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私たちが"村上春樹の小説"を愛読する理由

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■【4】幸福論と失敗論

【柳井】わかります。僕らの仕事でも実際はそうなんですよ。僕は表面的なデザインとかトレンドはどうでもいい。それより大事なのは、あなたにとって服はどういう意味を持っていますかという本質的な問いかけです。

その問いへの答えになるような服を僕らは「LifeWear(ライフウエア)」と呼んでいますが、それを世界中の人々に提供しようと思えば、やはり長い研究開発期間が必要になる。モチベーションを維持してもらうには、そもそもそういう考えに共鳴してくれる人に会社に入ってもらい一緒に働くことしかない気がしますね。

【山中】国際的な意識調査によると、日本の高校生はアメリカや中国、韓国の高校生と比べて「高い社会的地位につきたい」という子が非常に少なく、一方で過半数が「のんびりと暮らしていきたい」という生活意識を持っているとされています。柳井さんはこのことについてどうお考えですか。

【柳井】「のんびりと暮らしていきたい」というのは「いまのままでいい」ということでしょう。だとしたら、幸せになりたいと考えていても反対に幸せになれないと思いますね。

家も車もいらない、結婚もしたくない、ゴルフもやらない。それは引きこもりの感覚です。いまは親が子供に対して、引きこもってもいいような環境を与えている。もっと言えば、子供の世話を焼きすぎて、子供を壊しているんじゃないでしょうか。それでいて、ひと様に迷惑をかけてはいけないとか、基本的なしつけもできていない。

【山中】柳井家は厳しかったですか。

【柳井】はい、すぐゲンコツ(笑)。うちは商店街の1階に店舗があって、僕ら家族は従業員と一緒に2階に住んでいました。朝9時に開店して、夜は8時まで。休みは月1回で、休日はみんなで映画を見に行く。炭鉱町だったから、全国からたくさんの人が集まってきていました。あのころはごくふつうの風景でしたが、そういうことをみんな忘れてしまっている。

現状維持がいいというなら、それもいいでしょう。でも、「あなたの人生は何だったんですか」と聞かれたときに、「自分の人生はこうだった。一生かけてこれをやった」と言えるようになりたいじゃないですか。

もちろん一生かけてといっても、来年、再来年からやるというのでは話になりません。やるなら今日やらないと。どんな分野でも、偉業を成し遂げた人は今日の仕事をおろそかにしていません。研究者もそうでしょう?

【山中】はい。学生の面接で私が見ているのは、「実験が好きか」ということです。実験は失敗することがほとんどなんです。ですから、失敗することを含めて目の前の実験を楽しめる人でないと研究者は続きません。

実験で予想とは違う結果が出たときに、ただ失敗だと嘆くのではなく、実は面白いことが起こっているんじゃないかと思えるかどうか。予想とは違うという意味では失敗であっても、きちんと記録に残してのちに検証できるようにしておけるかどうか。

もし実験が嫌いだとか、失敗することがイヤだというなら、どれだけ頭がよくても、入試の成績がよくても、研究者には向いていません。客観的に評論する仕事は上手にできると思うのですが。

【柳井】まったく同感です。僕も頭のいい人が「評論家」になるのをどれだけ見てきたことか(笑)。

ビジネスとは実践です。毎日実践して、毎日失敗する。そうして新しい仕組みとか、新しい人の使い方とか、そういうことを自分で研究しながら自分でブラッシュアップする。それによって自分の地位もブラッシュアップして将来に向けて進んでいく。そういう気構えがないと、ビジネスはうまくいかないんですよ。

ほとんどの人が失敗を悲しいことだと考えますが、それは違います。僕は失敗するたびに、この失敗のなかには成功の芽があって、失敗はその芽を発見できるように僕に与えられたものじゃないかと考えます。山中さんがおっしゃったように、成功とは結果的には運かもしれない。しかし、失敗を本当に吟味して深く考えた人が成功するんだと思います。

さらに言うと、成功は失敗の原因になる。僕たちもフリースブームの後にガタッと業績が落ちたように「成功の復讐」を何度か経験しています。一直線に成長するのではなく、成功と失敗を繰り返して成長するんです。

【山中】失敗をどう考えるかですよね。ジュニアを教えているプロゴルファーから聞いたことがあります。その方によると、ミスショットをした後の反応で、伸びる子かどうかがわかるそうです。失敗すると、頭にきてクラブを投げつける子がいる一方で、失敗の原因を探るためにクラブヘッドを見てボールの当たりどころを調べたり、素振りをしてチェックをする子もいる。もちろん伸びるのは後者です。いい結果を得るには、「失敗の流儀」を身につけることが大事なのだと思います。

■【5】過去から学ぶ、未来へ託す

【山中】私は村上春樹さんの小説が大好きで、完璧に「ハルキスト」です。柳井さんも春樹さんの小説がお好きだそうですね。

【柳井】そうなんです。彼とは同い年で、通った大学も一緒、ジャズが好き。ユニクロという業態を考案したのが1984年で、ご承知のとおり村上さんには『1Q84』という作品があります。いろいろと共通点が多い(笑)。だから彼の気持ちはよくわかるつもりです。

たとえば村上さんは、アメリカの大学で教えたり研究したりしていますよね。あれはいったん外国へ出て、アメリカ文学との対照で自分の文学を見つめ直しているんじゃないかと思うんです。ところが彼以外の日本の文学者は、あまり外へ出て行きません。このままでは日本文学は廃れてしまうのではないかと心配です。

日本文学というのは、日本人がこうやって生きてきたという証しです。それを日本人が海外に向かって発信しなくなってしまった。その代わり日本の文学研究者は、村上春樹なら村上春樹の研究だけを深掘りする、というように狭いほうへ狭いほうへ向かっている。

山中さんが「新しいアイデアは違う分野の人と話すことで生まれることが多い」とおっしゃいましたが、その問題と同じですよ。狭い分野に閉じこもっていては、新しいことは発見できません。これは現代日本の閉塞感そのものだと思います。

【山中】春樹さんの小説は、日本語で聴く以上に英語で聴くほうがすーっと頭に入ってきます。私はマラソンが好きで、iPS細胞研究所の基金のPRも兼ねて、よく出場しています。練習で2~3時間走ることもあるんですが、その間、春樹さんの小説の英語版のオーディオブックを聴くことがあります。すると非常によく頭に入ってくる。

【柳井】それは面白いですね。僕はビジネスを起こした人の伝記を読むのも好きなんです。それは「これ、僕がやったことと同じだ」「ああ、だから自分も失敗したのか」と気づくことがあるからです。みなさん、もっと経営者の伝記を読んでみたらいいと思います。

といっても、勉強になるのは現代の人たちの話じゃありません。明治維新や敗戦後といった、国家的な危機や混乱のなかから立ち上がってきた人たちを扱った本です。

もし現代の人から学べることがあるとしたら、新興国や新しい産業の担い手からだと思います。主に若い人たちですね。

【山中】わかります。若い人から刺激を受けることは多いですね。僕は毎月サンフランシスコに行っていますが、その理由の1つは、サンフランシスコはボストンと並んでライフサイエンスの研究者が集まっているからです。僕よりはるか年下の20~30代のものすごい人たちと話すのは刺激になりますね。

東京・有明のUNIQLOCITY TOKYOで対談する柳井氏と山中氏。共通の趣味のゴルフや村上春樹氏の小説にも論が及び、和やかな雰囲気。

【柳井】僕は個人的に、アメリカの大学へ留学する子に奨学金を出しています。それで日本の高校生と面接するんですが、本当に優秀な子がいるんですよ。ある生徒は大学へ進学する前から、アメリカの大学院の先生と一緒に蚊の研究をしているそうです。すばらしい感性の持ち主はいるんです。

ただ、それを存分に伸ばすためには、広い世界へ出て、異文化の人と過ごすことで、自分は何者なのかということをまず知らなければいけない。留学するかしないかは別として、大事なことは、広い世界や異文化を自分から求めていく姿勢だと思います。

(構成=村上 敬 撮影=若杉憲司 写真=読売新聞、日刊スポーツ/AFLO)

山中教授が所長を務める京大iPS細胞研究所では、安定的な研究環境のため皆様からのご寄付を募っています。1円分からのTポイント寄付も可能です。詳細は「iPS基金」でご検索ください。

▼柳井 正 年表
1949年:山口県宇部市生まれ
1967年:山口県立宇部高校卒業
1971年:早稲田大学政治経済学部を卒業、ジャスコ(現イオン)に入社
1972年:家業の小郡商事に入社
1984年:「ユニクロ」1号店を広島市に開店、社長に就任
1991年:商号を「ファーストリテイリング」に変更
1994年:広島証券取引所に株式を上場
1997年:東京証券取引所2部に株式を上場
1998年:フリースブーム、東京・原宿に首都圏初の都心型店舗を出店
1999年:東京証券取引所1部に指定替え
2000年:東京本部を開設
2001年:初の海外店をロンドンに出店
2002年:玉塚元一氏に社長を譲り、会長に就任
2005年:会長兼社長
2010年:国内初のユニクロのグローバル旗艦店「心斎橋店」をオープン

▼山中伸弥 年表
1962年:大阪市生まれ
1981年:大阪教育大学附属高校天王寺校舎卒業(中高の同級生に世耕弘成経済産業大臣)
1987年:神戸大学医学部を卒業、国立大阪病院に勤務(整形外科)
1989年:大阪市立大学大学院に入学(93年に博士号)
1993年:米国グラッドストーン研究所へ留学、のちのiPS細胞につながる研究を開始
1996年:大阪市立大学薬理学教室助手
1999年:奈良先端科学技術大学院大学助教授
2003年:同教授
2004年:京都大学再生医科学研究所教授
2006年:科学誌「セル」に、マウスのiPS細胞に関する論文を発表
2007年:同誌にヒトiPS細胞に関する論文を発表、注目を集める
2008年:京都大学iPS細胞研究センターセンター長
2010年:京都大学iPS細胞研究所所長
2012年:ノーベル生理学・医学賞受賞 

(ファーストリテイリング代表取締役会長兼社長 柳井 正、京都大学iPS細胞研究所 所長・教授 山中 伸弥)

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