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【佐藤優の眼光紙背】ロシア大統領選挙後の対露戦略をどう構築するか? 朝日新聞・土佐茂夫記者の不正確な解説記事が国益を毀損する危険を危惧する

佐藤優氏。(撮影:野原誠治)
佐藤優の眼光紙背:第129回

 3月4日に行われたロシア大統領選挙で、プーチン首相が当選した。同日23時(モスクワ時間、日本時間5日4時)にクレムリンに隣接するマネージ広場にメドベージェフ大統領とともに現れたプーチン首相は、勝利宣言を行い、「われわれに対して、誰も何も押しつけることはできない。われわれが勝利したのは、選挙民の大多数のおかげであり、純粋な勝利をおさめた」と述べた。

 プーチンが言う、「誰も何も押しつけることはできない」と言うのは、欧米諸国のNGOの支援を受けたロシア国内の反プーチン運動が効果をあげなかったことを指す。プーチンは、社会院(2005年4月4日付の「ロシア連邦社会院に関する法律」で設置された大衆動員機関。戦前、戦中の日本における大政翼賛会に類似した機関)を最大限に活用し、国民を動員することによって、勝利を手にした。しかし、プーチンに対する支持は消極的性格を帯びている。1990年代、ゴルバチョフ政権末期とエリツィン政権のような経済的、社会的混乱や内戦の勃発を忌避する気運が普通のロシア人に強いので、安定を望んでプーチンが支持されたのである。

 ロシア政府は、全投票所に監視カメラを設置し、モニター体制を整え、不正選挙に対する批判を封じ込めるべく努めた。3月5日、ロシア国営ラジオ「ロシアの声」(旧モスクワ放送)は、国際選挙監視団の評価についてこう報じた。

国際監視団 大統領選挙の投票状況に満足
ロシアでの大統領選挙は国際的基準に則ったものとなった。そのような中間評価が4日夜、中央選挙管理委員会国際情報センターで開かれたブリーフィングで、独立外国監視グループによって発表された。
セルビアからの監視員は、「今日、多くの国がロシアを手本とすることができるだろう。」と強調している。またイタリアの代表者は選挙について、「印象深く、民主的だ」と評価している。
ハンガリーからの監視員は、欧州議会に対する報告書の中で、「欧州議会選挙においてロシアの経験を活用する」ことを提言する意向を明らかにしている。(http://japanese.ruvr.ru/2012_03_05/67533113/)
それでも一部の野党勢力は、不正選挙であると主張し、反プーチンの抗議活動を展開するであろう。しかし、このような異議申し立てが世論に与えるは影響を限定的で、選挙結果の見直しにつながるような事態は生じない。政権側は、デモや抗議集会が、法で許容された範囲内で行われる限り、特に圧力は加えない。そのことによって、ロシアに国際基準での表現の自由が保障されていると誇示することを狙う。

 同時に、プーチン陣営は、反対派の取り込みを図る。その動きが既に始まっていることに3月5日の「ロシアの声」は、こう報じている。

ペスコフ報道官:プーチン氏 反対派との建設的対話準備ある
「ウラジーミル・プーチン首相は、建設的な協力関係を目指す全ての反対派勢力と対話する用意がある。」− ドミトリー・ペスコフ首相報道官が記者らに対して明らかにした。
ペスコフ報道官はプーチン氏の選挙本部で記者らに対してコメントを出し、「プーチン氏は以前同様プラグマティストだ。建設的な作業を目指す勢力とは誰でも対話の用意がある。プーチン氏が反対派との対話を排除したことは一度もない。対話が継続されることは疑問をはさまない。」と述べている。
4日に行われた大統領選挙で、ウラジーミル・プーチン候補は、開票率60%以上の時点で、64.7%の得票となっている。他の候補は、ゲンナジー・ジュガーノフ候補(ロシア共産党)が17%、無所属のミハイル・プロホロフ候補が約7%、ウラジーミル・ジリノフスキ‐候補(ロシア自由民主党)が6.5%、セルゲイ・ミローノフ候補(「公正ロシア」)が3.7%の得票とそれぞれなっている。 (http://japanese.ruvr.ru/2012_03_05/67544863/)
 国民の政治的意識が受動的になっている状況を最大限に活用し、プーチンは翼賛体制の構築を試みる。恐らく、この試みは成功するであろう。その結果、プーチンは外交においても、強力な指導力を発揮することができるようになる。3月1日、プーチンは、若宮啓文「朝日新聞」主筆を含む外国人記者と会見した。そのときに、北方領土問題の解決に意欲を示した。日本側が、1月28日に東京で行われた日露外相会談において、玄葉光一郎外相がロシアのラブロフ外相に述べた、歯舞群島、色丹島、国後島、択捉島からなる北方四島の日本への帰属を確認して平和条約を締結するという、国家としての原則を崩さずに、それ以外の点で大胆な妥協を行う外交戦略を構築することができるならば、北方領土問題が解決し、日露の戦略的提携が実現する。

 そのためには、マスメディアが正確な報道を行う必要がある。特に若宮主筆がプーチン大統領と会見した、「朝日新聞」には、特に正確な報道が求められるが、率直に言って、本件に関する土佐茂夫記者の解説記事には、事実誤認があり、基準に達していない。

歓迎の日本、「2島か4島か」再燃も
 「プーチン首相の発言が領土問題解決の重要性を指摘し、解決に意欲を示したものと期待している」
 藤村修官房長官は2日の記者会見でこう語り、プーチン氏が次期大統領になれば、領土交渉が動き出すことへの期待感を示した。
 外務省幹部も「意欲は歓迎したい」と評価。一方で「発言内容は、従来のロシアの立場から大きく踏み出していない」と指摘した。横井裕外務報道官は2日の会見で「北方四島の日本への帰属が確認されれば、柔軟に対応するという我が国の立場に変更はない」と述べ、四島返還の確約を求める基本的な姿勢を強調した。
 日本側には「二島か四島か」で混乱した苦い経験がある。自民党の鈴木宗男衆院議員(当時)が、外務省の一部と連携して「二島先行返還」を模索。森政権時代の2001年、イルクーツクで日本側が2島ずつの「同時並行協議」を提案した。だが国論は割れ、小泉政権は「並行協議」を撤回。当時の田中真紀子外相は路線修正のため、人事の混乱を引き起こした。
 その間、ロシアはエネルギー価格の高騰を背景に国力を増し、「経済支援と引き換えに島の返還を要求しても効果はない」(政府関係者)状況に。10年にはメドベージェフ大統領が国後島を初訪問。当時の菅直人首相が「許し難い暴挙」と批判し、関係も悪化した。
 こうしたなかでのプーチン氏の発言に、政府内には「日ロ関係をリセットしたいと考えるなら、話し合いに応じなければいけない」(外務省幹部)との受け止めも広がる。ただ具体的な交渉になれば、路線対立が再燃する可能性もある。
 「二島先行」論の東郷和彦・元外務省欧州局長は「千載一遇のチャンスだ。『引き分け』合意は2島プラスアルファを意味する最大のシグナルだ」と語る。現在、新党大地・真民主代表を務める鈴木氏も「野田政権はイルクーツク声明の精神に立ち返るべきだ。そうすれば領土問題は一気に動く」と指摘した。
 ただ、内閣支持率が低下し、消費増税の行方も見えないなかで、野田政権がリスクを伴う領土問題に手を広げることへの懸念も出ている。政府関係者は「野田政権にそんな体力はない。ロシアの甘いシグナルに軽々しく応じるのではなく、国力や政権基盤を強める方が先だ」と漏らした。(土佐茂生)(3月3日、朝日新聞デジタル)
 土佐記者は、<森政権時代の2001年、イルクーツクで日本側が2島ずつの「同時並行協議」を提案した。だが国論は割れ、小泉政権は「並行協議」を撤回。当時の田中真紀子外相は路線修正のため、人事の混乱を引き起こした。>と記すが、小泉政権が「並行協議」を撤回したのは、田中真紀子外相が更迭され、川口順子外相になってからのことだ。事実誤認であるので、国民の真実を知る権利の観点から、朝日新聞はこの箇所を訂正すべきだ。

 <自民党の鈴木宗男衆院議員(当時)が、外務省の一部と連携して「二島先行返還」を模索>というのは、土佐氏の解釈なのであろうが、その根拠はどこにあるのだろうか? 当時、北方領土交渉に深く関与していた筆者の認識では、議論は「二島先行返還」が俎上に上るような状況には至っていなかった。そもそも土佐記者は、「二島先行返還」という場合、そこで締結されるのが平和条約か、そこに至る前の中間条約であるかについての区別がついているのであろうか。筆者はこの記事に関して、東郷和彦氏と話したが、東郷氏は「二島先行」論者であるという自己認識は持っていない。この点に関しても土佐記者には東郷氏が「二島先行」論を唱えたという事実を挙証する責任がある。

 領土交渉でもっとも重要なのは世論だ。世論はマスメディアによって作られる。過去の経緯について不勉強な記者が、「二島対四島」という実態から掛け離れた図式化を行うことがナショナリズムを煽り立て、結果として、北方領土交渉を袋小路に追い込むことになる。土佐記者には、北方領土交渉に密着取材した「朝日新聞」の先輩記者が書いた佐藤和雄/駒木明義『検証 日露首脳交渉―冷戦後の模索』(岩波書店、2003年)を熟読することを勧める。ちなみに同書は、筆者が、東京拘置所に収監中に書かれたため、筆者に対して好意的でない匿名の外務省幹部を主たる情報源にしている(それが誰であるかは、もちろん筆者にはよくわかる)。筆者からすれば、異論、反論があるが、それにもかかわらず、当時の北方領土交渉を大筋を正確に伝えた名著である。(2012年3月5日脱稿)

プロフィール

佐藤優(さとう まさる)
1960年生まれ。作家。1985年に外務省に入省後、在ロシア日本大使館勤務などを経て、1998年、国際情報局分析第一課主任分析官に就任。 2002年、鈴木宗男衆議院議員を巡る事件に絡む背任容疑で逮捕・起訴。捜査の過程や拘留中の模様を記録した著書「国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて」(新潮社、第59回毎日出版文化賞特別賞受賞)、「獄中記」(岩波書店)が話題を呼んだ。
2009年、懲役2年6ヶ月・執行猶予4年の有罪判決が確定し外務省を失職。現在は作家として、日本の政治・外交問題について講演・著作活動を通じ、幅広く提言を行っている。近著に「予兆とインテリジェンス」(扶桑社)がある。

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