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入社した時点で人生が決まる定年雇用という社会の仕組みそのものが間違っていると思った -「賢人論。」第72回佐山展生氏(前編)

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インテグラル代表取締役パートナーの佐山展生氏は、日本にプライベート・エクイティ(PE=未公開株)・ファンドを根づかせた立役者のひとり。事業の立て直しや事業継承を目指す企業に出資して企業価値を高めたのち、買収価格よりも高く売却することから、以前「ハゲタカ」という代名詞で呼ばれるもあったPEファンド。しかし佐山氏らが目指すのは、投資先企業の経営者、従業員の意思を尊重した“日本型”PEファンドで、ハートのある信頼関係を構築し、みんなで「良い会社」を作ることを目指しているという。2015年1月、民事再生法の適用を申請したスカイマークの再建事業はその代表例だ。そんな佐山氏の目に映る、ここ数十年の時代の変化について語ってもらった。

取材・文/ボブ内藤 撮影/公家勇人

サラリーマン・オブ・ザ・イヤーなどといったものがあれば、私は毎年ノミネートされていたでしょうね

みんなの介護 佐山さんが帝人に就職して社会人になったのは、1976年。当時と今とでは、社会のあり方がまったく違っていたと思うのですが、いかがでしょう?

佐山 いろいろな面で、別世界でしたね。就職について言えば、当時は新卒で入社した会社を定年まで勤めあげるというのが常識で、誰もそのことを疑いませんでした。私は今年で65歳になりますが、帝人の同期の中で、今も現役で働いている人は1人もいません。

とはいえ私自身、30歳になるまではみんなと同じ会社人生を歩むものだと固く信じていました。もし、サラリーマン・オブ・ザ・イヤーというものがあったとすれば、私は毎年ノミネートされてもおかしくないような状態でしたから。

私がそうなったのは、中学・高校・大学と野球部に所属していたことも大きいと思います。サッカー選手と違って野球選手というのは、言われたことをきっちりやるのが基本です。ベンチからヒットエンドランのサインが出ているのに、ピッチャーの球が気に入らないからといって自分の判断でバットを振らないなんて、あり得ない。

高3の夏の甲子園大会、京都府予選もベスト8に進出するなど、そういう野球というスポーツをひと筋にやってきたので、上からの命令に疑問を持たず、ただひたすらに突っ走ることが骨の髄まで身についていたのです。

みんなの介護 まさに大企業で働くには、うってつけの人材ですね。

佐山 その通り。エンジニアとしてポリエステル重合の部署に配属され、ヘルメットと作業服姿で工場の3交代勤務にも3年間従事していました。その後、工場の増設や自動化、それから新品種のポリマー開発など、仕事は面白かったですね。

そんな私が30歳になって、初めて疑問を持った。このままずっと働いて、本当に悔いのない人生になるんだろうかと。サラリーマンとして一生懸命に働いた先のベストケースは、社長になることでしょう。ところが、会社の中でつねに1人しかいない社長になれるとは限らない。

会社の中で自分がどれだけ頑張って実績を残したとしても、必ずしも出世し続けられる保障はないわけです。取締役や社長、常務にならなかったとき、「これだけ実績をあげたのに、どうしてですか」と文句を言っても仕方がないのが大企業だとわかった。そしてそれに気がついて初めて、自分は大企業には向いていないということを理解したのです。

当時、興味本位で面接を受けたんです。その帰り道にはもう転職しようと決めていましたね

みんなの介護 しかし、当時はまだ終身雇用が当たり前の時代だったでしょうから、転職という選択肢はなかったのではないですか?

佐山 ええ、そうですね。私は学校を卒業してどこかに入社した時点でその人の人生が決まるという社会の仕組みそのものがおかしい、間違っていると思っていました。しかし、当時は転職市場もなく、自分の力で生きていくためには資格をとらなければいけないと、LEC(東京リーガルマインド)の司法試験の通信教育に申し込んで民法などの勉強を始めました。

今ふり返ってみても、あんなに勉強したのはあのときが初めてです。私が勤務していたのは愛媛県の松山工場でしたが、工場前の社宅から職場へ行き来する間やお昼のお弁当を食べる時間など寸暇を惜しんで、カセットテープを聞いて必死で勉強しました。

初めて司法試験の択一の願書を出したのが、33歳の春です。ちょうどそのとき、昼休みに隣の人の机の上に日経新聞が置いてあって、「三井銀行 中途募集 35歳以下の国際業務・証券業務経験者」という文字が目に入ってきて、興味をもったんです。

みんなの介護 でも、金融業界で働いた経験なんてなかったのではないですか?

佐山 だからこそ興味を惹かれたんでしょうね。自分とはまったく別世界で生きている人が、エンジニアの私をどう思うのかなと。ですから、松山空港から飛行機に乗って東京本社の面接を受けに行ったのは完全な興味本位でした。その時点で「受かりたい」とか、「条件が良かったら転職しよう」という考えもまったくありませんでした。

面接で当時、日本ではまだ始まったばかりのM&A事業を行うという事業開発部長がこんな風に説明してくれました。

「M&Aとは、2つの会社を合併したり、他の会社を買収することをいいます。M&Aを成立させる過程では、当事者の売り手・買い手企業だけでなく、弁護士や会計士など、さまざまな人が関わります。M&Aアドバイザーは、そうした人たちの意見を1つにまとめるオーケストラの指揮者のような存在です」と。

M&Aって面白そうやなと、直感的に思いました。帰りの飛行機の中で銀行に行こうと決めて、家に帰って「銀行に転職するわ」と告げました。

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