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古谷経衡氏、新宿二丁目にて新潮45問題を想う

新宿二丁目にてやや憂いを含んだ表情をみせる古谷経衡氏

新宿二丁目のバーを訪れた古谷経衡氏

 新潮45の休刊問題を契機にして、LGBTを巡る議論が喧しくなった。右も左も激しい言葉の応酬をしているが、果たして当事者たちはどのような思いを抱えているのか。評論家の古谷経衡氏は、ゲイの聖地「新宿二丁目」に足を運ぼうと思い立つ。

 * * *

 雑誌『新潮45』休刊問題で「一躍脚光」を浴びた文芸評論家の小川榮太郎。事の顛末をここに詳細に書く必要もないだろう。LGBTに対する軽率で差別的な「作文」が内外から大きな批判を浴び、結局三十年続いた雑誌がひとつ無くなってしまった。

 私は、同誌に八回も寄稿して「最終号」でも表紙を飾っただけに、正直やるせない思いである。出版業界で休刊は廃刊と同義である。嗚呼廃刊の悲しさよ。この鬱憤とも憤怒とも言えぬ感情を晴らすべく私は新宿二丁目に向かった。

 二丁目と言えばゲイバーや(レズ)ビアンバーが集積しているのはご存知の通り。LGBTの当事者が小川の件をどう思っているか、聞いてみたくなった。

 しかし、もはや二丁目はゲイバーの街、と一括りできるほど単純ではない。MIXバー(ヘテロセクシャルの女性や男性でも入れる)が繁茂し、外国人観光客が闊歩する。かつて性的少数者の出会いの機能を果たしていた盛り場は、すっかり観光地になっている。

 目下、ゲイの出会いの主力として使われているのはバーではなくアプリ類。二丁目にわざわざ出向く必要もないのだから、時として秘匿性が重要視されるゲイ文化は、インターネット世界のつねに前衛にあるのかもしれない。

 結論から書くと、二丁目のゲイバーを複数軒梯子したが小川を知っている、と答えた人は一人もいなかった。ご丁寧に私はグーグル検索して氏の顔写真を見せたが、皆知らないという。では杉田水脈議員はどうかというと、こちらも名前を知る者はいない。

 この夏、LGBT(むろん、一括りにできない複雑性を有するのだが)への支援の度が過ぎる、という寄稿を巡って杉田辞任を求める抗議デモが自民党本部前で盛り上がったが、当の二丁目は、台風の目のごとき無風地帯であった。

 考えてみれば当たり前だ。小川は地上波テレビにはほとんど登場したことがない。杉田はもともと維新の会→旧次世代の党で落選の後、長い下野期間を経て衆院比例中国で自民党の公認を受けて返り咲いたが、当選は二回で入閣経験はない。下野時代に一部の極端なネットユーザーから熱狂的な支持を受けたが、その範囲は所詮ネットのアイランドに限局されている。

 二丁目の目抜き通りを歩いていた私は若い女性から「朝のテレビに出ている人でしょう」と特定されて写真撮影を求められたのだから、考えてみれば小川や、或いは杉田よりも私の方がよほど知名度があるのかもしれない。たぶん収入は私の方がずっと低いと思うが。

 今回、二丁目の「水先案内人」として同行してもらったNPO法人「市民アドボカシー連盟」代表理事の明智カイト氏は、小川の作文を観て「まず“性的嗜好”と書いているが本来は”性的指向”と書く。最初っから言葉の使い方が間違っている。また、文章全体に漂うLGBTへの偏見もごく紋切り型で、古典的な差別感情としては特段珍しくない」と一笑に付した。同氏はゲイを公言してLGBTの権利擁護のためにロビー活動を行っているが、当の本人は小川の作文を何ら気にしていないようだ。

◆アンジーだって公言した

 慣れ親しんだ雑誌の休刊と、薄々分かっていたものの二丁目での無風状態は、ゲイバーでの私の飲酒ピッチを早くしていく。元来私は飲むと決めたら酎ハイ類を水のようにどんどんやる性質があるが、今次は更に拍車がかかる。

 なぜ小川があんな醜悪な「作文」を書いたのか。そしてなぜ同雑誌は該人物の「作文」を載せたのか。『新潮45』休刊決定以降現在に至るまでその余熱は冷めやらず、まるで重度の脳震盪のように出版業界全体を揺さぶり続けている。

 いろいろな説があるが、答えは簡単だと思う。書いた方も載せる決断をしたほうも愚鈍だったのだ。文芸誌の『新潮』の方で、作家の高橋源一郎が一連の騒動について緊急寄稿していた。高橋は小川の著作を読み込んでみると、小川に一抹の憐憫を感じたというが、至って優しすぎると思う。

 私は世界がひっくり返ってもインパールで四万の将兵を「死なせた」牟田口廉也を好きにならないし、正当化する事はできないが、今回の件も同じだと思う。可哀想とも、仕方がないとも思わない。全てが間違いで、全てが無計画と無責任であった。表現の場所をつぶした責任は、やはり万死に値する。ヤマザキマリ先生の連載漫画『プリニウス』はどうなるねん。どう責任取ってくれるねん。

 我が国のLGBTに関する職場の意識調査によると、LGBTへの「嫌悪感を感じない」と回答する割合は二〇代で男女平均七一%に達した。五〇代までを含む全体でも六五%だった(二〇一六年、日本労働組合総連合会調査)。これは皮膚感覚として当然の結果だ。

 米女優、アンジェリーナ・ジョリーはデビュー当時からバイセクシャルを公言してはばからない。日系米人女性と交際していた事を明言している。でも、だからなんだというのか。却って該女優の性的魅力は増すばかりではないか。LGBT支援の何が問題なのか、私には未だに良く分からない。

 LGBTだからといって、「日陰者でいるべきだ」と絶叫する保守ムラの老人と、その追従者(―驚くことに若者も多い)を見るたびに私はこの国がとてつもなく惨めで、陰惨で、鬱々とする後進的な側面を持つ事実と、一方で世界に冠たる最先端テクノロジーを保有する現実という「二重構造」の矛盾を痛感してしかたがない。

 二丁目は新宿の東側に位置するが、正直言って私は二丁目があまり好きではないことを再確認した。冒頭に書いたように、もはや観光地となった二丁目には、空振りする「熱狂」の残滓が溢れている。

 パンフレットに掲載されている、という情報のみを頼って続々とやってくる外国人観光客。そして「二丁目で飲むことが、なにかしら奇特でいて奇抜でいて斜めに洒落た文化的行為」とはな自覚している、若干意識が高い目のヘテロセクシャルの群羊と、そこから発せられる無思慮な雄たけび。

 こういう喧騒を、私は好まない。ゲイバーであろうがそれ以外であろうが、バーという場所は静謐を旨とせねばならぬ、と私は勝手に思っている。友達が居らず、悪い意味の熱狂を嫌う私は、観光地へと進化した二丁目とは根源的に肌が合わないのかもしれない。

 それとも、まだまだ二丁目という街の深淵を知らないだけなのかもしれない。いずれにせよ、小川の「作文」は間違っている。

 私はカミングアウトを推奨する気もないし、LGBTの権利擁護を声高に言うことが社会正義の指標だとも思わない。今次の取材兼飲みで、あるゲイバーのママは小川の写真を見るや「適度に枯れて居て良い感じだ」と返答した。小川は所謂「枯れ専」にモテるのではないか。該氏の許諾さえあればぜひ、私と一緒に二丁目を探訪したいと切望する。お互いに下らなひ熱狂は嫌いでせう?

【PROFILE】ふるや・つねひら/1982年北海道生まれ。日本ペンクラブ正会員。立命館大学文学部卒業。主な著書に『左翼も右翼もウソばかり』『草食系のための対米自立論』。最新刊は『女政治家の通信簿』。

※SAPIO2018年11・12月号

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