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「不満を言うだけでは世界は変わらない」池上彰氏が語るアメリカ政治のうねり〜映画『華氏119』インタビュー〜

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BLOGOS編集部

トランプ大統領誕生の背景や、現在のアメリカが抱える様々な政治・社会問題に切り込んだマイケル・ムーア監督の最新作「華氏119」が11月2日公開される。

ムーア監督は今作で、トランプ大統領の共和党だけでなく、オバマ元大統領の民主党も国民の団結力を分断する一因になってきたことを厳しく描き出している。一方で直近に控えた11月6日の中間選挙を前に、草の根で広がる政治行動に注目してもいる。

今、アメリカで何が起きているのか。そして、日本でこの作品を観る私たちは、どういった点に注目すればいいのか。今作の字幕監修を務める池上彰氏に聞いた。【取材:島村優 撮影:大本賢児】

11月6日に迫るアメリカ中間選挙の重要性

——池上さんが監修を務めた「華氏119」が、このタイミングで公開されることの持つ意味を教えていただけますか?

アメリカでは11月6日に中間選挙が行われます。中間選挙は、大統領が2年間やってきた実績への有権者の評価が出る選挙ですが、今回はこれまでにないほど注目されています。

そうした中で、アメリカで今どんな動きが起きているのか、特に若い人がどんな行動に出ようとしているのか、ということをマイケル・ムーア監督が生き生きと描いている作品だと思います。また、この中間選挙の結果はアメリカの政治だけでなく、世界中に大きな影響を与えるんだ、という観点から見てもらえればと。

——日本にもどのような影響があると考えられますか?

現時点での予測では民主党が下院で多数を占めるのではと言われています。そうなると政権と議会でねじれ現象が起きます。トランプ大統領が何をやろうとしても議会の承認を得るときに紛糾する可能性もある。例えば日米貿易をめぐる協定を結ぼうとするときに、議会と大統領が対立する構造を見ながら、日本の国益を守るために、そのねじれをどう活かすかというタフな外交が求められるようになりますよね。

——映画の中でもいろいろなエピソードが紹介されていますが、中間選挙に無名の候補が次々に立候補している状況があるようです。

日本の選挙では現職優先で、現職議員がそのまま次の選挙に出馬するのが一般的ですが、アメリカでは、選挙ごとに予備選挙があります。

映画の中に、アレクサンドリア・オカシオ・コルテスさんというニューヨークのブロンクスで出馬した女性が登場しますが、彼女は元々ウェイトレスをしていて、政治に全く関心がなかったんです。ただ、民主党内でヒラリー・クリントンのライバルだったバーニー・サンダースの影響を受けて、それからトランプ大統領が行っていることを見て、じっとしていられなくなって出馬したんですね。

アレクサンドリア・オカシオ・コルテス氏/Getty Images

——彼女がこれほど注目されているのはどうしてなんでしょうか。

政治の全くの素人だった彼女が、予備選挙で民主党の大ベテラン議員—党内ナンバー4の人物で、下院で民主党が勝ったら議長になると言われていた人物—を叩き落として彼女自身が候補になってしまったからなんです。彼女のような若い人が登場して、現職に勝ったり、現職を引退に追い込んだりするケースが多く起こっているんです。

支配層に対する市民の怒りが噴出

——マイケル・ムーア監督は反共和党の立場ですが、「華氏119」では民主党にも厳しい目を向けています。池上さんが字幕で、民主党の「妥協」を「譲歩」と変更した点とも関わりますが、民主党はなぜ機能しなくなったと考えていますか?

アメリカでは、選挙に当選するためには「中道化したほうが良い」という考え方があります。例えば、民主党の候補は予備選挙では左派的なことを言って、共和党の候補が予備選挙で勝ち抜くためには保守的なことを言ったほうが勝つんです。ただし、本選挙になると左派的なことばかり言っていると国民の支持が得られません。むしろ中道的なもの分かりの良い候補者を演じれば当選できるんじゃないか、ということで自分の主義主張があっても当選するために中道寄りになってしまっているというのが一つ。

それから、映画でもヒラリー元国務長官がウォールストリートから莫大な献金を受けていることが描かれていましたよね。アメリカは選挙にものすごくお金がかかるので、政治資金を得るためにはお金を持っている人から政治献金を受け取りたいと考えている人が多くいます。そのため支持者の間には、民主党がウォールストリートが喜ぶような政策を立てざるをえない状況への不満があったんでしょうね。

——「華氏119」の中でも、党を超えて支配層(エスタブリッシュメント)は厳しく批判されていました。

トランプ大統領は「ウォールストリートを許さない!」って言っていましたでしょう。大統領になってからはウォールストリートとべったりなんですけど。

ただ、ああいう風に「エスタブリッシュメントは許せない!ヒラリーは大金をもらっているぞ」と言うと。まるで民主党のような主張でしたよね。そのため、従来の政治に絶望していた人がトランプさんに一票を投じたということだと思いますね。

AP

——ムーア監督は「アメリカは左派の国」だと紹介していますが、トランプ大統領は選挙戦では過激なようでかなりリベラルな政策を打ち出していました。

彼はもともと民主党支持者で、そこから共和党に行ったわけですから。映画の中でもジャレッド・クシュナー(トランプの娘イヴァンカの夫でトランプの娘婿、大統領上級顧問)がマイケル・ムーア監督の以前の映画を絶賛するシーンがありましたよね。

——映画「シッコ」を絶賛していました。

「国民皆保険は素晴らしい」ってね。クシュナーも民主党支持だったんですから。そういう意味では、本来民主党が獲得すべき票をトランプさんが獲得してしまったんじゃないか。特に仕事がなくなって、困ってる白人労働者だとか、弱い者の味方を演じたということですね。

——エスタブリッシュメントの話では、本来はリベラルな立ち位置にいるニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストが「私たち労働者の味方ではない」と批判される場面もありました。

ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストもエスタブリッシュメントの新聞ですから、普段は政治家や経済界の人と付き合っているわけでしょう。そうするとそういう視点からの記事がたくさん出てきますよね。

でも一方で大統領の陰謀を暴きたてたボブ・ウッドワードやカール・バーンスタインのようなジャーナリストもいるわけで、ある新聞が全面的にどちらの立場というわけではなくて、その中にも多様な立場があるということだと思います。「ニューヨーク・タイムズが我々の味方だと思ったら違うんだぞ」というのはその通りで、新聞まるごとが味方なわけではないということです。

最近の記者は「礼儀正しくなっている」

——新聞の話になったので、メディアやジャーナリズムの話についてもお聞かせください。今回は全体的にムーア監督の持ち味である「アポなし突撃」の場面はそう多くありませんが、こういう形の報道・ジャーナリズムというのは日本でも可能ですか?

昔は「アポなし突撃」って番組があったじゃないですか。何をもって「ムーア監督のような」というのはありますけど、何者をも恐れない取材というのは、もちろんあってしかるべきですよね。

最近の若い記者は礼儀正しくなってきていて、昔を知ってる上司が「やってこい!」って言っても「そんなことやっていいんですか?」とか「政策や政治を批判してもいいんですか?」とかいう反応が出ることもあるそうです。

——池上さんもアポなし突撃のようなことをやっていましたか?

そもそも、悪徳商法をやっているような人に対しては、アポを正面から取ることはできないですから。当時と今では取材方式も随分変わりました。

一番印象に残っているのは、私が社会部の記者だった時はまだフィルムカメラだったんです。フィルムカメラは長く撮影し続けられないので、悪徳商法業者を追及している時、向こうが絶句していよいよ自供を始めるかなという時に「フィルムが切れました」と。

——それはもったいない。

今はビデオでやりやすくなった面があるけど、当時は限られた長さにどう収めるかという緊張感はありましたよね。

——ムーア監督の作品はすごく作家性が強く、普段私たちが見るドキュメンタリー番組とはトーンが違いますね。

もちろん、テレビは中立公正でなくてはいけないという放送法がありますから、映画とは全く違います。映画は何でもやっていいので、そうした中で何を描くかというドキュメントの作り方は変わりますよ。

ただテレビでも極端な主張はしなくても、作り手が人間である以上その思いがにじみ出てきませんか?そこがドキュメンタリーの魅力なんでしょうね。

マイケル・ムーア監督/AP

——日本だから特別に記者の方が主張をしづらいということはないんでしょうか?

新聞や雑誌は堂々とできると思いますけど、テレビは特定の主張はできません。それでも事実を積み重ねることで対象を糾弾する、そして不正を暴き立てる、といったことはあり得るし、それは本来やるべきことですよね。

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