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韓国大法院「元徴用工」判決の深刻度(上) - 平井久志

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全面公開されていない日韓外交交渉記録

 韓国政府は盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権時代の2005年に、日韓国交正常化に関する外交文書を公開した。この外交文書公開は、韓国政府が進んで公開したわけではなかった。韓国の住民が韓国政府を相手に日韓基本条約の締結に至るまでの外交文書57件の公開を求めて提訴し、ソウル行政裁判所が2004年2月、うち5件の文書を公開するよう外交通商省に命じた。こうした圧力の結果、2005年に公開したものだ。

 韓国政府は保存している全部の文書を公開したとしたが、実際に外交文書を読んでみると、多くの文書が脱落していることは明らかだった。

 筆者は当時ソウル特派員をしていて、この膨大な文書をチェックすることになったが、ある文書で前の報告を指摘しているのに、その指摘した文書が存在しないということが数多くあり、韓国側の文書管理のずさんさを感じた。

 しかし、外交文書を公開した韓国政府はまだましで、日本政府は当時、国交正常化から40年が経過したのにもかかわらず、日朝交渉などを理由に文書の公開に応じず、その対応は今も続いている。韓国側が保管していた文書を「全部」公開した以上、日本側が秘匿するメリットはあまりないはずだ。おそらく、文書管理は日本の方がきちんとしていると思われるが、日本も不都合なものも含めて文書を公開すべきだろう。

 2005年1月に公開された外交文書では、日本の植民地支配に伴う補償などの請求権について両政府間で一括して解決するため、被害を受けた韓国国民への個人補償義務を日本政府ではなく韓国政府が負う、と確認していたことが明らかになった。韓国外務省は同国経済企画院の質問に答えた1964年5月11日付の公文書で、1962年11月の金鍾泌(キム・ジョンピル)中央情報部長(当時)と大平正芳外相(同)の会談により、「(個人請求権を含め)各請求項目を一括して解決する」とし、「(韓国)政府は個人請求権保有者に補償義務を負うことになる」と明言していた。日韓両政府とも、植民地支配による被害者の救済に寄り添うという姿勢は希薄だった。

徴用工問題を請求権協定対象と認定した「民官共同委員会」

 韓国では1965年の日韓基本条約と日韓請求権協定の締結後、1974年に「対日民間請求権補償法」が制定された。1977年6月までに91億8700万余ウォンの補償金が支払われたが、これは請求権資金3億ドルの約9.7%であった。そのうち、被徴用工の死亡者に対する補償金は、計8552件に対して1人当たり30万ウォン、総25億6560万ウォン(当時のレートで約37億2650万円)が遺族に支給されたが、負傷者ら生存者は対象外で、補償から除外された者も多くいたという。

 韓国の第2次世界大戦後の国内の政治的葛藤は、近代化勢力と民主化勢力のせめぎ合いとよく言われる。近代化勢力は、日韓国交正常化で得た日本の資金で「漢江の奇跡」を実現したが、その資金を本来受け取るべきであった被害者に配慮することはあまりなかった。

 一方の民主化勢力は、軍事政権打倒など政治の民主化に全力を集中し、戦後補償の要求を掲げることはあまりなく、植民地時代の被害者の救済に積極的に乗り出す政治勢力は不在であったと言ってよい。

 韓国では、朴正煕(パク・チョンヒ)政権、全斗煥(チョン・ドゥファン)政権と軍事政権が続き、戦後補償問題で大きな声は上がらなかった。

 しかし、1987年の民主化運動で「6.29民主化宣言」が発表された。盧泰愚(ノ・テウ)政権は1988年のソウル五輪を成功させ、1990年代に入り、民主化されつつある韓国社会の中で慰安婦問題やサハリン残留韓国人問題、韓国人被爆者の問題が提起され始めた。だがこの時期でも、徴用工問題は「解決済み」という雰囲気が強かった。徴用工問題で裁判所への提訴の動きなどが顕在化したのは、1990年代後半になってからだろう。

 韓国政府は盧武鉉政権の2004年3月、日本の植民地時代の強制動員の被害の真相を明らかにすることを目的にした「日帝強占下強制動員被害真相糾明などに関する特別法」を制定し、強制動員に対する調査が行われた。その一環として、韓国政府は2005年1月に外交文書の一部を公開し、その後「韓日会談文書公開の後続対策に関する民官共同委員会」(民官共同委員会)が発足した。

 そして同年8月26日、李海瓚(イ・ヘチャン)首相の主宰でこの「民官共同委員会」を開催し、日韓請求権協定の効力範囲などについて協議した。

 この日の民官共同委員会では、「韓日請求権協定は基本的に日本の植民地支配賠償を請求するためのものではなく、サンフランシスコ条約第4条に基づく韓日両国間の財政的・民事的債権債務関係を解決するためのものであった」とした。その上で従軍慰安婦問題、サハリン残留韓国人問題、在韓被爆者の問題は「日本政府・軍等の国家権力が関与した反人道的不法行為については、請求権協定により解決されたものとみることはできず、日本政府の法的責任が残っている」として、請求権協定の対象ではないとした。

 しかし、「請求権協定を通じて日本から受け取った無償3億ドルは個人財産権(保険・預金等)、朝鮮総督府の対日債権等韓国政府が国家として有する請求権、強制動員被害補償問題解決の性格の資金等が包括的に勘案さているとみるべきである」とし、「政府は受領した無償資金中相当金額を強制動員被害者の救済に使用すべき道義的責任がある」とした。韓国政府が1975年当時に行った補償は、負傷者を対象から除外するなど、「道義的次元からみて被害者補償が不充分だった」とも指摘している。

 李海瓚首相は「強制動員被害者らの苦痛と痛みを治癒し、国民統合を図り、政府の道徳性を高めるためには、遅ればせながら彼らに関する支援措置が必要である」と表明した。

 この「民官共同委員会」の構成メンバーには、青瓦台(大統領府)の民情首席秘書官も含まれていた。当時の民情首席秘書官は、文在寅(ムン・ジェイン)現大統領であった。

 さらに韓国は、その「共同委員会」における議論の流れで2007年12月、「太平洋戦争前後国外強制動員犠牲者等支援に関する法律」を制定し、死亡者に1人2000万ウォン(約200万円)、負傷者に障害の程度に応じて2000万ウォン以下の範囲で慰労金を支払い、生存者に年間80万ウォン(約8万円)の医療支援金を支給するなどの支援を決めている。(つづく)

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