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『ヴァンサンへの手紙』――フランスと日本、ろう文化の現在地 - レティシア・カートン監督×木村晴美

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2018年10月13日よりアップリンク渋谷で公開がはじまった映画『ヴァンサンへの手紙』。130年間にわたる手話の禁止が解かれてまもなく8年。フランスのろう者たちの姿を撮影した本作はモントリオール国際映画祭ほか世界各国の映画祭で上映され、ろう者たちの強い共感と圧倒的な支持を得た。

ろう文化の現在地について、レティシア・カートン監督と国立障害者リハビリテーションセンター学院手話通訳学科教官、NHK手話ニュース845キャスターの木村晴美氏に語ってもらった。(聞き手 / 牧原依里、文 / 大久保渉)

《作品紹介》

友人のヴァンサンが突然に命を絶った。彼の不在を埋めるかのように、レティシア監督はろうコミュニティでカメラを回しはじめる。美しく豊かな手話と、優しく力強いろう文化。それは彼が教えてくれた、もう一つの世界。共に手話を生き、喜びや痛みをわかちあう中で、レティシア監督はろう者たちの内面に、ヴァンサンが抱えていたのと同じ、複雑な感情が閉じ込められているのを見出す。

「ろう者の存在を知らせたい」というヴァンサンの遺志を継ぎ、レティシア監督が完成させた本作は、ろう者の立場に徹底して寄り添いながら、時に優しく、時に鋭く、静かに、鮮やかに、この世界のありようを映し出す。

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かけがえのない友のための映画

――木村さんは市田泰弘さんと共に1995年に「ろう文化宣言」(※1)を発表し、「手話は言語」であり「ろう者にはろう文化がある」ことを日本社会に知らしめました。そうした経歴をお持ちの木村さんから見て、本作はいかがでしたか?

木村 ろう者の内面をとてもよく映していると思いました。自分の過去と重ね合わせましたよね。どのエピソードも共感しながら拝見しました。そしてこの映画を聴者である監督が撮影・編集してつくった。その眼差しが非常に斬新だと思いました。

レティシア 実は、私は映画の撮影中は、聴者がろう者の共同体を観察するというよりは、そうした違いを忘れて、ただ親しい友人と一緒にいる感覚でカメラを回していました。もともと映画の製作のために知らない世界に入っていったわけではなくて、ヴァンサンと友人になって、ろう者たちと親しんでいくうちに、「彼らのことを社会に知らせたい」と。そう思ってこの映画をつくることにしたんです。映画を完成させるまでの10年間、ろう者たちと親しい関係はずっと続いていました。

木村 レティシア監督はフランス手話を流暢に使い、ろう者の生活や習慣を全部受け止める姿勢があります。だから、ろう者の皆さんが監督をあれほど歓迎していたんだと思います。

レティシア ろう者を記録したドキュメンタリー映画に『音のない世界で』(1995年/フランス)という作品があります。私はあの作品が好きですが、あちらは聴者目線でろう者の共同体を撮影しています。うまくいかないことや失敗した様子など、ろう者を被害者として捉えているところがあります。

だけど私の映画は、ろう者の喜びや葛藤を彼らと共に感じながら、ろう者の共同体を内側から撮影しています。本作を見たろう者たちから「自分たちが伝えたいことがこの映画には映っている」という嬉しい感想を頂けるのは、そうした違いがあるからかもしれません。


根強く残る「口話>手話」

――本作をどんな人たちに見てもらいたいか、木村さんはどう思いますか?

木村 ろう教育に携わる専門の先生たちには是非見てもらいたいですよね。今は昔と違って、手話が使えるろう学校が増えています。ただ、いざその手話教育の中身を見てみると、「声を付けながら手話をしなさい」「日本語を獲得するために声も出しなさい」という、結局は口話(音声日本語)を重視する指導が未だに根強く残っています。それでも対外的には「うちの学校では手話を教えています」と言う教師たちが多くいます。まだまだ手話教育が浸透していない現状が日本にはあります。

また、ろう者の教員の採用は以前よりだいぶ増えましたが、たとえば幼稚部に手話で子どもたちとやりとりができる先生が配属されたとします。そうすると聴者の校長先生が「その状況はよくない」と言って、その先生を中学部に異動させます。それで幼稚部には口話をする聞こえない先生を配属します。そうしたトラブルがこの間埼玉のろう学校でありましたよね。

――手話を言語とするろう者のアイデンティティの戦いは、今も社会の中でずっと続いています。大学でろう教育の免許状をとる際に学生がこの映画を必ず見るというカリキュラムが組まれたらいいのですが。ちなみに、フランスでこの映画が教材として扱われたことはありましたか?

レティシア 少しだけ。ただそれはあくまでろう教育に関心の強い先生個人によるイニシアチブで、国として授業に取り入れられるという動きは残念ながらありませんでした。私の方でも国民議会で上映会を催す試みをしてみたんですけど、対象となる全議員のうち来てくれたのは僅か三人だけでした。彼らは非常に忙しいですから、端的に言えば、移民や環境汚染の問題に比べてろう者の問題については興味を持たなかったんだと思います。ろう者がデモ行進を行ってもマスコミは誰一人記者会見に来ませんでしたから。こうなることはだいたい分かっていました。

木村 日本と比べて、フランスは社会福祉が進んでいるイメージがあったので、それは少し意外でした。日本の場合は、社会福祉自体はそれほど進んでいませんが、ろう者に関してはそれなりの支援が行われています。

レティシア フランスはハンディキャップを持った人に対する給付金制度のようなものはありますが、たとえばろう児のためのバイリンガル校設立のための資金的援助などはまだ成されていません。日々の暮らしのための助けはあっても、ろう者が学校に通って、そのあと学業を続けたり、仕事に就いたり、社会の中で暮らす、人間として成熟するための助けというものは足りていない現状があります。そこは大きな問題だと思います。


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