
第二次ベビーブーム期に合わせて大量に採用された教員が、現在大量退職を迎えている。これまで学校を支えてきた世代がごっそりと抜けることにより、多くの問題が噴出している。
問題の一因には、教師を取り巻く環境が大きく変化したにもかかわらず、教育現場が旧態依然であることにある。明治大学文学部教授で「悩める教師を支える会」の会長を務める諸富祥彦さんはこう語る。
「親の年代が上がっているなかで20代の新卒教師が担任をするのがそもそも無理なんです。40代の保護者から見て20代は子供にしか見えず、至らないところがあれば文句を言いたくなる。でも学校は人手不足で若手を担任にするしかない。なり手がないなか、現場に飛び込む若い教師が気の毒です」
かつて教師は地域の名士であり、尊敬に値する相談相手だった。ところが現在は親の高学歴化が進んだうえ、教育や進路の情報をネットで簡単に入手できるようになり、教師にしかわからないことが減ってきているのだ。
一方で教育にかかる手間は格段に増えた。教育雑誌『お・は』の編集人で、小学校を定年退職後、非常勤で教師を続ける岡崎勝さんは近年の教師の苦労をこう述べる。
「今の教育現場では勉強だけでなく、生徒の個性に合わせた“オーダーメードの指導”を求められます。例えば子供が上履きにいたずらをされたら、親が『うちの子の靴箱には鍵をかけてくれ』と注文をつける。宿題ひとつとっても、昔は疑いもなく教師に従ったのに、現在は『もっと多くしろ』『いや、少なくして』と喧しい。これでは、対応力が身についていない若い教師ほど参ってしまいます」
人手不足の教師の「労働」はますます増えるが「対価」は極めて少ない。日本の公立学校の教師は世界でも稀な長時間労働だが、残業代は支払われない。1972年に施行された「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」(給特法)で、教員の月給に4%の教職調整額を上乗せする代わりに、残業代を出さないと決めたからだ。教育研究家の妹尾昌俊さんはこう語る。
「当時の平均的な教師の残業は週に2時間弱との調査結果がありますが、今や毎日3~4時間残業する人も多いのが実態です。最近は給特法の見直しが唱えられますが、労働基準法で定められた残業代を適用すると年間9000憶円もの莫大な負担増との試算もあり、どう見直されるかは不透明です」
滋賀県の大津市教育委員会は市立小中学校の電話を夜間は自動対応にしたり、北海道教育委員会は出席簿や通知表を管理するシステムを導入するなど、全国各地で教師の「働き方改革」が進み、時短に貢献しているとの報告もある。
だが諸富教授は、「本当に教師の負担を軽減するために必要なのは、周囲の意識改革です」と指摘する。
「そもそも今の時代にあえて教師を志すのは純粋でまっすぐな若者が多く、コミュニケーションや力量に難はあっても、長い目で見守れば伸びるはずです。しかし、若い教師に親が圧力をかけすぎると授業が遅れてクラスが荒れ、結局は子供の学力低下につながります。本来なら若手をサポートする役割のベテラン教師が次々といなくなる今、親や周囲は若い教師を育てるつもりで応援してほしい。親も教師もお互いにある程度がまんを重ねて、大人になるしかないんです」
『熱中時代』の北野広大先生(水谷豊)も、『3年B組金八先生』の坂本金八先生(武田鉄矢)も定年になり、教師の尊厳が失われた時代。教育に求められるのは「忍耐力」かもしれない。
※女性セブン2018年10月25日号