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東京湾に原子炉が存在することを忘れてはいませんか - どん・わんたろう

 来る前は騒いでいても、いざ来てしまうと当たり前になって関心を払わなくなるってことが、私たちには多すぎないだろうか。すぐそばで毎日それを見ている人は、常に気にしているに違いない。でも、ちょっと離れたところにいて日常生活の中で意識することがなければ、他人事になってしまう。

 「原発」とは、結局そういうことだったのだろう。「脱原発」も、そうならないように注意しなければならない。だから、3・11による原発事故から1年が経ち、背伸びをせずに自分の足元を改めて見つめ直すことから始めたいと、今さらながら考えている。

 その文脈で言うと、首都圏の人たちは、身近に存在する原子炉に対して、あまりに無関心でいる気がしてならない。

 米軍の原子力空母である。

 世界最大級の空母「ジョージ・ワシントン」(GW)が神奈川県の横須賀基地に配備されたのは、2008年9月のことだった。都心から50キロ。当時は「東京湾に原発が出現したのと同じ」と指摘されていたのだが、いざ来てしまってからは、地元の横須賀市以外ではほとんど関心を持たれず今日に至っている。3・11の後も、状況は変わっていないようだ。

 福島第1原発の事故を受けて、国内に配備されている原子力空母の安全性を再確認し、必要な見直しをしなければならないのは自明の理である。しかし、米軍は「軍事機密」を理由に情報を開示せず、日本政府も米側の説明を鵜呑みにするばかりで何らの対策を取ろうとしていないという。今月はじめ、地元で反対運動に取り組んでいる呉東正彦弁護士の講演を聞いて、危機感が募った。

 ジョージ・ワシントンは、全長333メートル、幅77メートルで、満載排水量は9万7000トン。戦闘機など約70機を搭載可能で、5500人以上が乗船する。給油の必要がないので、有事の際の機動力や長期にわたる航行がセールスポイントだ。

 呉東さんによると、積んでいる原子炉は、加圧水型の軽水炉2基。商業用原子炉に置き換えると計40万キロワット級で、福島第1原発の1号機にほぼ相当するそうだ。ウランの濃縮度は、商業炉が5%前後なのに対して90%以上で、原子爆弾に匹敵。商業炉なら3年程度の燃料棒の交換サイクルも、20年に一度で、放射性物質がたまっているという。

 横須賀基地が位置する三浦半島には活断層が3本走っており、直下型地震が直撃するおそれがある。近くの相模湾や駿河湾の沖には震源となるプレートが集中していて、津波も懸念される。たとえば、大津波が起きた場合、原子力空母が引き波や海底の隆起によって座礁したり陸上に乗り上げたりすれば、船底から原子炉を冷やすための海水を取り入れられなくなる。艦内の非常用安全装置が作動しなくなったり、陸上からの水や電力の供給が断たれたりして、原子炉を冷やせなくなることも考えられる。

 原子力空母は横須賀基地に停泊中は原子炉を停めるが、停めてからも核燃料から崩壊熱は出続けており、冷却が必要だそうだ。いくつもの要因が重なって大事故が起こり得ることは福島第1原発が示したから、原子力空母のメルトダウンを決して「想定外」と片づけるわけにはいくまい。

 もし福島第1原発のように原子炉に事故が起き、放射性物質が大量に放出されればどうなるだろう。前述した通り、横須賀基地は都心から南に50キロ。首都圏を直撃する事故の危険を理由に、菅首相が原子炉の停止を要請した浜岡原発(静岡県)よりも、さらに150キロも近い。

 条件によっては、風下8キロ以内は全員死亡、13キロ以内は半数死亡、60キロ以内で急性障害が発生し、死者は長期的に100万人以上に及ぶ、という試算もあるそうだ。横須賀から60キロといえば、東京都のかなりの地域が入ってくる。福島第1原発の避難区域をあてはめると、避難すべき住民は400万人以上にのぼる。被害額が甚大になることは想像に難くない。当然、首都機能は果たせなくなるだろう。

 なのに、空母の原子炉については、日本政府に監督権限がないだけでなく、情報も提供されていないという。「原発の場合は事故後、不十分でも安全性のチェックやストレステストが行われている。しかし、原子力空母は中を見ることができないから、『どうしてくれ』とも言えず、ノーチェックの状態です」と呉東さん。「主権のブラックボックス」と表現していた。

 根拠になっているのは、1964年に初めて日本に原子力潜水艦が寄港する際にアメリカ政府と交わした文書。技術上の情報の提供やそれを入手するための乗船を拒否する内容だ。国内法や国民の安全よりも米軍を優先させる構図は、沖縄の普天間基地の状況と同じである(拙稿参照)

 3・11後の昨年4月、横須賀市の求めに応じて米政府が日本政府に出した書簡には、原子力艦の安全性を強調する文言があふれていた。「米軍の原子力艦は50年以上、一度も事故を起こしていない」「防護壁は4重」「電力がなくても炉心を冷却できる」「万一の場合も、船なので陸地から遠ざかることができる」等々。

 要するに日本政府は「アメリカが安全と言っているから安全と言っているだけ」なのだ。呉東さんは「空母の構造さえ知らないのに……。この危険な状況をなんとか変えたい」と訴えていた。最終的な目標は、原子力空母の母港を撤回させることだが、当面は、日米共同で福島原発事故を教訓とした情報交換を行い、その結果を国民に公開するとともに、米軍による地元説明会を開催するよう求めている。

 空母の原子炉事故を想定した防災訓練についても、改善が必要だ。日本政府と横須賀市、米軍との毎年の合同訓練には一般市民は参加していない。それとは別の市独自の訓練は、3キロ圏内の住民だけが対象なうえに米軍は参加しない。「事故が起きても、屋内退避が必要な範囲は基地の中にとどまる」と米側が主張しているからだ。呉東さんらは、20~30キロ圏内まで広げて、住民と米軍が参加する総合訓練を実施するよう提唱している。

 日本政府は、すぐにアメリカと協議を始めるべく動いてほしい。少なくとも原発と同じレベルの対応が必要なことは、はっきりしている。大災害の際の首都機能の維持にかかわるテーマなのだから、十分に大義名分はある。

 原子力空母の配備が決まって以来、呉東さんら地元の反対派住民はさまざまな形で運動を展開してきた。配備の是非を問う住民投票を2回にわたり直接請求し、2回目には有権者の14%の署名を集めたが、ともに市議会に否決された。裁判闘争も続けているが、11回連続で敗訴判決を受けているそうだ。福島原発の事故後は、シンポジウムで原子力空母の安全性を問うたり、女性が中心になったグループがアピール活動をしたりしている。市民の関心は上がってきているという。

 一方で、「基地のないまち」との温度差を指摘していた。ふだん基地を目にすることがないから、ある意味、仕方のないことだとは思う。とはいえ、とくに首都圏に暮らす人たちにとっては、名実ともに自分の問題である。一度、地図を眺めてその距離を実感してほしい。そして、遠い原発の再稼働に反対するエネルギーの何分の1かでも、原子力空母の問題を考える時間に充ててほしい。

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