないことをあらかじめ断っておく。

なぜ私が関わることになったのか


最初に話をもらったのは、正確に記憶していないが昨年夏の初めのころだった。畏友である一橋大学の秋山さんに「今度、福島原発事故の調査をすることになった。ついては鈴木さんにも手伝ってほしい」という話をいただいた。その時は、具体的にどのような調査となるのか、どのようなメンバーで行うのか、といった具体的なことは決まっていなかった。しかし、先ほどのブログ記事にも書いたように、自分に何ができるのか、科学技術政策を研究対象とする研究者として何をすべきかを考え、お誘いに乗ることにした。

私に声がかかったのは、秋山さんの知り合いだったからということもあると思うが、「原子力業界とはしがらみがない」人間で、経産省や文科省が行う科学技術政策が理解できる、という点にあったと思う。しばしば民間事故調の批判として、「誰が関与しているかわからない」とか「しがらみがない、というがそれは本当か?」といったものがあるが、少なくとも私に関しては、これまで原子力政策に直接かかわったことはなく、メーカーや電気事業者といった原子力業界とも全く縁がなかった。その意味で、全くしがらみがなかったことは胸を張って言える。

逆に、「しがらみがない」人であり、かつ、きちんとした調査ができて報告書が書ける人となると、なかなか適切な人材を見つけることが難しい。それでもワーキンググループに集まった仲間は、各方面で活躍し、本当に優れた能力を持つ人たちだった。実質的に半年しか時間がない中で、厳しい要求に応じながら、重要なインタビュー資料や外国での調査、資料の発掘など、それぞれが得意とするところをいかんなく発揮して調査を進めていた。何よりもすごいのは、多くの仲間が原子力に直接かかわらない分野から集まった人たちであり、みんな猛勉強をしてこの報告書を完成させることに力を注いだことである。実情を多少なりとも知る立場からすると「しがらみがない、なんて嘘だ」とか「この検証委員会は何らかのイデオロギーをもってやっている」といった根拠のない批判を受けると、ちょっと悲しくなる。できることなら、ワーキンググループの仲間たちで朝から晩までかわした議論を見てほしいくらいだ。

ブレインストーミング


最初に集まったのは、私の手帳によれば7月15日であった。この時は、まだ財団も発足しておらず、旅費も自腹で集まった。そこにはプログラム・ディレクターとなる船橋さん、秋山さんのほか、数名がいて、実質的に最初の会合であったと思う。とにかく最初から手さぐりで調査の仕方、論点の設定、報告書の性格付けなどを自由に議論した。この時、私が意識したのは、政府事故調での調査との関係であった(当時、国会事故調は存在していなかった)。

私は、政府事故調は政府の内部資料や東電に対しても強制的に証言を取ることはできるが、民間事故調にはそれは難しいと思われた(実際、東電は対応せず、保安院も協力的とは言えなかった)。そのため、政府事故調と同じことをやっても、あまり意味はないと思っていた。しかし、メンバーの中からは政府事故調の報告書を検証することを目的とし、同じような調査をする方が良いのではないかという意見もあった。

最終的に、民間事故調としては、単なるサイトで起こった出来事の検証をするのではなく、官邸での対応、福島県や自衛隊などの対応、諸外国の対応(とりわけ日米協力の問題)、そして歴史的・構造的な要因の分析など、幅広く問題を設定し、調査の幅を広げることで、政府事故調がカバーしないことに踏み込んだ調査をするという方向性が固まっていった。のちに政府事故調の中間報告が出たとき、かなりサイトでの出来事に焦点が当たった中間報告になっていたのを見て、当時想定していたことが大きく間違っていなかったことが確認できた。

ただ、ここでの議論はあくまでもブレインストーミングに過ぎず、正式な調査は財団が発足した後、有識者委員会が組織され、有識者委員会での議論と最終的な方向性の決定まで実質的な調査を進めることはできず、その間はワーキンググループのメンバー集めなどが進められていた。

二週間に一回の会合


本格的な調査が始まったのは財団の発足に伴い、具体的な調査の論点が定まった秋口からであった。その間、二週間に一回、東京に集まって会議をするのは北海道に住んでいる身からすればかなり大変であった。実際、多くのインタビューは東京で行われ、インタビューの対象者も東京にいることが多いため、すべてのインタビューやラウンドテーブルに出席することができず、忸怩たる思いをしたこともある。しかし、私は第3部である歴史的・構造的要因のパートリーダーの役目と、のちに第8章となる安全規制ガバナンスのところだったため、インタビューをベースとする必要が必ずしもなかったこと、また、同じ章を担当してくれるジャーナリストの仲間がインタビューを手伝ってくれるということで、かなり負担は減ることになった。

しかし、それにしても多くの方がインタビューに答えてくれ、また、歴史に証言を残そうという意識が見られたのはとてもうれしいことであった。もちろん、人によっては自分の責任ではないことを強調し、また人によっては事故を起こしたことよりも、必死になって事故の対処を頑張ったことを強調する人もいた。

私が出られないインタビューやラウンドテーブルに関しても、財団のスタッフがテープ起こしをしたり、音声ファイルを共有するなどして、できるだけワーキンググループメンバーが情報を共有し、理解を共有するように努めてくれた。おかげで遠くにいても、ともに仕事をする上では大きな支障はなかった。

報告書の作成


調査をしている段階は新たな発見や、これまでの報道には出てこなかったこと等、様々な驚きがあり、社会科学者としては大変興味深いことばかりで、仕事はとても楽しかった。民間事故調が明らかにしたことの一つは「最悪シナリオ」の存在であり、また、官邸内部での詳細なやり取りなど、メディアで報道されたものに限らず、かなり多くのことが明らかになったと思う。

(なお、メディアが報じた民間事故調報告書の解釈に対して、インタビューに応じてくれた下村内閣広報審議官が、メディアによる報告書の取り上げ方に違和感を持たれていて、それをツイッターで補足説明されていますので紹介しておきます。一橋大の秋山さんのツイートと一緒にまとめてあります。http://togetter.com/li/267010

ただ、報告書を作成する段階になると、本当に大変だった。プログラム・ディレクターの船橋さんがジャーナリスト出身であるということにも関係するのかもしれないが、とにかく仕事の進め方が大学の研究者が本や原稿を書くというテンポとはまるで違うものだったので、細切れに来る締め切りや、そのたびに原稿をレビューし、ワーキンググループで文章を揉み、たとえば「安全神話」という言葉一つを巡って延々と議論を続けるなど、非常に刺激的で、かつ、負荷の大きい仕事であった。

その間、私や他の仲間も自分の仕事を抱え、本務をやりながらこの報告書を作ったことは奇跡に近いのではないかと思うくらいである。ただ、それだけ大変であっても、本務を別に抱える我々が執筆作業にかかわったことは非常に重要だと思う。つまり、我々の生業は別なところにあり、財団(やそのスポンサー)に依存していないからである。実際、調査にかかる費用(に加えて私の場合は北海道からの旅費)は出たが、それで生活できるわけがなく、その意味では、この民間事故調のワーキンググループは財団に雇われたわけでもなく、福島原発事故の真相を究明しようとする仲間の思いで成り立ってきたことは自信を持って言える。

有識者委員会とワーキンググループ


報告書の調査、執筆に関しては、ワーキンググループが中心になって行ったが、それだけで報告書が出来上がったわけではない。その上に北澤宏一委員長率いる有識者委員会がある。先ほど、細切れの締め切りという話をしたが、二週間に一度のペースで締め切りがやってくるのは、そのたびに進捗状況を有識者委員会に報告し、議論をしていただき、そのコメントや方向性を報告書に反映するためであった。通常、こうした有識者委員会は「よきに計らえ」といったスタイルで実質的な介入を避けることが多いが、このプロジェクトの有識者委員会は非常に熱心にドラフトを読み、詳細なコメントをするだけでなく、報告書全体の章構成やメッセージのところについても多くのコメントをしていただいた。

特に私がパートリーダーを務めた第3部は、「安全神話」「国策民営」「原子力ムラ」といった批判を受けやすい概念を多用し、その定義や解釈については何度もコメントをいただき、それに対してこちらの意見も出させてもらった。大変有意義な議論だったと思う。これまでジャーナリスティックに使われていた言葉を、報告書に耐えられるだけの概念に仕上げていくという作業はことのほか大変であった。実際、それが公の批判に耐えられるだけのものになったかどうかはわからないが、かなり努力をしたつもりではある。それは実際に報告書を読んでいただき、ご評価、ご批判をいただきたいと思う。

報告書の公表について


報告書が2月28日に公表された段階では、私の知る限り、公表の方法についての最終的な判断はなされていなかった。その前から市販するということは交渉していたようであるが、条件が合わず、交渉は成立しなかったらしい。ただ、報告書に対する関心が非常に強く、私も2月28日の記者会見の場に顔を出したが、予想をはるかに上回る関心が寄せられていることに驚いた。

しかし、ここからがすごかった。財団のスタッフが必死になって出版社との交渉をまとめ、2月29日の段階で市販する出版社との合意を取り付け、3月11日の出版が実現することとなった。

この点に関して、無料で公開するべき、PDFにして誰でも読めるようにするべき、という意見が多数寄せられている。最終的に市販にするという判断は有識者委員会や財団で決めているものであり、ワーキンググループにはその決定権はない。ただ、我々のワーキンググループの中でも無料・有料の公開方法を巡る議論はあった。

これまで政府事故調の中間報告も東電の事故調の中間報告もウェブ上に無料で掲載されており、誰でもアクセスできるようになっている。しかし、民間事故調はそうした組織に属しているわけでもなく、故に調査や報告書の作成の費用も、すべて財団の負担で行っている。どの組織にも属さず、寄付だけで成り立っている民間事故調としては、報告書の印刷、配布に係る実費を徴収するのは、筋の悪い話ではないと思う。

ウェブの世界は確かに無料でオープンにアクセスできることが魅力であるが、それには、その報告書(ないしはウェブ上のプロダクト)の背後にあるコストや負担を無料で提供するということにも限界がある。とりわけ、寄付のみに基づき、しがらみのない調査をすることを第一の目的に掲げる民間事故調としては、他の政府事故調や国会事故調のようにコストを負担する仕組みがない。

確かに一冊1575円の本がいくら売れたといってもその収入はたかが知れている。また、財団としては印税を放棄し、出版社がこの報告書をプロモートするための資金として印税分をプールして使うということになっていると聞いている。なので、あくまでもこの報告書を市販するのは、報告書を印刷し、頒布するコストを埋め合わせるものである。

また、PDFではなく、書籍の形態で残すというのも意味があると考えている。書籍であれば、図書館にも入り、永続的に保存されることが確実となるが、この財団が今後どうなるかは私にはわからず、永続的にサーバを管理する、PDFを公開しつづけられるかどうかがわからないからである。政府や国会のような組織の下にある事故調であれば、そうした永続性を前提にPDFで公開することはできるだろうが、民間事故調はあくまでも今回の調査をするための組織であり、財団も、元々福島原発事故の調査をやることをミッションとして立ち上げられていると理解している(それは財団のトップページhttp://rebuildjpn.org/を見ても明らかだろう)。そうなると、報告書を残すというためには、書籍の形が望ましいと考えられる。

このブログの最初で述べたが、この見解はあくまでも私個人の見解であり、財団や民間事故調の意見ではない。私も最初は無料のPDFでの公開を想定していたが、財団スタッフやワーキンググループメンバーとの議論をしていく中で、上記のような見解に至ったことをやや詳しく書かせていただいた。

最後に


この報告書の公表をもって、民間事故調の活動はいったん終了することになるが、この事故調に関わり、一定の責任をもってワーキンググループに参加し、最終的な文責(Authorship)は有識者委員会にあるとしても、やはりこれにかかわった者としての責任はこれからもずっと残るものと考えている。

政府は事故収束宣言を出し、電力事情から原発の再稼働を進めようとする動きも始まっている。一応、形式的にはストレステストを行い、地震に対する裕度を見て判断するといった方向性が打ち出されているが、この報告書でも指摘しているように、事故の原因は地震に対する耐性にあるわけではないにもかかわらず、耐震裕度だけでストレステストを行っている点についてはどうしても合点がいかない。

私が担当した第3部でのメッセージは、事故の背景には「安全神話」に基づく安全規制ガバナンスの未熟さがあり、「国策民営」という制度に埋め込まれた無責任体制であり、「二元推進・二元審査体制」という複雑で機能しない政府の仕組みであり、「深層防護」という考え方が徹底しておらず、津波やその他の事象に対する「備え」ができていなかったことであり、「原子力ムラ」という利益共同体に対する建設的批判ができないような状況・文化の問題があった、ということである(もちろんこれだけに限らない)。

確かに発災後、電源車を増やすなど、小手先の対策は取られてきたが、それは根本的問題に一切踏み込まない対策であり、また、4月から原子力規制庁ができるが、それとて、これまでの安全規制ガバナンスの最大の弱点であった事業者との技術力の格差を埋めることにはつながらない。このような状況を改善することなく、そのまま再稼働に向かおうとしている神経は理解できない。

本来ならば、政府も東電も真摯に自らを振り返り、過ちの元がどこにあったのか、何をすれば安全に原発を動かすことができるかを真剣に考える必要がある。民間事故調の報告書では津波による全電源喪失を一つの原因としながらも、それだけが問題ではない、ということを検証し、提言している。本来ならば、この程度のことは民間事故調で作業をした我々よりも、はるかにリソースを持ち、はるかに多くの人数をかけ、はるかに情報量の多い政府や東電が自ら調査し、結論を出すべきなのである。それにもかかわらず、政府事故調も最終報告は夏までかかるとしているし、国会事故調についてもいつ報告書が出るかはわからない状態である。東電に至っては自らの責任を十分に認識しない中間報告しか出していないし、保安院にしても、自らの対応を、その組織文化に至るまで振り返って反省しようとしていない。

このような中で、民間事故調が報告書を出し、問題の根源を直接的な原因だけでなく、中間因・遠因に至るまでカバーし分析したことの意義は、手前味噌だが、大きいと思う。確かに、突貫工事でやった仕事であるだけに、十分カバーできていないこともあるし、東電や保安院をはじめ、十分に資料を発掘して、徹底した調査ができたわけでもない。それらについての批判は甘んじて受けるしかない。また、「お前のような原子力の専門家ではない人間がやった調査など無意味だ」と言われれば、それは「しがらみのない」調査検証をするための代償として考えるしかない。とはいえ、専門家が見ても十分批判に耐えられる検証はしてきたと自負しているが。

しかし、この民間事故調の報告書を作り、日本の原子力行政のあり方に一石を投じ、二度と同じような過ちを犯さないようにするためにはどうすればよいのか、ということを真剣に考え、議論し、厳しい日程と条件の中で報告書を書き上げた仲間たちの思いは、どうかきちんと受け止めてほしい。そして、この報告書が、これまで「安全神話」を作り、またそれを受け入れ、そして原子力の安全に十分な努力を払ってこなかったすべての人たちに届き、二度と同じ過ちを繰り返さないためにどうすればよいのかを考えるきっかけになってもらえば、報告書に一端の責任を持つ者として、これ以上望むことはない。

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