記事

「なんでもかんでもアリセプト」の弊害を目の当たりにしたことが、コウノメソッド構築の契機となりました - 「賢人論。」第75回河野和彦氏(中編)

1/2


認知症は治ってはいけない病気という認識が、一部には存在しているのです

みんなの介護 河野さんは「認知症は治らない」という医学界の常識に敢然(かんぜん)と対抗して、「認知症は治る」と宣言しています。その拠り所となっているのが、独自に考案したコウノメソッドという治療法ですね。コウノメソッドはどのように生まれたのでしょうか。

河野 今思えば、現在の医学界に対する私の反骨精神は、私がまだ大学院生だった時代に芽生えたようです。

1990年当時、私は名古屋大学大学院の博士課程で老年医学について研究しながら、ある民間の病院で臨床研究をしていました。その病院には認知症専門の病棟があって、250人もの患者さんが入院していたので、認知症のさまざまな症例について働きながら学ぶことができました。そしてあるとき、アルツハイマー型認知症の患者さんが、リハビリテーションによって症状が改善するケースを目の当たりにしたのです。

そこで私は、その症例を認知症の学会で発表しました。すると、ある神経内科の大家が「症状が改善したのなら、その人はもともとアルツハイマー型認知症ではなかったのだ」と昂然(こうぜん)と言い放ったのです。そのとき、私は思ったのです。「学会にとって、認知症は治ってはいけない病気なのだ。いくら臨床データを揃えて発表しても、“認知症は治る”という主張は握りつぶされてしまう。だったら、もう学会で発表するのは止めよう。その代わり、自分の研究成果は本にまとめて世の中に公表しよう」と。

みんなの介護 その出来事をきっかけに、認知症について独自に研究しようと思われたのですね。

河野 はい。その後、コウノメソッドを考案するひとつの契機となったのが、1999年11月に日本で初めての抗認知症薬であるアリセプトが発売されたことです。当時、私は愛知県にあるJA厚生連海南病院の老年科部長として認知症治療にあたっていて、「ついに夢の新薬が発売された」と期待に胸をふくらませていました。そして、実際に患者さんに使ってみると、アルツハイマー型認知症の症状が確かに改善したのです。

しかし、良いことばかりではありませんでした。患者さんによっては、いきなり怒りっぽくなったり、徐々に歩きにくくなったりしていきました。

そこで私は、病院に「アリセプト・ホットライン」を開設し、アリセプトを実際に投与してみてどうだったのか、私から処方を受けた患者さんやご家族からの情報を集めました。すると、「アリセプトを投与した患者さんが急に怒りっぽくなり、攻撃的になった」「アリセプトを投与した患者さんが歩けなくなった」など、明らかに副作用と思われる事例が多数報告されるに至りました。

みんなの介護 前編で伺った、「なんでもかんでもアリセプト」の弊害ですね。

河野 その通りです。1999年当時、アルツハイマー型以外にもさまざまなタイプが認知症にあることは、まだあまり知られていませんでした。アリセプトはあくまでもアルツハイマー型の治療薬なので、認知症のタイプによっては投与してはいけないし、怒りっぽい患者さんにはアルツハイマーでも量を半分で処方しないといけない薬だったのです。

その後、私はアリセプト処方の危うさと副作用に関して独自に研究し、その成果を2006年に『認知症の薬物治療』(フジメディカル出版)にまとめて刊行しました。後年、「先生のあの本を読んで初めて、アリセプトを処方した患者さんがなぜ凶暴になったのかがわかりました」と、多くの開業医の先生に言われましたね。今思えば、あの本を出版したことが、その後のコウノメソッド構築のきっかけになったことは間違いありません。

アリセプトの増量規定撤廃は進展していますが、県によっては取り組みがまだ不充分

みんなの介護 初の抗認知症薬として期待されたアリセプトも、決して万能薬ではなかったのですね。

河野 アリセプト自体は良い薬なんですが、私の経験から言うと、レビー小体型認知症やピック病の患者さんへの投与は第一選択にはなりません。しかし、問題はそれだけではありません。製薬会社が定めた増量規定にも、実は大きな問題があったのです。

みんなの介護 増量規定とはなんですか。

河野 アリセプトの用法・用量として、投薬量を段階的に増やさなければならないという規定のことです。製薬会社の医薬品添付文書には「1日1回3mgから開始し、1〜2週間後に5mgに増量し、経口投与する」と明記されていて、それ以外の処方は認められていません。つまり、投与開始から2週間後には、投薬量を必ず5mgにしなければいけないと定められているのです。

しかし、1日5mgというのは、明らかに量が多すぎます。多くの患者さんにとっては過剰投与となり、かえって症状を悪化させてしまいかねません。アリセプトという薬は効きすぎるので、できれば2.5mgくらいから使い始めたいところですが、その場合は適応外使用と見なされ、レセプト(診療報酬明細書)審査に通りません。すると、病院は診療報酬を受け取れなくなるので、100%病院側の持ち出しになってしまいます。

みんなの介護 薬の量は普通、患者さんの症状を診ながら医師が加減するものではないでしょうか。

河野 そのはずなんですけどね。ところが長い間、抗認知症薬だけは4種とも増量規定が決められていて、それが臨床の現場では大きな弊害になっていました。

状況がようやく改善したのは、アリセプトが発売されてから17年後の2016年6月。在宅医療の第一人者として知られる長尾和宏医師、山東昭子参議院議員、それに私が中心となって「抗認知症薬の適量処方を実現する会」を立ち上げて各方面に働きかけた結果、厚生労働省保険局医療課から全国の健康保険組合に「抗認知症薬の処方に関しては医師の裁量を重視するよう」事務連絡を出してもらいました。

これで事実上、抗認知症薬の増量規定は撤廃されたはずですが、先日、私のお弟子さんとして山陰地方で開業しているコウノメソッド実践医から思わぬ連絡がありました。ある患者さんにアリセプトを2mgだけ処方したところ、県の健康保険組合から呼び出しを食らい、「保険医を剥奪しますよ」と伝えられたそうです。これは厚労省からの通達が適切ではなく、県によっては増量規定撤廃への取り組みがまだ不充分だということを表しています。

みんなの介護 なぜ健康保険組合はそこまで3mgの処方にこだわるのですか?

河野 レセプトを審査した人は、「アリセプトは3mg以上の処方でないと効かない」と信じ込んでしまっているのでしょうね。3mg以上でなければ効かない薬を2mgだけ出したら、確かに薬をドブに捨てるようなものですから。しかし、アリセプトは2mgでも確実に効くし、3mgだと過剰投与になる場合があるのです。

あわせて読みたい

「認知症」の記事一覧へ

トピックス

  1. 一覧を見る

ランキング

  1. 1

    「大規模会場予約 67% 空き」はお役所仕事の想像力欠如 ~ なぜ「高齢者」に拘り続けるのか

    近藤駿介

    06月14日 14:19

  2. 2

    オリジナルを常に超越してくる 愛すべきガーナの手描き映画ポスターの世界

    木下拓海

    06月14日 11:34

  3. 3

    歳を取ると「厄介な人」になりがちな理由

    内藤忍

    06月14日 10:57

  4. 4

    「ディズニーランドのついでに予約」女性向け風俗の利用者が爆増しているワケ

    PRESIDENT Online

    06月14日 15:30

  5. 5

    東大・京大も志願者減で止まらぬ「国公立離れ」 その最大の要因は何か

    NEWSポストセブン

    06月14日 08:38

  6. 6

    LGBT、夫婦別姓…“憲法改正”は令和に必要か? 憲法学者「最高裁や国民がしっかりしないといけない」

    ABEMA TIMES

    06月14日 09:28

  7. 7

    チュートリアル、友近…ギャラ100万円芸人がリストラ危機なワケ

    女性自身

    06月14日 12:27

  8. 8

    私がDHC吉田会長の在日コリアンに関する妄想は相手にしなくていいと思う理由

    宇佐美典也

    06月14日 12:00

  9. 9

    小池百合子「女帝」の最後の切り札 五輪中止に動くタイミングはあるのか? - 石井 妙子

    文春オンライン

    06月14日 08:32

  10. 10

    東芝報告書で思い知った調査の破壊力の大きさ

    企業法務戦士(id:FJneo1994)

    06月14日 09:07

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。