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「キリシタンの世紀」は世界からどう見られたのか? ——ノンフィクションの旗手、星野博美と広野真嗣が描き出す新たな日本人像

2018年7月、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン」が、世界文化遺産に登録され大きな話題となった。しかし潜伏キリシタンたちのたどってきた歴史については、日本国内でも十分に知られているとは言えない。

『転がる香港に苔は生えない』で大宅壮一ノンフィクション賞を、『コンニャク屋漂流記』で読売文学賞を受賞したノンフィクション作家、星野博美は、『みんな彗星を見ていた――私的キリシタン探訪記』(文春文庫)で、キリシタンの世紀(16世紀のザビエル来日から17世紀の鎖国までのほぼ100年間)を主題としている。

星野は、「リュート」と呼ばれる古楽器への私的な興味をきっかけとして、「キリシタンの世紀」に興味を抱いた。当時はポルトガル系のイエズス会とスペイン系の托鉢修道会が、布教の成果をめぐり激しく争っていた。宣教者たちは「殉教」を名誉とし、それを歴史に残すために、たくさんの記録を残している。

とくに星野が注目するのは、オルファネール、スピノラ、メーラ、モラーレスといった宣教師たちが、日本のキリシタンたちと深い絆で結ばれていたことである。洗礼を受けた信者は、定期的に司祭と会い、告解し、「ゆるしの秘蹟」を受けなければならない。この深い関係性こそが、カトリックの特徴である。いちど布教したからには、信徒を置いて帰るわけにはいかない。だからこそ宣教師たちは命がけで日本に留まり、潜伏した。星野は、現代に残る彼らの手紙を通して、その切実な思いを描き出す。しかし、本書の最後、バスクにたどり着いた星野が発見したのは、現地で宣教者たちの功績がいまなお丁寧に語り継がれているのに比べ、日本ではその歴史すら十分に語られてこなかったという悲しい事実だった。


他方で、広野真嗣は、小学館ノンフィクション大賞を受賞した単行本デビュー作『消された信仰』(小学館)で、潜伏キリシタンたちの「現在」に焦点を当てている。緻密な取材をもとに広野が指摘するのは、いまも続くはずのかくれキリシタンの信仰が世界遺産から巧みに「消されて」いるという、もうひとつの事実である。広野はある日古書店で、潜伏キリシタンたちが残した画集を手にし、そこに描かれたちょんまげ姿の「洗礼者ヨハネ」に衝撃を受けたところから、取材を始める。

東シナ海に浮かぶ長崎県・生月島は、「かくれキリシタン」の信仰が受け継がれている貴重な場所だ。当地は、400年前の布教をもとに、宣教者たちが姿を消したあとも、独自の文化や慣習を作りあげてきた。クリスマスは「お誕生」、イースターは「上がり様」と呼ばれ、生活のなかに根付いている。長い祈りの言葉(オラショ)もまた、口伝により受け継がれてきた。しかし島についての記述は、長崎県のPRパンフレットからひそかに消され、世界遺産の構成要素に選ばれることもなかった。

なぜか。聖書を持たずに継承されてきた信仰は、もはやカトリックの教義に沿ったものではないからである。明治維新後、日本のキリスト教徒にも、あらためて洗礼を受ける「復活」が可能になった。けれども生月島の住民たちは、他の多くの信徒と異なり「継続」を選んだ。正統に戻るのではなく、先祖代々の教えを受け継ぐこと。彼らのその選択は、バチカンの意図とは衝突することになる。広野は本書のなかで、バチカンの正史が記述しなかった聖職者と信徒の対話を発掘し、信徒たちの思いが歴史から消されようとしていることを危惧している。

潜伏キリシタンの歴史は、わたしたちの歴史への視線のありかたを鋭く問い返している。400年前の日本にたどり着いた神父たちは、そして新たな信仰に出会ったキリシタンたちは、いったいなにを思っていたのか。そして彼らの存在はどう語り継がれ、またなぜいまなお「消され」続けているのか。

ふたりのノンフィクション作家は、一方は楽器、他方は絵画との偶然の出会いから出発し、それぞれまったく違ったアプローチで彼らの歴史に直面した。そして、彼らについて日本では十分に語り継がれてこなかったこと、あるいはときに忘れようとすらしてきたことが見えてきた。その「日本人が忘れたかったもうひとつの日本人像」にこそ、日本人について知るためのヒントが隠されているとは言えないだろうか。世界遺産登録により国際的な視線が集まるいまこそ、あらためて、この国におけるキリシタンの歴史を再考すべきときが来ている。

ゲンロンカフェ(東京・五反田)では、10月26日(金)に、星野博美と広野真嗣を招き、公開のトークイベントを開催する。世界遺産登録から4ヶ月、最新の動向を踏まえながら、あらためて「彼ら」と「彼らをめぐる日本人たち」について聞いてみたい。

■星野博美より

日本が西洋と出会い、受容し、最終的には拒絶した、400年前の「キリシタンの世紀」。

ザビエル、イエズス会、天正遣欧使節、高山右近、キリシタン大名、禁教、島原の乱、天草四郎、迫害、処刑、『沈黙』、踏み絵、かくれキリシタン、そして世界遺産……

手垢のついた言葉だけがひとり歩きし、あの時代は一向に全体像を見せてくれない。

あの時代に何が起きていたのか。それは私たちの生きる時代と、どのように関わっているのか。そして日本は、世界からどのように見られていたのか。

「キリシタンの世紀」と現代をつなぐ試みをしたくて書いたのが、『みんな彗星を見ていた――私的キリシタン探訪記』(文春文庫)です。

当日は、長崎、五島、御宿、四ツ谷、ローマ、スペインのバスク地方、ザビエル城、サンティアゴ巡礼路、香港、マカオ、北京、広東省、福建省、チェンナイ、マニラ、パラグアイ……と、時空を超えた世界旅行にお連れします。

『消された信仰』で生月のかくれキリシタンの綿密な取材をされた広野さんと、ノンフィクションにまつわる話をするのも楽しみです。

最後に私事ですが、自分の故郷である五反田のゲンロンカフェでこのような対談をさせていただくことが、何よりの喜び。きっと、五反田が力を貸してくれるでしょう。

■広野真嗣より

今回文庫化される『みんな彗星を見ていた』は、16世紀半ばの「キリシタン時代」を理解する上で、唯一無二の良書です。そう言い切っていい。

フランシスコ・ザビエルの上陸によってもたらされたこの時代、その後、スペイン人、ポルトガル人、イタリア人など多くの宣教師が長崎を中心とした九州西岸にやってきて、宣教の理想に情熱を傾けました。

送り出したヨーロッパの人たちは彼らの情熱を村の「星」と仰ぎ、迎えた日本人は遠方からやってきた救済の「星」と仰いだ。教科書では大航海時代の一場面として通り過ぎてしまいますが、星野さんの探訪記に身を任せると、痛々しくも美しい冒険的な宣教師や信徒たちの“息づかい”が、まるでドキュメンタリー映画を映し出すような解像度で伝わってくるのです。

およそ100年を経て訪れた禁教政策によってキリシタン時代は幕を閉じられます。当時のダイナミズムを記録した多くの痕跡が消えてしまいましたが、全てが消えてしまったわけではありません。ある遺構は地中に残され、ある手紙はマニラを経由してスペインの僻村に――。

星野さんは宣教の聖具の一つだった古楽器(リュート)の奏法と格闘しながら、あるいは殉教の現場に足を運び、さらに殉教者の故郷、イベリア半島にまで足を伸ばしていきます。再現する筆は詩に満ちていて、私たちの心に迫ってきます。

私事ですが、17年前、大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した『転がる香港に苔は生えない』には衝撃を受けたものです。戦争でも事件でも厄災でもなく、身の回りの日常から世界史を語り起こすノンフィクションは「新商品」といえました。

「自分に書くことなんてない」とくだを巻いていた私の目には、まさに“彗星”のように映りました。時を経て、いまだ平板なジャンルに分類されない「星野博美」という独自の領域を広げる星野さんに、直接お話を聞かせていただけるなんて光栄です。ゲンロンカフェの皆さんには感謝しかありませんが、私には聞いてみたいことがいくつもあります。

きっと、ノンフィクションを読むのが100倍楽しくなる対話に違いありません。

イベントは直接観覧できるほか、ニコニコ動画の「ゲンロン完全中継チャンネル」で生放送します(いずれも有料)。生放送は「タイムシフト」機能により、イベントの1週間後まで、さかのぼってご視聴いただけます。

広野真嗣×星野博美
消された信仰を訪ねて――世界遺産登録から問い直す、キリシタンたちの足跡
星野博美『みんな彗星を見ていた』(文春文庫)刊行記念

10月26日(金) 18時開場、19時開演
会場:ゲンロンカフェ(JR・都営浅草線・東急池上線五反田駅西口徒歩3分)
イベント詳細:https://genron-cafe.jp/event/20181026/
チケット予約:https://peatix.com/event/440804/
生放送:http://live.nicovideo.jp/gate/lv315998463

登壇者プロフィール

広野真嗣(ひろの・しんじ)
1975年、東京都生まれ。1998年に慶應義塾大学法学部法律学科卒業。神戸新聞記者を経て2002年に猪瀬直樹事務所にスタッフとして入所。2007年より石原都政、猪瀬都政で東京都専門委員。2015年10月よりフリーランスとして独立。2017年、『消された信仰』で第24回小学館ノンフィクション大賞受賞。

星野博美(ほしの・ひろみ)
ノンフィクション作家、写真家。1966年 東京生まれ。
香港返還前後の2年間を追った『転がる香港に苔は生えない』で第32回大宅壮一ノンフィクション賞受賞(2001年)。ルーツである外房の漁師の足跡を追った『コンニャク屋漂流記』で第2回いける本大賞(2011年)、第63回読売文学賞「紀行・随筆」賞受賞(2012年)。
『みんな彗星を見ていた―私的キリシタン探訪記』では、15~16世紀の「キリシタンの時代」に生きた、ヨーロッパ出身の宣教師と日本のキリシタンの語られなかった真実を追った。
他の著作は『戸越銀座でつかまえて』『島へ免許を取りに行く』『愚か者、中国をゆく』『のりたまと煙突』『銭湯の女神』『今日はヒョウ柄を着る日』など。写真集は『華南体感』『ホンコンフラワー』。読売新聞夕刊、AERA書評欄、岩波書店ホームページで連載中。
生まれ故郷である五反田・戸越銀座への愛着が強く、「ゲンロンβ」での定期連載「世界は五反田から始まった(仮)」を目下準備中。
Twitter account: @h2ropon

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