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「原発事故で同級生が対立」RAG FAIR 引地洋輔が語る福島の復興

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BLOGOS編集部

東京電力福島第1原発事故からの復興を目指す福島をPRする「福島フェス2018」が20、21日の両日、東京都港区の六本木ヒルズアリーナで開かれた。5回目の今回もご当地グルメや地酒のブースから福島ゆかりのアーティストのステージまで盛りだくさんの企画で、両日で過去最多の3万人以上が来場。アカペラボーカルバンド「RAG FAIR」リーダーの引地洋輔さん(福島市出身)は実行委員会の一員として、裏方とステージ上の両輪でイベント成功のために奔走した。福島フェスや故郷への思いを聞いた。【岸慶太】

高校の同級生とフェスを企画

――福島フェスも5回目を迎えました。実行委員会に加わった経緯を教えてください。

 

六本木での開催は5回目ですが、その前年の2013年に代々木公園で東北全体の復興イベントがありました。その一部としてスペースを借りて出展していたのですが、独立して大きくしたいというときに、同級生からRAG FAIRとして出演のオファーを頂いたのですが、都合がつかずに参加できなかった。でも、実行委員はほぼ全員が高校の同級生で、僕も実行委員として個人的に加わらせてくれと手を挙げて、六本木ヒルズでの初回から参加しています。

――あくまでも個人として参加なのですね。

はい。あと、RAG FAIRが所属しているワタナベエンターテインメントという事務所で、震災後に「WAEチャリティープロジェクト」という名前で基金のようなものを作って活動に取り組んでいます。震災直後はあれもこれもと基金の使い道があったのですが、時が経つとどういう風に使えばいいのかってなって。僕が福島出身で福島フェスについて紹介すると、事務所のプロジェクトにも協力いただいて、現在まで続いてきました。

――子どものころは福島県内各地に住んだそうですね。

実は福島県職員の息子でして。実家があるのは福島市なんですが、会津若松市の病院で生まれ、今の南相馬市に3年住み、白河市に3年、さらに福島市に3年。ここで家が建ちました。せっかく建てたのに南会津町に3年、でまた福島に戻ってきて。

――ほぼ県内全域を満喫しましたね。

しかも最後に郡山で余計な浪人を1年しました(笑)。予備校の寮に入って。いわきエリアだけはご縁がなかったのですけど、震災後に四倉小学校というところをお手伝いする形で定期的に通って少しご縁ができました。WAEプロジェクトで参加したので、僕は校歌をハモってみるっていう指導をしました。

同級生の間で意見対立 原発事故が生んだ構図

――原発事故から7年半が過ぎました。当時はどういう気持ちでいましたか。

直後は離れて住む福島の両親や、親せきの身の安全というレベルを考えていました。でも、時がたって、例えばフェイスブックとかで、同級生が2人並んで記事を上げた時にかたや「原発は絶対にいやだ」という友だちと、「風評被害に負けるな」「安全なものは安全なんだ」と。そんな対立を見ると、すごく心苦しいんですよ。人を真っ二つというか、人の対立を生んだんだなと感じた時が第2のつらい時期というか。

――原発事故の前は見られない対立だったんですね。

同じ学校に通って、どっちも知っている同級生が真逆の意見を書いている。もちろん原発の技術的なことはニュースを通じてしかわからなかったり、調べられる範囲でしか事実は受け取れないものです。でも、原発事故をきっかけに、人と人が対立しているという状況が生まれたことが一番苦しいですね。

――対立、分断という意味では原発事故の賠償金とか各方面で生まれてしまいました。

これも同級生で県に勤めていて賠償金とかに携わった人が、「人は難しくて、一回もらい始めるとなかなか元に戻れなかったりというのを見てしまった」と。そういう話はつらいですよ。

――風評被害で言えば、農産物は少しずつ回復してきていますね。

福島県で果物といえば、モモとかナシとか毎年実家から届くんです。最初は県のお墨付きなんでしょうか、「検査して安全を保証したものです」と知事かどなたかのお名前で紙が1枚入っていたんですね。全部検査して安全なものです。おいしく食べてくださいねっていう。それが一昨年ぐらいからですかね、紙がなくなったんです。それはなんか良いことだなと。安全だよ、それが当たり前ですよというところまで進んだのかなと思います。

会場を訪れた人に自ら接客する引地洋輔さん

「実際に福島へ行ってみて!」 フェスにかける思い

――仕事でも観光でも、一度福島に行くことで認識も変わるのではないでしょうか。

そうですね。福島フェスの開催後に毎回反省会をしています。3年前でしょうか、何を目指しているのか、成功は何なのかとなった時に、偶然でも立ち寄ってくれた人がフェスをきっかけに実際に福島に行ってくれればと。そういう人を増やすイベントだなって。それが一つゴールだというのが明確になって。昨年は温泉宿泊券を各宿の協力で当たるようにしたり、一つでも足を運んでもらうようなきっかけづくりをフェスの中で考えてやっています。

――あらためて福島の魅力は何なのでしょうか。

長所でも短所でもありますが、とにかく広いということは福島を考えるうえで外せないと思います。気候も文化も違う。かたや雪が一晩で1メートル積もるところと年に1回降るか降らないかというところが、一致団結するのはそもそも難しいなと思うんです。言葉も違うし。でも、そのでかい福島を狭い六本木の一か所に集めるのはすごく面白いんです。県内の人でも知らない福島がこの一か所にあると思うので。お客さんだけでなく、福島からいらっしゃった出店者の方もお互いに「あっ、こんなのもあるんだ」と発見とかしてもらえたらうれしいなって。

多くの来場者が詰めかけた「福島フェス」の会場

福島を楽しむ人の姿に今年も涙

――今回もものすごい人の数ですね。

ふらっと立ち寄った人が、「通りかかったんですけど楽しくてこんなに長くいちゃいました」って言ってくれて。そういうのすごくうれしいですよね。あと、予定を組んで来てくださる方も増えてきて。出演者も実行委員会も実はすごく楽しんで当日やっているんですけど、ステージに上がってお客さんの顔が楽しそうだったり、いい気分で酔っ払っていたりするのを見られて。今のとこ2年連続で泣いてます。なんか予期せず泣いてしまうんですよ。

――その涙は会場で福島を楽しんでくれたり、もしくは事故から7年以上たっても忘れずに応援してくれているのが伝わるから?

そうですね。うれしいだけじゃないとこもありますけど。つらさとか複雑さが残っています。まだ途中だし。毎年、来年は無理じゃないかと思いながら。でも、もうやめるわけにいかないぐらい応援してくれる人とか、楽しみにしてくれる人が増えて。正直、実行委員会が自腹を切ってやっているので。

――事前に聞いたら毎回赤が出ていると。

大赤字ですね(笑)。行政には行政のできることがあって、僕らはどこか文化祭の大人版というか。本当に個人のつながりで仲間が増えていっているので、こういうやり方で福島の発信をしてもいいんじゃないか、意味があるんじゃないかと。胸を張っています。

――今後の福島がどうなっていくか、どんな期待を抱いていますか。

大きいピンチを迎えて、そこからそれをポジティブに、なるべくチャンスとしていこうと。このフェスもそうです。でも、一般に福島の人は照れ屋で口下手でというか。東京のホスピタリティーレベルの水準があるとすると、福島はまだばらつきがあるなと正直感じるとこがあります。いいものもっているんだから、それを現場でちゃんと伝えてくださいよ、お願いしますみたいに感じます。今日のイベントに出店している人でも、若い世代がこの素材でこういうお菓子を作ろうよとかアイデアを出し合っているんです。新しい魅力を作っている人が福島にどんどん生まれているのはすごくうれしいです。

――事故から7年半以上が経ちました。これまで支援をされるということが多かったが、支援する側に立つ場面も生まれています。

まだ支援を受けなきゃいけない部分は多いです。そんな中でも、この間の北海道地震の時は新橋で日本酒のお祭りがあったんです。地震が早朝にあって、わずか数時間後に福島県の人でしょうか、「今度はお返しする番だ」となって、利益の一部ではなくて全売り上げを北海道と(豪雨被害に遭った)西日本に送ろうって決めて、そういう「助けてもらっているんだから今度は」っていうステージにも来ているなと感じます。

会津地方の郷土玩具「赤べこ」。子供の魔除けとして親しまれている

みんなにある故郷 エールを交換したい

――来年以降はどう開催していきますか。

六本木で始めた時からいつまでやろうかって話し合って、とりあえず、(2020年の)東京五輪まで頑張ろうとなったので、せめてそこまでは。できることならずっと続けたいですね。

――福島フェスを訪れた人が何を感じてくれたらうれしいですか。

復興とはまた別の思いもあるんです。そもそもなんですが、福島を離れて関東に来て、福島があまりに知られていないことが結構ショックで。僕が食べて育ったあの果物とか、遊んだ川とか山とか、名物が本当に知られていなくて、悔しかったですね。だから、復興というものがありつつ、純粋に福島を面白がってほしいし、こんなのあるんだよっていうのを伝えていきたい。「復興イベント」ではあるんですが、それだけではないもう一歩先に福島って面白い良いとこだねっていうのを純粋にポジティブにこのイベントを通じて感じてもらえたらすごくうれしいですね。

――全国たくさんの人が福島を応援してくれています。

みなさんに故郷があって、そこを離れて振り返った時に発見するものってあると思う。それを共有する、僕らはここで福島って面白いですよって発信して受けとってもらいたいですし、きっとあなたにはあなたの故郷があってその面白さを教えてくださいみたいな。エール交換じゃないですけど。そういうのが活発になるといいなって、すごく大きなことでいうと。福島が原発事故で大変になって、そういう思いはどんどん強くなりました。

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