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特集・震災から1年「ラジオはその時何を伝えたか」 地震発生時生放送中のアナウンサーに聞く

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ニッポン放送上柳アナウンサー(撮影:野原誠治)
ニッポン放送上柳アナウンサー(撮影:野原誠治) 写真一覧
まずは、この音声を聞いて頂きたい。2011年3月11日14時46分、東京・有楽町のAMラジオ局、ニッポン放送の東日本大震災発生時の生放送の模様だ。


ニッポン放送 東日本大震災発生時の音声(0:40あたりで震災発生)-YouTube

メインパーソナリティは、上柳昌彦氏。同局の看板アナウンサーだ。生放送中に震災発生、その後62時間CMなしの特番体制を取ったラジオ局の裏側と、「災害時にはラジオ」と言われ続けた中で何を報じたのか、上柳アナウンサー、森田耕次報道部長(当時)に話を聴いた。(取材:BLOGOS編集部 田野幸伸)

-生放送中に東日本大震災が発生、有楽町のスタジオは震度5強でした

上柳:今まで、おそらく生放送中に震度4くらいが最高で、まあ・・・とうとうきたなと。最初は直下型なんだろなと思いましたね。当日の放送を聴きなおしてみると、結構早い段階から東北なんだという事がわかってきて、だけど津波の事は想像できなかったですね。

何をしゃべってたかというと、ほとんど無意識でしゃべってますね。あんなに言葉数が出ていたのには自分でもビックリしました。

(災害放送の)研修を受けてきましたし、ちょうど入社した頃が、東海地震の警戒宣言が発令されるんだって発表されて2、3年後だったので、ラジオ局としてには何が出来るのかという事と、静岡もニッポン放送の聴取エリアなので、私たちに何が出来るのかずいぶん色々議論したり研修したりしたので、体の中にはある程度入っていたのかなあと。

ただ、震度5強(東京の揺れ)だから出来たのかなあというのもあります。あれが、6、7になっていた時に、もっと試されるのかなあと思いますね。簡単にね、もう「ラジオ聴いていたら大丈夫ですよ」とは軽々に言えませんよ。

東北放送で震度6強の中で放送した方にも伺ったんですけれども、椅子がどっかに飛んでいったり、マイクが飛んで行きそうになるのを両手で握り締めながら、足を踏ん張って、とにかく放送したと仰っていましたね。

(自分に)出来るかなっていう・・・でもやらなきゃな。という感じですね。

-かなり落ち着いて話していたように聴こえたのですが

上柳:ねえ。みんなそう言ってくれるんだけど、僕が聴くとすごく声がうわずってきているのが分かるんです。途中から。(隣にいた)山瀬まみさんがとにかく叫び声を上げないようにものすごいガマンしているんですよね。それが偉かったですね。あそこで彼女が「キャー」って言っちゃったら、何もかも崩れ去っていくわけで。彼女が口をこう・・・食いしばってガマンしている姿が印象的でしたね。

僕は自分の声がうわずってきているので、それをとにかく抑えるのに懸命だったんですけれども、その時人間の体の反応として、胃にストレスを感じるというんですかね。胃が締め付けられるような、ギューっと握られているような。あの痛みはすごかったですね。何をしゃべったのかとか、あの後なにをしたのかとか、地震から夕方6時までしゃべって、翌朝5時からしゃべっているんですけど、あんまり覚えていなくて。胃の痛みだけ、覚えているんです。

訓練が生きた初動


ニッポン放送報道部
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-当日の報道部の動きを教えてください

森田:地震発生時は上柳アナウンサーの「ごごばん!」という番組の生放送中だったのですが、報道デスクは宮崎という女性で、ニッポン放送の震度計がすぐに反応したので、まずは一報を上柳アナが伝え、その後気象庁の情報をすぐに宮崎デスクがスタジオに持っていって、各地の震度や津波警報などを入れました。僕自身はこの日、早朝出社で、石原東京都知事の出馬会見を本社で聞き、その会見が終わり、引き上げようと地下鉄のホームに降りたところでした。そこからすぐに局に戻り、スタジオに入りました。

EWS信号(緊急警報信号)というものを、放送局から出すという決まりがありまして、この信号を受信すると、自動的にラジオの電源が入るんです。対応ラジオが少ないんですけれども、津波警報が出た時にはこの信号を出すという決まりなので、信号を送出しました。

そこから各地への電話取材、交通機関への取材、都庁・警視庁・官邸にはそれぞれの担当記者が張り付きました。会見は出来るだけ生のノーカットでやると。勤務外で自宅にいた記者は周辺の様子をレポート、被害のあった九段会館などにも行かせました。各アナウンサーも避難場所になった日比谷公園や東京国際フォーラム、液状化の新木場、青海の火災、野球のオープン戦で横浜スタジアムにいたスポーツアナウンサーからのレポートも入れました。報道だけでなく、アナウンサー、ディレクター総動員でした。

-それぞれの社員がすぐ動けたのも、日頃の訓練ですか?

大震災時の緊急対応マニュアル
森田:ニッポン放送では全社員に大震災時の緊急対応マニュアルを配布しており、地震が起きた時、まず何をすべきか書いてあります。東京および周辺で震度5強以上で被害が出た場合、災害特別放送に移行する決まりもあります。特にアナウンサー、報道の人間には災害アナウンスコメント集(通称・赤本)があり、泊まり勤務の時も、肌身離さず持っています。各スタジオにも置いてあります。現在のマニュアルは緊急地震速報が導入された2008年に作られたもので、今回の教訓を盛り込んで、新しいものに作り変えているところです。

生放送スタジオの壁には緊急地震速報の対応が大きく掲げられている
生放送スタジオの壁には緊急地震速報の対応が大きく掲げられている 写真一覧
スタジオには大きなパネルが貼ってあり、タレントさんだろうと、アナウンサーだろうと、緊急地震速報が出たらまずそれを読むという事になっています。震度計も生放送スタジオにあります。

CMなしの災害特別放送が62時間、月曜日の早朝まで。それからレギュラー番組も内容を変更してやりました。車でラジオを聴いている方が多いので、運転中の方への注意喚起、それから首都圏のローカル局という事もあって、帰宅困難者の情報を厚く入れました。

そして今回役に立ったのが「学校安否情報」です。1981年に発足をして、東京・神奈川などの私立、国立大学付属の小中高校672校と連絡網を作っていまして、生徒数41万人が対象になっています。電話で安否を確認して放送するものなのですが、今回は150校くらいから連絡があって、ほとんどが「被害なし」という情報でした。150校、少ないと思われるかも知れませんが、その学校が無事なら近隣の学校も大丈夫なんじゃないか、という安心情報になりました。

ラジオというのは受け手と送り手の距離が近いメディアです。大きな被害情報も必要なんですけれども、それだけではなく身近な安心情報を伝えるというのも、大きな使命だと思っていたので、初めて実際に放送したんですが、上手くいきました。毎年9月1日に模擬放送をやったり、新入社員は安否情報の受付を必ず研修でやってきたことが良かったんだと思います。

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