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マーベル・ヒーロー生みの親スタン・リー氏逝去、貪欲に物語を作り続けた人生

脚本家、編集者、マーベル・コミックの元発行責任者兼社長、スパイダーマンの共同発案者でもあるスタン・リー氏が95歳で死去 (Photo by Ron Galella, Ltd./WireImage)

米現地時間11月12日(月)、脚本家、編集者、またコミックブックの発行人として、スパイダーマンやX-メン、アベンジャーズなど、数々のスーパーヒーローの生みの親であるスタン・リー氏が95歳で逝去した。ポップカルチャーを築いた立役者は、2015年のローリングストーン誌のインタヴューで「物語を作るのが作るのが好きなんだ。ハルクみたいに超人でなくても、物語を考えることはできる」と語ってくれた。

脚本家であり、編集者であり、マーベルコミックの元発行責任者兼社長。スパイダーマンの共同発案者で、数々のスーパーヒーローを世に送り出してきたスタン・リーが、月曜日に死去した。享年95歳だった。故人の娘がヴァラエティ誌に語ったところでは、リーは月曜日にロサンゼルスのシダーズ・サイナイ医療センターに運ばれたあと、緊急手術を受けたが、ほどなく死亡が宣告された。

「父は、創り続けることがファンに対する義務だと感じていました」 娘のJ・C・リー氏はロイター通信に声明文を発表し、亡き父についてこう述べた。「父は人生を愛し、仕事を愛していました。家族から、そしてファンの皆さんから愛されていました。父はかけがえのない人でした」。

「スタン・リーは、彼が生み出したキャラクター同様、傑出した人物だ。世界中のマーベルファンにとって、彼そのものがスーパーヒーローだった。彼には人々を励まし、楽しませ、心を通わせる力を持っていた。彼の想像力は、情熱が続く限り果てしなく広がっていった」と語るのは、ウォルト・ディズニー・カンパニーの会長兼CEOボブ・アイガー氏。マーベル・コミックも、自社の名誉会長へ追悼の意を表した。

スタン・リーは、時代を築き上げたポップカルチャーの担い手の一人だった。マーベルの黄金期の顔として、気さくな近所のクモの巣少年からファンタスティック・フォーやX-メン、アイアン・マン、デアデビル、ハルク、アベンジャーズなどなど、子供なら誰もが知っているキャラクターを世に送り出した。その一方で、ジャック・カービーやスティーヴ・ディッコ、ドン・ヘック、ジーン・コランといったアーティストらの力作に対する評価を、自分一人の手柄にした厚顔無恥な一面もある。どちらの見方も正しい。



1922年12月28日生まれ、本名はスタンリー・リーバー。彼のその後の経歴から、つい「孤高の天才アーティスト」だったと思いたくなるが、実際はそうではなかった。もともと脚本家として名を馳せたが、彼の書く文章は誰の目から見ても、とくに秀でたところはなかった(もしコミック業界に足を踏み入れてから最初の20年で辞めてしまっていたら、今の彼の名声はなかっただろう)。だが、彼は協調性がずば抜け、指導力やビジネスの才能に長けていた。彼が1961年から1972年の間にヒットさせたコミックブックには、躍動感と歓喜がほとばしっている。

この時期のリーは、1939年に最初の従業員として雇われた小さなコミックブックの出版社を一人で切り盛りしていた(彼のいとこの夫マーティン・グッドマンが発行責任者を務めていた)。1961年当時、マーベルは毎月10作品を出版しており、恋愛もの、西部劇、戦争もの、ディーンエイジャー向けのコメディ、モンスター系など、ほとんど全て、リーが一人で脚本を手掛けた。時間を節約するために、彼はストーリー全編の脚本を書く代わりに、おおまかなあらすじを作り、共同制作しているアーティストたちに渡した。その後出来上がったアートワークに、セリフやキャプションを加えていくのだ。

『ファンタスティック・フォー』第1話は、コミック界の重鎮ジャック・カービーの作画によるもので、表紙に書かれた日付は1961年11月。当初は、モンスター系とスーパーヒーローものの融合として実験的に作られた。第2次世界大戦中に爆発的人気を博したジャンルだが、当時はすでに時代遅れだった。その9か月後、リーとスティーヴ・ディッコのSFシリーズ『アメイジング・ファンタジー』の最終話で、スパイダーマンが登場した。スーパーヒーロー軍団に突如現れた乱入者は、奇妙な能力を手に入れた、ガリガリのシニカルな10代の若者。彼の最初の冒険は、恐怖と屈辱の涙で幕を閉じる。

どちらの作品も大ヒット。その後数年のうちに、リーが脚本・編集を手掛けたスーパーヒーロー・シリーズはアメリカのコミック市場を独占した。『Tales of Suspense』『Journey Into Mystery』『Strange Tales』からはそれぞれアイアン・マン、ソー、ドクター・ストレンジが生まれ、リーは新たなチャレンジに乗り出す。いわゆるクロスオーバーの手法だ。彼が生んだキャラクターはみな同じ世界の住人で、定期的に互いのストーリーに登場する。サブマリナーでは伏線として描かれたストーリーが、キャプテン・アメリカの物語に発展したり、デアデビルの物語に影響を及ぼす。非常に巧妙なこの手法は、現在も受け継がれている(マーベル・シネマティック・ユニバースがいい例だ)。

リーは最終的にコミックの原案作成から退き、マーベル所属のアーティストたちに自由に物語を展開させた。その結果、作品はより向上し、大胆になっていった。彼はリングマスターとしてすべてを見守り、ファンクラブ「Merry Marvel Marching Society」を盛り上げ、毎号ごとにコラボレーションしたアーティストたちをからかい(彼の名前はつねにクレジットの一番上に記載された)、たいてい読者を驚かせた。1960年代中盤を迎えるころには、ある種の人物像を作り上げていた。陽気で、口達者で、どこかちょっぴりいかがわしく、誇大妄想じみたお祭り好きなお騒がせ男、「スタン・ザ・マン」として。

リーは『アメイジング・スーパーマン』で第100話まで、『ファンタスティック・フォー』では第114話まで脚本を手掛けたが、これらは今日のスーパーヒーロー・コミックの源となるものだ(のちにディッコとカービーは共同で、自分たちが創作チームとして十分評価されていないと、もっともな言い分を主張した――だが、リーとの共同作業で生まれた作品は、彼らの最高傑作だった)。脇役でさえも、忘れられない印象を残した。にやけた笑みを浮かべる新聞社の編集長、J・ジョナ・ジェイムソン。寡黙な帝王、ブラックボルト。どこか憎めない戦士、ヴォルスタッグ。リーが書くセリフは時に古めかしく、誇張されすぎるきらいがあるが、誰も真似できない輝きを放っていた。対照的に、別の脚本家がクレジットされているソーやアント・マンなどのエピソードは、なんとも単調で無味乾燥だ。

リーは1972年ハリウッドに拠点を移し、時たま手掛けていた連載の脚本の仕事からも退いて、マーベルの広告塔としての役割に身を落ち着けた(かれはうかつに共同制作者を称賛することはせず、マスコミは共同制作者たちを持ち上げた。これが、アーティストの功績を横取りする男、というリーの評判をさらにあおった)。やがて「スタン・リー提供」というフレーズがマーベル・コミックのあらゆる作品の表紙に登場するようになり(マスコミの報道によれば、彼は1冊も読まなかったそうだが)、巻末には「スタンの石鹸箱」と題した月1のおしゃべりコラムが加わった。

キャリア後半の40年間、リーは時折シルバーサーファーやスパイダーマンの単発作品のほか、いくつか他の作品でも脚本を書いたが、どれも特筆に値するものではなかった。それでも彼は、ありとあらゆるものに自分の名前を売り込んだ。2000年にインターネット製作会社スタン・リー・メディアが倒産してからは、とくに顕著になった。全米ホッケー・リーグからリンゴ・スターに至るまで、誰とでもコラボレーションした。だが何よりも、自分から巣立っていった作品にご祝儀を贈った。マーベル・コミックが下敷きとなった映画にはほぼ毎回カメオ出演し、アニメ版『スーパーヒーロ・スクワッド・ショー』では市長役の吹き替えを担当。90歳を過ぎてもコミック・コンベンションには必ず出席し、ファンの秘蔵バックナンバーに喜んでサインした。彼が作り上げたキャラクター同様、自らも進んで人々から愛されるキャラクターとなったのだ。

晩年は、彼の生み出したキャラクターは映画市場を席捲したものの、実生活では資金面の問題が報じられたり、娘J・Cと元ビジネスマネージャーを老人虐待で訴えるなど、準中満帆とはいかなかった。2017年、70年連れ添った妻ジョアン・リーが他界すると、外部の人々が彼の遺産目当てに寄ってきた。

10月、数か月ぶりにインタビューに応じたリーは、老人虐待の訴えについて語り、娘の世話を受けていることを明らかにした。「私が書いたキャラクターのなかに、ハルクがいる。私は全部ひとりでこなした。支払いを済ませ、帳簿もつけた。全部ひとりでこなしたんだ。でも、ちょっとずつ金が入ってくるようになって、助けが必要だと思った。信用できる人間に任せようと。それが私の犯した大きな間違いだった」とリー。「最初に雇った人間は、本当は信頼するべき人間ではなかったのだよ」

DCコミックスはリーの逝去の知らせを聞き、以下のようなツイートを投稿した。「彼はヒーローの在り方を変えた。現代のコミック史に、彼の名前は永遠に残るだろう。周りを巻き込む彼の情熱は、我々がなぜそもそもこれら物語に惹かれたのか、その理由を教えてくれた。エクセルシオール、スタン(訳注:エクセルシオールは生前のスタンの決め台詞だった)」

マーベル・シネマティック・ユニバースのプロデューサー、ケビン・ファイギも以下のようにツイートした。「マーベル・スタジオでの僕のキャリアと仕事において、スタン・リーほど大きな影響を与えてくれた人はいない。スタンは、人類に語り継がれる稀有なレガシーを残してくれた。彼の娘さん、ご遺族、そして何百万人ものファンにお悔やみを申し上げます。#ThankYouStan #Excelsior!”」

2015年のローリングストーン誌との取材で、仕事を続けられる秘訣を尋ねられたリーはこう答えていた。「貪欲だからさ。単純に欲深いんだな。いやまじめな話、物語を作るのが好きなんだ。幸いにも、年をとってもできることだし。ハルクみたいに超人でなくても、物語を考えることはできるんだ」。

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