記事

特集・震災から1年「ラジオはその時何を伝えたか」 地震発生時生放送中のアナウンサーに聞く

4/4

今後の備えについて


-震災以降、ラジオが売れているという報道もあります。我々に備えられることは?

上柳:まあ・・・停電になった時に、電池で聴けるのがラジオ、手回しで充電できるラジオもあるんですけれども、それは単なる「機械」であるわけで。日頃から聴くという習慣がなければ、そこでしゃべっている人を信頼できるわけはない。僕は今やっている自分のラジオを1人でも多くの方に聴いて頂ける努力をもっとしなきゃいけないと。

で、おそらくは大変な状況の中に聴取者の方がいて、「今こうなってます」「ここはこうなってます」って伝えてくださると思うんですよ。でもそれはこちらも日頃聴いてくださっている方々を信頼しているわけですから、そうじゃなかったら裏がなかなか取れない状況の中でいろんな情報が来てもどうにもならないですからね。

お互いの信頼関係を作るためにも、信頼の幅を広くするために、日頃の普通のラジオを少しでも多くの方に聴いてもらえる努力をするしかないですよね。災害の時だけラジオってのは全く間違っていると思うので、聴き方も分からなかったりとか、誰が喋ってるのかわからないで信頼できるはずがないですよ。いつものあいつがいつもの時間にやってるってのが大事なんでしょうから、それは僕の番組じゃなくてもいいので、どっかひとつ、馴染みの番組をラジオに作ってください、っていう事ですね。いろいろダイヤルを回していったらお気に入りの番組は1個できるはずですから。

森田:備えって言う意味では上柳アナが言った、寝室が危ないとかという事を常に考えていなければいけないし、震災で思ったのは、釜石の子ども達は、自分達で逃げるという事を徹底的に教育されていたんです。だからご家庭の中でもいいし、災害が起きたら、それぞれがこういう行動を取るんだという事を話しておいて欲しいし、そういう事をラジオでも呼びかけたい。

自分で、どうやって身を守るのかという事を考えなければいけない。子どもを迎えに行ったら、被害に遭ってしまうケースもあるわけで、そうじゃなくて子ども達も自分で逃げるという事を身に付けて欲しい。

首都直下では今回もあったとおり、帰宅困難者が出るわけで、帰っちゃいけない、家族がいるから帰るじゃなくて、帰らないで今いる場所で、何が出来るんだっていう事を考えて欲しい。首都直下で帰るのは非常に危ないです、火災が起きますから。今回は東北だったから歩いて帰れましたけど、首都で起きたら、それが被害になる。いかにその場で出来る事をするか。無事だった人は怪我人を救助することができるかもしれないし、備蓄もあるだろうし。それが震災で分かった事なんじゃないかと思うんですね。

-3月11日はどんな放送をするのでしょうか?

上柳:僕は、13時から15時05分までの「東日本大震災から1年 ラジオはあの日を忘れない」という特番をやらせてもらいます。国立劇場で行われる「東日本大震災一周年追悼式」の中継もお伝えしながら、サンドウィッチマンのお2人が当日気仙沼にいますので、そこからこの1年を振り返ってもらい、今何が必要でどんな意識を持たなければいけないのかを伺います。ゆずのお2人もいろいろと被災地のために活動していて、当日は仙台につないで、お話を伺います。

それから、1年間色々と被災地に足を運ばせてもらって、いろいろと知り合った方がいます。「また来ます」と言ったところがいっぱいあって、毎日番組をやっているとなかなか行けてないんですけれども、これから行ってきます。その方たちの声もお伝えしたいと思います。「すいません、1年間何もしなくて」という後ろめたさを引きずりながら、それでも、やっぱり忘れちゃいけないという事と、次は関東の私たちが体験することだという事をやらせて頂こうと思っております。

森田:この日はほぼ1日中、色々な番組が特別編成になるんですが、僕は朝9時からの「三宅裕司 サンデーヒットパラダイス」で防災の備えなどをお話させてもらいます。17時半からの「マイプレイリスト Love for Japan ~kizashi~スペシャル 明日へ」では、福島県いわき市の「スパリゾートハワイアンズ」で公開収録したものもお届けいたします。

上柳:今、東北放送さんとか、IBC岩手放送さん、ラジオ福島さんとかは、radikoで全国から聴くことが出来ます。ニッポン放送をお聴きいただくのもありがたいですけども、そういった方々の放送も聴いて欲しいですね。

特にラジオ福島の大和田新さん、編成局長なんですが、現役でアナウンサーで喋ってる方で、この方がおそらく現地で一番足を運んで取材されている方なんじゃないかなって。

そういう魂こもった放送をされた方が沢山いるんですよね。さすがに当日はラジオ福島で特番しているので出ていただけませんが、3月4日・5日の土日も全然時間なくて、僕は福島行ったんですが会えない。

震災後3週間目に仙台に行って、取材をしてから月曜日に東北放送さんから「ごごばん!」(上柳アナのレギュラー番組)をやらせてもらって、帰るときにずっと東北道でラジオを聴いていて、福島を夜7時から9時くらいに通った時に、風評被害と放射能の線量の正確さを訴え続けているすごい放送があったんですよ。

福島選出の国会議員を呼んで「ちゃんとやってくれ!」ってガンガンやっている人がいて。それがラジオ福島の大和田さんで、後に、お会いして半日かけて大和田さんが取材したところを回らせて頂いたんですけれども、実に細かく取材をされていて。

取材を拒否される方が多いわけですよ。津波で1件だけ残っちゃった家なんてのは、カメラマンにとっては絶好の映像なんですよ。で、家の人は怒るわけです。何で怒るかっていうと、その家の方はご自分と奥さんは勤め先で生き残っているんだけど、子供3人と、おじいちゃんおばあちゃんを流されてしまって、奥さんは看護師さんで勤めているんだけど、ご自身は仕事辞めて毎日海岸に出て、探しているんですよね。

そして帰ってくるとカメラマンが家の周りに群れている。そこでいつも「帰ってくれ!」ってなる。大和田さんだけは「帰れ!」って罵声浴びせられても、ずっと通って、やがて大和田さんだけには語るようになる。そういう人たちがいっぱいいるんですよね。

そういう人たちの存在を知れば知るほど、「俺何やってんだ」ってなるんですよ。この1年、何度も大和田さんには放送に出ていただいたりとか、しょっちゅうメールをいただいて、福島はこうなっている、福島の女の子たちが、妊娠して大丈夫なんだろうかって子ども達が言い合っている。福島の子と結婚してもらえないかもって子ども達が言っている。とかね、僕はなるべく放送で紹介しているんですが、機会があれば話を聞いてみるといいですよ。

-ありがとうございました

プロフィール

上柳昌彦(うえやなぎ まさひこ)

ニッポン放送アナウンサー。1957年大阪出身。立教大学卒。1981年ニッポン放送入社。
現在は「上柳昌彦 ごごばん!」のパーソナリティを務める
上柳ごごばん日記






森田耕次(もりた こうじ)

ニッポン放送報道部・解説委員。1963年2月 東京都出身。中央大学文学部卒業後、86年エフエム東京にアナウンサーとして入社。91年にニッポン放送に入社し、2009年に報道部長。東日本大震災後の2011年6月より現職。現在、「高嶋ひでたけのあさラジ!」にニュースデスクとして出演中。





関連情報

ニッポン放送ホームページ
・マイプレイリスト Love for Japan~kizashi~スペシャル 3月11日(日)朝6時~25時-Suono Dolce(ニッポン放送インターネットラジオ)

あわせて読みたい

「特集・震災から1年」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    交渉拒む韓国 反撃するしかない?

    MAG2 NEWS

  2. 2

    韓国への防衛協力を即時停止せよ

    和田政宗

  3. 3

    照射問題に前防衛相「怒り示せ」

    佐藤正久

  4. 4

    女芸人 大御所もセクハラはダメ

    たかまつなな

  5. 5

    SPA!に抗議した女子大生は危険

    小林よしのり

  6. 6

    高須氏がローラに理解示す 涙も

    田中龍作

  7. 7

    韓国が協議非公開破り事実捏造も

    城内実

  8. 8

    男、夜遊び、嫉妬 NGTに裏の噂も

    NEWSポストセブン

  9. 9

    堀江氏も敵視 急な電話は非礼か

    キャリコネニュース

  10. 10

    ヒカキン見るな 親の葛藤を痛感

    文春オンライン

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。