記事

初の舞台化! 三島由紀夫『豊饒の海』で向き合う「生と死」、そして「美」 - フォーサイト編集部

1/2
松枝清顕役に挑む東出昌大(右)と本多繁邦の老年期を演じる笈田ヨシ 撮影:菅野健児(以下同)

 人間の存在と輪廻転生の壮麗な物語を描く三島由紀夫の『豊饒の海』。『春の雪』『奔馬(ほんば)』『暁の寺』『天人五衰(てんにんごすい)』の4作からなる畢生の大河小説が舞台作品として、現代に甦るという。この野心あふれる試みには、イギリスでもっとも注目されている演出家の1人であるマックス・ウェブスターを迎え、脚本は「てがみ座」主宰の長田育恵が手掛けた。三島文学を体現するキャストは東出昌大、宮沢氷魚、上杉柊平、大鶴佐助、神野三鈴、初音映莉子、首藤康之、笈田ヨシら。三島自ら「世界解釈の小説」とまで語った絶筆の書を、実力派との呼び声高い俳優陣はどう演じ切るのか。4つの物語を導く本多繁邦の老年期を演じる笈田ヨシ(85)と、「美」の象徴であり、本多が生涯執着することになる松枝清顕に挑む東出昌大(30)に、三島文学の魅力、そして舞台への思いを聞いた。

――『豊饒の海』の完結となる『天人五衰』の末尾に記された「昭和四十五年十一月二十五日」は、三島が陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地で割腹自殺した日でもあります。約6年の歳月を費やし、壮大な世界観を込めた遺作を舞台化すると聞いたとき、三島作品の大ファンだという東出さん、生前に交流があったという笈田さんはどのような思いを抱かれたのでしょうか。

「僕の中ではまぎれもなく“最高傑作”です」

東出 4作を1つの脚本にできるのかと、最初は正直、耳を疑いました。三島由紀夫の文学作品の中でも『豊饒の海』は最高峰のものだと、僕は勝手に位置付けています。判断基準が陳腐なのですが、『禁色(きんじき)』『音楽』『潮騒』『仮面の告白』『金閣寺』『午後の曳航(えいこう)』――すべて理解していると断言はできないんですけれども、三島作品を一通り読んだ中でも、『豊饒の海』はとりわけ読むのに時間と労力がかかったので。1冊を読み込むのも難しいと感じるのに、4作すべてを貫くテーマを考えるとまた違った意味が立ち上がる。ましてや文章表現において、これでもかというぐらい三島がブイブイ腕をふるっていますし、やはり僕の中ではまぎれもなく“最高傑作”です。

 ですが、脚本を読んでみると、この作品のスケールの大きさに対して感じた恐れやおののきがかなり解消されました。学生、中年、老年と3人の本多が現れることで、単なる時系列ではない時のうつろいが感じられ、それが視覚的に皆さんの目にどう映るのか、今は楽しみです。また三島の「美文」が戯曲化されても失われず、セリフに生きている。いち三島ファンとしてもうれしい脚本でした。

笈田 私は60年ほど前、文学座の公演で三島先生が演出された『サロメ』(1960年)に出演したことがあります。今、再び先生の作品に相対することができ、感無量の一言です。『豊饒の海』は4部作ですが、自分も役者人生を送っている中で、知らず知らずこの遺作を追いかけているようでした。『春の雪』では自己確認やギリシャのエロス、愛が、『奔馬』では神道、天皇が、『暁の寺』では肉体と精神、魂の関係が、『天人五衰』では神を失った実存主義的な生き方の青年が出てきて、「実」と「無」がつながる。僕も初めて海外で演出をはじめたときに「自己再発見」をして、『古事記』を元にした芝居で「神道」を取り上げた。そして『チベットの死者の書』の舞台化で「輪廻」を考え、禅書を元に「無」を追求してきました。日本人として何かを表現していこうとすると、先生と同じような思考の経路をたどるようになるのかもしれません。

――笈田さんは若いころ、三島由紀夫に似ていると言われていたそうですが……。

「『オレの弟子にしてやる』ってボディビルのジムに連れてかれました」

笈田 先生が手掛けた舞台に僕が出ていると先生に似ているらしく、先生が出ていると観客が勘違いしたくらいで、先生も「なんでぇ、オレの真似しやがって」と冗談を言っていましたね。ぺーぺーの役者だったにもかかわらず、『サロメ』ではサロメに恋してかなわず、自殺してしまうオスカヤ兵ナラボトという大役に抜擢されました。胸と太ももが露わになるナラボトの衣装を見た僕が、「洗濯板のような体なので、この衣裳は無理です」って慌てふためいていたら、先生は「オレの弟子にしてやる」ってボディビルのジムに連れてかれました。先生が教えるわけじゃないんですけどね。舞台稽古の日、ナラボトが剣で自分の胸を刺すシーンを見て先生は迫力が足りないと、小道具に「もっと血を出せ。血が少なすぎる」って注文をつけていました。後から割腹自殺をしたと聞いたときに、自分に似ている僕を舞台に立たせて、自決する様を客観的に見たかったんじゃないかと、あの役をくださった理由がわかったような気がしました。その後、自ら主演を務めた映画『憂國』(1966年)では切腹シーンを御自分で演じているので、3度目に現実社会で実演された、ということかもしれません。

――『豊饒の海』では人物の外見から心の動き、周囲の風景まで、非常に詳細な描写がなされています。そのことは芝居の助けになるのでしょうか。それとも、妨げになるのでしょうか。

東出 それが僕の好きな三島文学の特徴で、特にコンプレックスや黒く汚い感情を説得力ある文章で描き切っている場面は、人間の恐ろしさが鮮烈な印象を持って迫ってくるような凄味があります。けれども、描写された心理の1つ1つを、舞台でくまなく掬い取ろうとすると、観ている側は言葉や演技を羅列されて、何をしようとしているのかわからなくなってしまうと思うんです。だからこそ、取捨選択をしなければなりませんが、それは決して仕方なくということではなく、良い意味での“改変”です。文字数と情報量は少なくなっても、芝居の“余白”で「人間ってこうだよな」って、頷いてもらえるかどうかにかかってくるので、その方が、よほど難しいのですが……。

 たとえば、原作で本多が清顕に歴史や人間の存在について長く語る9ページほどの場面があるのですが、途中、清顕の「……なんだね」という相槌で本多の話を理解していることがわかります。でも舞台では、そのシーンは短くなるので、最初から本多の話を理解できていないようにするのか、途中からにするのか、原作と対比した上で物語を伝えやすくするよう、いろいろと試しています。

笈田 『豊饒の海』を今また読み返すと、そのストーリーや哲学はもちろんのこと、それ以上に豪華絢爛な「たとえ」「形容」に、よくこれだけの想像力があるものだと驚きます。満開の桜のように、語彙、イマジネーションが華やかに言葉を飾っていて、その才能たるやもう……。ただ、芝居では役者が演じているのを見て、観客が想像力を掻き立てる、その両者の化学反応がおもしろい結果を引き出しますから、この役はこんな風に解釈しなくちゃいけないと押し付ける演技ではなくて、想像を手助けする材料を提供するようにしたいですね。

あわせて読みたい

「舞台」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    ドラゴンボールが儲かり続ける訳

    fujipon

  2. 2

    ひろゆき氏がテラハ問題に言及

    ABEMA TIMES

  3. 3

    コロナ対策成功は事実 医師指摘

    中村ゆきつぐ

  4. 4

    コロナとN国で紅白歌合戦ピンチ

    渡邉裕二

  5. 5

    五輪中止は決定済み? 記事に驚き

    天木直人

  6. 6

    上場企業レナウン倒産に業界激震

    大関暁夫

  7. 7

    ブルーインパルス飛行批判に落胆

    かさこ

  8. 8

    箕輪氏 セクハラ疑惑で「暴言」

    文春オンライン

  9. 9

    長嶋茂雄に激怒 元選手語る事件

    幻冬舎plus

  10. 10

    ロイホ大量閉店 コロナの厄介さ

    PRESIDENT Online

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。