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米中貿易戦争ーメイド・イン・チャイナは誰を苦しめたのか?

米中貿易戦争の背景ー比較劣位産業の憂き目


2018年7月6日、米国が中国の知的財産権侵害への対抗措置という名目で818品目の輸入品に340億ドル規模の制裁関税を発動し、中国も同規模の報復関税を発動。さらに8月23日には第2弾、9月24日には第3弾の相互関税引き上げへと発展し、対立はエスカレートしてきている。

経済相互依存の深化した二国間では、相手国からの輸入品との競争に敗れた比較劣位産業の関係者が、選挙などを通じて、自国政府を相手国への強硬姿勢へと動かすという事が考えられる。

国際経済学の標準的な貿易理論では、デービッド・リカード以来、各国が比較優位のある産業に特化し、自由貿易をすれば互いに利益を得ることができると考えられている。

この理論では、労働力や資本などの生産要素が比較劣位の産業から比較優位の産業へと速やかに移動することが前提となっている。

しかし現実には、労働力の移動はそれほど容易ではない。たとえば、長年農業に従事してきた者が、外国からの安価な輸入品との競争に負けて廃業寸前になったからといって、すぐさま金融業界へ転職することは難しいし、また、住み慣れた町を離れて家族とともに遠く離れた場所に引っ越すのも転職の障害となる。

労働力の移動は、標準的な貿易理論が想定するほどスムーズではなく、多くは自由貿易の結果として収入減、失業、廃業といった憂き目を見ることになる。

それでも、標準的な貿易理論では、国全体の経済で見れば自由貿易による利益が損失を上回ることが強調されるが、政治的には、むしろ自由貿易によって憂き目を見ることになった比較劣位産業関係者の存在こそ重要である。

彼らは、選挙やロビーイングなどを通じて、自分たちに憂き目を遭わせた相手国への報復を主張することができる。また、そうした元労働者の票を期待する政治家の側が、報復的な政策を自らアピールすることもあろう。

こうして、相手国からの輸入品との競争に敗れた比較劣位産業の関係者は、選挙などを通じて、自国政府を相手国への強硬姿勢へと動かすというシナリオが予想される。

メイド・イン・チャイナに敗れた人たち


デイビッド・オーターらの研究「The China Syndrome: Local Labor Market Effects of Import Competition in the United States」(Autor, Dorn & Hanson, 2013)によれば、米国では、中国からの輸入品との競争に晒された地域において、失業率の上昇、労働参加率の低下、賃金の低下、障害者手当等の受給率上昇といった影響が確認されている。

彼らの推計によれば、1990年から2007年までの間に、中国との貿易競争によって米国の製造業では、大卒者、非大卒者あわせて150万人以上の雇用が失われた。

そうした労働者はほとんど他の街に移り住むことはなく、大半が地元にとどまり、その約4分の1が失業者として街にあふれるとともに、残りの約4分の3は職探しすらしなくなった。

さらに、製造業の衰退した地域では、非製造業でも雇用が減少することになり、特に物流、建設、小売りなどの非製造業分野に従事していた非大卒者を中心に職を失った。

その結果、1990年から2007年の間にアメリカでは、主に中国からの輸入が労働者一人当たり1000ドル増えると、その地域の就業率が大卒者で0.42%ポイント、非大卒者で1.11%ポイント減少するという影響が観察された。

こうした中国からの輸入増に起因する米国の就業率の低下は、幅広い年齢層で見られ、壮年層(50-64歳)では失業者の84%、中年層(35-49歳)では71%、若年層(16-34歳)でも失業者の68%が中国からの輸入増が原因で職を失ったと推計されている。


自由貿易が国家間対立を生む


相手国からの輸入品との競争に敗れた比較劣位産業の関係者が自国政府を相手国への強硬姿勢へと動かすという考え方は、国際政治学における従来の相互依存研究ではあまり指摘されてこなかった説であるが、現状の米中貿易戦争の背景として説得力を持ちうる。

トランプ氏は、大統領選挙中から、中国に対する膨大な貿易赤字を問題視してきた。2018年に入ってからの度重なる対中制裁関税の発動は、中国製輸入品との競争によって不利益を被ったと考える人々の支持を狙っての事だろう。

支持を決めかねる低中所得層


ただし、対中制裁関税が本当に中国製輸入品との競争によって不利益を被ったと考える人々の支持につながるかは、まだ分からない。

海外市場調査会社Syno Japanが米国の一般消費者(18〜79歳)1036人を対象として2018年10月に行ったインターネット調査(Syno Japan, 2018)によれば、対中制裁関税に対する支持率は高所得層ほど高く、年収15万ドル以上の層では過半数の支持を得ている一方で、実際に中国製輸入品の増加で不利益を被ったと見られる低中所得層では未だ2〜3割の支持しか得られていない。

回答者全体の4分の1ほどは、いまだ対中制裁関税に対する態度を決めかねているとしており、こうした態度未定の人々が今後トランプ大統領の対中関税制裁の支持に回るかどうかが、米中貿易摩擦の行方を左右する一つの鍵となろう。

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