記事

自民党の「改憲案」はどうしてダメなのか

2/2

【木村】国家の理想像としてポエミーなものはよくない。その感覚はよくわかります。でもあえて聞きますが、一方で憲法には「人権を尊重しよう」「侵略戦争はいけない」ということも書かれていますよね。人権尊重も平和主義も理想の国家像のひとつではあると思うのです。

「家族を大切にする」とする国家像と、「人権を尊重し、平和を大事にしましょう」とする国家像とは、何が違うのか。そしてなぜ前者を憲法に書いてはいけないのでしょうか。橋下さんは「家族を大切に」と書こうとしている人に、どのように説明しますか。

■何をベースラインとして考えるのか

【橋下】確かに、人権尊重は守らなければいけないベースラインだと感じますが、家族尊重との区分けは非常に曖昧ですよね。「『家族を大切にしよう』もベースラインだ」と言い張ることもできます。

あるいは、今の日本国憲法は個人の多様な価値観を認める「価値相対主義」なので家族尊重という価値観を押し付けるべきではない、と言っても、人権尊重だってひとつの価値観でしかないとも言えます。しかし、やはり憲法は個人の価値観をひとつに決めるべきものではないですよね。木村さんはどうやって説明しますか。

【木村】今の憲法は、「個人の価値観は多様であり、なおかつ、そうした人々が共存できる国家でなければならない」とする、近代国家の価値観をベースラインにしています。「家族を大切に」という価値観は、あくまで個人のレベルで決定すべき価値観であり、「多様な価値観の尊重」という近代国家の価値観を壊しかねないという説明になると思います。

ですから「家族を大切に」と憲法に入れたい人を説得するためには、近代国家のベースラインとなる価値観を共有するところから始めないと、議論を止められない気がします。

■自民党案「家族を大切にしましょう」の是非

【橋下】うーん。その言い方をしても「近代国家の価値観の捉え方の違いですね」となってしまいませんか? 「人権を大切に」は近代国家の価値観としてOKで、「家族を大切に」は近代国家の価値観としてダメというコンセンサスはとれないんじゃないかな。議論が価値観の違いになってしまったら、もう収拾がつかないと思います。

【木村】では橋下さんなら、どう説明なさいますか。

【橋下】「大きなお世話論」はどうでしょう? 「家族を大切にしましょう」は本人がそう思えば、大切にできますよね。だから憲法に書くことは大きなお世話。でも「人権を大切にしましょう」は、本人がそう思っても、周囲が、特に公権力が人権を大切にしなければ本人の人権は守れなくなってしまいます。

【木村】個人で考えればいい私的な領域の話と、公権力に関わる話の違いで説明できますね。

【橋下】そうかもしれません。じゃあ「国旗国歌を大切にしましょう」はどうでしょうね。

■憲法とは国家権力を縛るもの

【木村】「大切」の意味合いによるでしょうね。「日の丸」が国旗で「君が代」は国歌である、と法律で定めるのは、単に国旗と国歌を決めているだけのことです。

しかし「大切にしましょう」と書いてしまうと話は違います。国旗や国歌を大切に思うか、あるいは、国旗や国歌について何を発言するかは、内心の自由や表現の自由の対象です。国歌を歌わない人に刑罰を科したとすれば、現在の憲法の下では違憲となるでしょう。

これに対して、もしも憲法に「国旗や国歌を大切にしましょう」と書いてしまうと、国家を歌わない人に刑罰を科すことを正当化する根拠に使われる可能性が出てきます。

【橋下】確かに「大切」のところが重要ですね。「人権を保障しましょう」「人権を侵してはいけません」は、権力者に向けられた命令で、個人の話ではないけれど、「人権を大切にしましょう」と国民個人に向けて言い出すと憲法本来の姿ではなくなってしまう。

【木村】 はい。やはり憲法は「国家権力を縛るもの」です。国家に対して命令しているのか、国民に対して命令しているのかで判断するといいのかもしれません。自民党案では、「家族は、互いに助け合わなければならない」と書いていますが、「家族は個人にとって大切なものだから、国家は、国民の家族を形成する権利をきちんと保障しなければいけません」と書いた場合はどうでしょうか? 単なる家族大切条項とは違う意味を持つのでは。

■何を憲法に書いてはいけないのか

【橋下】その書き方だったら、先ほど木村さんが懸念していたように、「生活保護申請者も家族の扶養でどうにかしてください」という解釈につながりませんか?

【木村】もちろん、そうした解釈をする人も出てくるだろうとは思います。ただ、専門家から見たらありえないことを「こういう解釈も可能だ」と強弁する人がいるのは、ある意味仕方がない。そういう人は、無視するしかないはずです。

むしろ、専門家として、事前に対策をとって、避けなければいけないのは、「国民は家族を大切にする義務を負う」と理解される書き方でしょう。

【橋下】なるほど。国家の義務として書かれるならまだしも、国民が負うべき義務として書かれることは絶対に避けなければならないということですね。

【木村】そうですね。何を憲法に書いてはいけないのか、を考えていくことで、憲法に何を書くべきかが見えてきますね。

----------

橋下徹(はしもと・とおる)

前大阪市長・元大阪府知事

1969年東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、大阪弁護士会に弁護士登録。98年「橋下綜合法律事務所」を設立。TV番組などに出演して有名に。2008年大阪府知事に就任し、3年9カ月務める。11年12月、大阪市長。近著に『政権奪取論 強い野党の作り方』(朝日新書)。

木村草太(きむら・そうた)

憲法学者

1980年神奈川県生まれ。東京大学法学部卒業。同助手を経て、首都大学東京都市教養学部法学系教授。専攻は憲法学。『報道ステーション』でコメンテーターを務めるなどテレビ出演多数。著書に『自衛隊と憲法 これからの改憲論議のために』(晶文社)、『憲法の急所』(羽鳥書店)など。

----------

(前大阪市長・元大阪府知事 橋下 徹、憲法学者 木村 草太 構成=山本菜々子)

あわせて読みたい

「憲法改正」の記事一覧へ

トピックス

  1. 一覧を見る

ランキング

  1. 1

    安倍政権下でおかしくなった霞が関 自民党の良心は失われてしまったのか

    早川忠孝

    06月24日 08:39

  2. 2

    NYT「中国製ワクチンには効果が無い」と指摘 接種国で感染状況が悪化

    ABEMA TIMES

    06月24日 15:08

  3. 3

    ウガンダ選手団2人目の陽性者の持つ意味

    大串博志

    06月24日 08:11

  4. 4

    池袋暴走死傷事故・飯塚被告の“記憶違い”の写真  

    NEWSポストセブン

    06月24日 17:10

  5. 5

    河野大臣がワクチンめぐるデマ流布に言及 不妊については「科学的根拠がない」

    河野太郎

    06月24日 11:12

  6. 6

    緊急事態宣言の解除後からコロナ感染者数が増加 苦境に立たされる菅首相と自民党

    早川忠孝

    06月24日 22:30

  7. 7

    関係者・スポンサーに忖度ばかりの五輪・パラリンピックは「古き自民党政治」の象徴か

    音喜多 駿(参議院議員 / 東京都選挙区)

    06月24日 09:26

  8. 8

    バッハIOC会長の来日が早まる可能性=武藤五輪組織委事務総長

    ロイター

    06月24日 21:15

  9. 9

    「ネットワーク生かし現場の声を都政に届ける」公明党東京都本部代表高木陽介氏

    安倍宏行

    06月24日 18:29

  10. 10

    夫婦別氏に関して最高裁の2度目の判断 現行の夫婦同氏制度は「合憲」

    赤池 まさあき

    06月24日 08:32

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。