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【読書感想】続・僕たちが何者でもなかった頃の話をしよう

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 池田理代子さんの講演から。

池田理代子:「ベルサイユのばら」を描くまでは貧乏漫画家で、飛行機に乗ったこともありませんでした。当然フランスにも行ったこともなくて、「ベルサイユのばら」は、本の資料だけで描いたものです。

ですから、連載が終わったあと、ぜひヨーロッパを見てみたいということで出かけました。そのときつくづく感じたのは、やはり実物を見ないと物事のスケール感がわかないということです。

たとえば、いかにヨーロッパの石の建物の壁が分厚いか、柱が大きいかというのは、写真ではわかりません。エドガー・アラン・ポーの「黒猫」という小説の中で、主人公は妻を殺して壁の中に塗り込めます。

我々普通の日本の住宅に住んでいますと、どうやってこの中に人を塗り込められるのだろうと不思議に思いますが、はじめてヨーロッパで壁を見たとき、「ああ、これなら何人でも入れるわ」と衝撃を受けました。

その旅行では、パリからウィーンを回ってドイツに入ったのですが、日が暮れてきたからという理由でたまたま降りた駅がレーゲンスブルクでした。どんな街かわからないけれど、朝起きて気に入ったらちょっと滞在しようかということで宿泊し、次の日になってみるととても歴史のある素晴らしい街だった。

すっかり気に入って、何日か滞在することになりました。そのとき、街中で偶然音楽学校の前を通りかかり、音楽学校で勉強する若者たちの群像を描いてみたいと思った。それが、「オルフェウスの窓」を描くことになったきっかけです。

 池田さんの代表作のひとつである「オルフェウスの窓」が描かれることになったきっかけは、ヨーロッパ旅行の際に、偶然降りた街だったのです。

 ただし、池田さんには、子どもの頃にずっとクラシック音楽をやっていて、音大受験を目指していたという基盤があった、というのも「オルフェウスの窓」誕生の背景にあるんですよね。

 「偶然のきっかけ」というのが語られることが多いけれど、何かの「ひらめき」が生まれるためには、それなりの準備や下地が必要なことが多いのです。

 ちなみに、池田さんは、47歳のときに音大を受験し、卒業後はソプラノ歌手として活動されています。

 劇作家・演出家の平田オリザさんは、こんな話をされています。

ホスピスに、50代の働き盛りの男性ががんで入院してきました。余命半年と宣告されて、奥さんがつききりで看護しています。高熱で苦しむ男性に解熱剤が処方されますが、これがなかなか効かない。

そこで奥さんが「何でこの薬を使うんですか?」と看護師に聞きました。すると、ホスピスに集められている優秀な看護師さんなので、こういう効能のある薬だけれど、他の薬との兼ね合いでなかなか効かないかもしれません、もう少し頑張りましょうね、と親切丁寧に説明します。

奥さんも、その場は納得します。ところが、翌日になると奥さんはまた同じ質問をする。これが、毎日繰り返されるようになります。いくら優秀な看護師さんでも毎日だと嫌気がさしてきて、ナースステーションでも問題になりはじめます。

そんなある日、ベテランのお医者さんが回診したときに、奥さんがまた「何でこの薬を使うんですか?」と尋ねました。するとそのお医者んは薬について一言も説明せず、「奥さん、辛いね」と声をかけました。奥さんはその言葉を聞いて泣き崩れたのだけれど、もう二度とその質問をしなくなったそうです。

つまり、奥さんが効きたかったのは薬の効用ではなかった。なぜ自分の夫だけががんに侵され、死んでいかなくてはならないのかという不条理を誰かに問いかけ、訴えたかったんです。もちろん、近代医学はその答えを持っていません。

科学は、「How」や「What」には比較的答えられますが、「Why」にはあまり答えられない。たばこの吸いすぎであるとか、生活習慣の乱れというように、おおざっぱには答えられますが、同じようにたばこを吸っていてもがんになる人もいればならない人もいます。

あるいは遺伝子の研究が進めば、もう少し細かく説明することはできるようになるかもしれません。けれども、もともと人間の存在に理由がなく、なぜ生きてなぜ死んでいくかに理由がない以上、誰もが納得できる答えど見つからないでしょう。それは、哲学や宗教の領域です。

 こういうのは、AI(人工知能)が発達しても、なかなか適応するのが難しいところだとは思うのです。

 こういうことについて知っておくのは、人生において、有用なことのはず。

 ただ、現場の人間としては、ヘタに気の利いたことを言おうとすると、かえって相手の気分を害したり、ごまかされているのではないか、という疑念を持たれたりすることも少なくないのです。

 この医者にだって、うまく伝えることができなかったこともたくさんあるはず。

 結局、コミュニケーションというのは技術なのだけれど、万人に対して通用するような模範解答はない、ということが大事なのでしょう。

 難しいなあ、と思うのと同時に、だからこそ、まだ「人間の役割」は残っているのかな、とも感じます。

 どんなにAIが進化しても、その恩恵を受け、それを評価するのは、人間なのです。

 この本で紹介されている4人の演者のうち、2人以上に興味があれば、読んでみても損はしないと思います。

 「自分に縁がなさそうな人」の話ほど、役に立つこともありますし。

fujipon.hatenadiary.com


僕たちが何者でもなかった頃の話をしよう (文春新書)

オルフェウスの窓(1)<

下り坂をそろそろと下る (講談社現代新書)

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