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貧すれば、ゼロトレランス〜14年前の「自己責任」論から振り返る〜の巻 - 雨宮処凛

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 シリアから無事に帰国した安田純平さんが10月25日、記者会見をした。冒頭で「おわびと感謝」の気持ちを述べ、40ヶ月にわたる拘束の日々を振り返った。

 この会見を受けても様々な意見があるが、拘束中のことを知れば知るほど「よく耐えられたものだ」という気持ちが湧いてくるのは私だけではないはずだ。しかし、安田さんがシリアへ足を踏み入れたことへのバッシングは一部でいまだ続いているようだ。

 そんなものを見ていて思い出したのは、2004年、イラクで高遠菜穂子さんら3人が人質になった際に起きた恐ろしいほどの「自己責任」バッシングだ。イラクにボランティアなどとして入った3人がとらわれ、武装勢力が日本政府に自衛隊撤退を要求したという事件である。安田さんも同時期、1度目の拘束をされており激しいバッシングに晒された。私はあの瞬間が、この国の大きな分岐点ではないかと思っている。

 ちなみにあの時のバッシングは、私にとってはまったく他人事ではなかった。なぜなら、私もその前年、イラク戦争が始まる1ヶ月前にイラクに行っていたからである。

 イラク行き直前の出来事で、鮮明に覚えていることがある。それは「イラクに行く」と自らのサイトで宣言したあと。まったく知らない人からメールが届いたのだ(当時、読者からのメールを受け付けるアドレスを公開していた)。そこには、以下のようなことが書かれていた。

「戦争が起こるかもしれないからイラクに行くとか、いい身分だな。こっちは過労死しそうなサラリーマンで、イラク行くどころか休みも取れないし、そもそも戦争について考えたりする余裕なんてないし」

 その手のメールは、一通ではなかった。読んだ時は「そんなふうに見えるのか」とショックを受けたものの、すぐに思い直した。当時の私は物書きになって3年目。その3年前までフリーターだった。自分だってフリーターの頃、「戦争が始まるかもしれないからイラクに行く」なんて人を見かけたら、嫌味のひとつでも言いたくなかっただろうな、と思ったのだ。こっちはそんな金もないし、休みを取ればその分給料が減るアルバイト生活。たった数日の休みが「家賃滞納によりホームレス化」に直結するフリーターが、悠長に他の国の戦争や「世界平和」なんて考えられるか、お前ら金にも時間にも心にも余裕あるからそんなこと考えられるんだよ、というような思い。

 だからこそ、04年、高遠さんたちへのバッシングが起きた時、そんなに驚かなかった。すごく嫌なことが起きているとは思ったけれど、この国はそういう「気分」の中にあって、みんながイライラしていて何かがあればたちまち爆発しそうな、「空気が電流を含んでる」ような感覚は確実にあったから。そして当時の総理大臣・小泉純一郎という「空気を読む天才」は、みんなの苛立ちをいち早く掬いとり、「自己責任」と言い放った。当時のみんなの苛立ちの原因は政治にもあったかもしれないにもかかわらず、小泉首相は「みんなが苛立ちをぶつけていい場所」を鮮やかに提示した。さぁ、何か不満があるなら「正義ぶって偽善ぶった」こいつらを徹底的に叩きのめせばいい。総理大臣である私がそのお墨付きを与えよう、と。

 当時は、戦後最長の好景気と言われる時期が始まった頃だった。しかし庶民に実感は乏しく、格差が静かに広がり始めていた頃。そんな中、総理大臣公認の「生贄」として差し出された3人は、イラクにいる時よりもずっとひどい目に遭わされた。集団リンチが始まったのだ。いたぶり、いびり殺すような執拗なリンチは、しかし加害者の多くが「面白半分」だったからこそやっかいだった。加害の自覚などおそらくないのだ。あの時、3人が日本に帰国する空港で掲げられたプラカードの言葉を覚えている。

 「自業自得」「税金泥棒」と並んで「ぬるぽ」。

 笑いながら、ふざけながら「叩いてもいいとされている人」を叩く。「悪いとされている人」を叩くのは一番簡単で正義感も満たせる娯楽で、その上タダで、多くの人がその「祭り」に飛びつき、祭りをエスカレートさせていった。

 今のヘイトスピーチを彷彿とさせる醜悪な光景が、おそらく初めてこの国に出現したのはこの時ではないだろうか。

 あれから、14年。「自己責任」という言葉は、政治家が言うより早く、もはや一般の人々から上がるようになっている。

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