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デュシャンの「便器」を利休の「花入」が迎え討つ「美の競演」- フォーサイト編集部

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没後50年を記念した巡回ツアー

 そう意図したわけではないにせよ、西洋芸術に「新たな地平」を切り開き、後世に多大な影響を与えたデュシャンは、今では「現代美術の父」と評されている。

 先に記した彼の生没年からお気づきの方もいるだろうが、今年はちょうど没後50年。その節目を記念した本展は、米フィラデルフィア美術館の世界有数のデュシャンコレクションが東京、ソウル(韓国)、シドニー(オーストラリア)の3カ所を回る巡回ツアーの一環だ。

「東京の数ある展示施設の中から当館が選ばれた背景には、幅広い客層にデュシャンの作品を見てもらいたいというだけでなく、返礼の意味合いもあります。東博とフィラデルフィア美術館は明治時代から交流を続けており、近年も『本阿弥光悦』展や『狩野派』展が先方で開催された際、当館がお手伝いをした。日本国内の美術・博物館や個人所蔵家を回って展示品を集めたチームの1人が、実は私なのです。それ以来“今度はデュシャン展を当館で”と言い続けていたところ、念願が叶いました」

こちらには利休が……

 本展は2部構成。第1部「デュシャン 人と作品」は、彼の人生を時系列で追う。初期の油彩画からレディメイドを経て、「ローズ・セラヴィ」という女性に扮して写真や映像を発表していた時代、そして遺作へと続く150点超は、圧巻だ。

 さらに第2部「デュシャンの向こうに日本がみえる。」へと歩を進めると、デュシャン作品と日本美術との比較がはじまる。東洲斎写楽筆の浮世絵、本阿弥光悦作の国宝「舟橋蒔絵硯箱」や、俵屋宗達および狩野探幽筆の「龍図」といった東博所蔵の名品が並ぶ。

 冒頭のポスターで《泉》と並んでいた「竹」は、言わずと知れた茶の湯の名人、千利休(1522~1591)作と伝わる《竹一重切花入 銘 園城寺》であった。

「デュシャンが西洋芸術の常識に衝撃をもたらしたと言うなら、こちらには茶の湯という日本の一文化を覆した利休がいる。私は日本美術がデュシャンのもっと先を行っているとさえ思っています。たとえば西洋では18世紀後半のフランス革命以降、王侯貴族のためのものだった芸術が一般市民にも開かれました。その垣根をさらに外したのが、既製品を展示室に置いたデュシャンと言えますが、日本では江戸時代の17世紀後半から庶民が浮世絵を楽しんでいた。彼らがそれを芸術とは思っていなかったにせよ、今見れば芸術に値するような造形が生まれていました。江戸が100万人都市に発展したからこそ、何処よりも早く庶民中心の文化が花開いたのです。」

自然を“美”に昇華した利休

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 かくして相まみえることとなったデュシャンと利休。生きた時代も文化的背景もまるで違う2人に、共通点などあるのだろうか。

 くだんの花入は1590(天正18)年、豊臣秀吉の「小田原攻め」(後北条家の征伐)に随行した利休が、御用達にしていた伊豆・韮山(現在の伊豆の国市)の竹からつくったと伝えられている3本のうちの1つ、とされている。

 正面の割れ目が天台寺門宗総本山・園城寺(滋賀県大津市、通称「三井寺」)の鐘のそれに似ていることから、「園城寺」という銘がついている。ちなみに鐘に傷をつけたのは、かの有名な比叡山延暦寺(同市、天台宗総本山)の荒くれ僧侶、弁慶である。ライバル関係にあった園城寺から鐘を盗み、自分の寺まで引き摺って行った挙句、谷底に放り投げたとか。

 花入である。割れているのだから、水を入れれば、当然ながら零れてしまう。だが利休の感想は、「この水の洩り候が命なり」。水が洩れるところにこそ、真価があるという。

「まさに自然を“美”に昇華したのが、利休でした。言わば辺りにあった竹をスパッ!と割ったら、たまたま割れ目ができた。その偶然の形、自然の形こそが美しいという発想でしょう。それは彼が愛用した茶碗も同じ。ろくろで成形すると均整の取れたシンメトリーな器になりますが、これは手びねりと言って手で形を整えているので、なだらかな歪みができる。光の当たり方によっては指の跡まで見えます」

利休とデュシャンの共通点

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《むかし咄》という銘がついたこの茶碗は、利休が「理想の器」をオーダーメイドしていた京都の陶芸師・長次郎(生年不詳~1589)が手がけたもの。のちに秀吉に「楽」の印を賜わったことから「楽焼」「楽茶碗」と呼ばれている。

 花入に負けず劣らずフツウだが、陶器ならではの土の風合いや素朴さ、手びねりだからこその温かみや丸みが、確かに何とも言えない。

「花入然り、茶碗然り、彼は高価で華美なものが主流だった茶室という公家や武家の社交場に、質素な茶器を持ち込みました。それは、もとは王侯貴族のためにあった展示室に既製品を持ち込んだデュシャンと同じなのです」

 もっとも、利休の認めた茶器が結果的に「一国一城に値する」と言われるほどの高価な「ブランド品」になったことは皮肉な話であるし、その「ブランド力」を誰よりも買っていた秀吉から切腹に追い込まれたとも言われる最期は、悲劇的でもある。

 それでも、利休が大成した「わび茶」は「三千家」(表千家、裏千家、武者小路千家)が継承する茶道の一大流派となり、その精神は「無作為の美」として後世に語り継がれる伝説となった。

 実は、この「無作為の美」にもデュシャンと通じるところがある。花入れなら、「どの竹を切ろう」とも「この竹をどう切ろうとも」とも意識せず、そもそも「どんな花入れにしよう」とか「イイ花入れをつくろう」とかいったことすら考えない。あらゆる邪念を徹底的に排除したずーっとずーっと先にあるかもないかも分からない。そんな「美」だ。なんだかレディメイドの「選択」から自身の「好み」を排除した過程と似ていないか。

「ポスターで《泉》と《花入れ》の共通点を問いかけたのは、何か決まった答えがあるからではなく、こういう風に自由に考えを巡らせてもらいたかったからなのです。日本人は“デュシャンだ”“利休だ”と言われると、拝まなければならない気持ちになってしまいがちですが、《泉》の感想が“白くてツルツルしていてキレイだな”でもいいのです。もっと肩の力を抜いて、好きなように楽しんでいただけたらと思います」

 美の「競演」をご覧あれ。

東京国立博物館・フィラデルフィア美術館交流企画特別展「マルセル・デュシャンと日本美術」

会期:12月9日(日)まで

会場東京国立博物館平成館

休館日:月曜日

開館時間:9:30~17:00 ※毎週金・土曜日は21:00まで ※入館は閉館の30分前まで

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