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ここが違う日本と中国(15)―地方自治と中央集権

  最近のテレビでは、米軍基地移転問題や東日本大震災の復興とがれき処理問題で政府首脳(総理大臣と担当閣僚)が各関係方面に頭を下げるシーンが連日のように映し出されている。

  その各関係方面のなかには、いうまでもなく都道府県と市町村など地方公共団体(自治体)の首長が含まれる。

  その場面から「なぜだろう」と思わせるような不可解なことが少なくない。例えば、いずれも日本の安全保障、国民の生命財産に直結するほど極めて重要な事案なのに、なぜお互いに協力し合えないのか。日本の中央政府と総理大臣はどうしてこんな弱い存在になってしまったのか。中央政府と対抗できる地方自治体の力はどこに源泉があるのか。

  これらを正しく理解、説明するには、政治学の知識が欠かせない。筆者 はこの分野の素養がほとんどないので、ここでは正解を示すよりも、中国との比較を少ししてみたいと思う。

  ずばり結論から言おう。中国では中央政府が地方政府に頭を下げることは全くあり得ない。

  中国の地方行政は4層に分かれ、(1)省・自治区・直轄市、(2)市、(3)県・県級市、(4)郷・鎮がある。いずれも地方政府と呼ばれ、日本のように「地方公共団体」「地方自治体」といった名称を使わない。「○○自治区」という第一級地方行政もあるが、少数民族が比較的集中的に居住している地域で、そのトップである共産党委員会書記はすべて漢民族出身の人が担っている。少数民族出身の人がナンバーツー以下の任にあたる。

  現在、チベット自治区の書記は陳全国、政府主席は白瑪赤林(チベット族)、新疆ウイグル自治区の書記は張春賢、政府主席は努爾•白克力(ウイグル族)、内モンゴル自治区の書記は胡春華、政府主席は巴特爾(モンゴル族)、寧夏回族自治区の書記は張毅、政府主席は王正偉(回族)、広西チワン族自治区の書記は郭声〓1、政府主席は馬〓2(チワン族)になっている。書記はトップ、主席はナンバーツーなので、「自治区」と言いながらも、事実上、漢民族が支配していると考えても差し支えない。(〓1は王に昆。〓2は風に炎)

  そして中央政府と地方政府は日本のような対等の立場ではなくて、支配と従属の関係にある。5つの自治区も、中央政府に従わなければならない。自治区の書記は共産党中央委員会が任命するものだから、本質的にほかの省・直轄市となんの変わりもない。

  支配と従属の関係にあるため、中央政府が地方政府に対して「依頼する」「お願いする」必要はまったくない。逆に、地方政府が中央政府に懸命に頭を下げなければならない。共産党総書記や首相はもちろんだが、中央の大臣級ないし局長クラスの幹部でも地方行脚する場合、その地域の政府は何から何まで至れり尽くせりの歓迎ぶりで、豪華な接待を行うのだ。

  中国では「官大一級圧死人」という諺がある。官僚の間では階級が一つでも上になると、下の者にとっては絶対的だ、という意味である。政界では上下関係は非常に厳しく、権力の大小強弱は階級差によって峻別される。これはいうまでもなく、行政の長を含め政府と共産党の幹部は任命制であって選挙ではないことに由来する。

  こんな中国で生まれ育った筆者は正直言って、中央の首相や大臣が地方政府の首長に頭を下げることに対して、長年日本で暮らしてきたとはいえ、少々違和感を覚えずにはいられない時もある。いくら地方自治といっても、問題解決のためにわざわざやってきた中央政府の者の前で何でもかんでも対等だ、平等だというような振る舞いをせずに、温かい気持ちを示すことは些かもやり過ぎではないような気がする。もちろん、意見が対立し、解決の糸口がなかなか見つからないような時に中央政府の関係者が地域を訪問する場合が多い。怒っている自治体の首長に対して「少し優しく接してあげよう」と求めること自体が酷であるかもしれない。

  自治体の首長はすべて選挙で選ばれた者だから、選挙民および地域住民の利益を最大限に守る義務があって、中央政府に対してぺこぺこする必要はない。これは中国の官僚制と最も大きな違いの一つといえよう。自治になっているかどうか、首長の選び方がその本質を決める。

  地方分権の流れは今、先進国の中でますます顕著になっている。日本でも中央集権のあり方が問われ、地方分権の推進が行われている。その底流には、「中央集権が悪い」「地方分権が素晴らしい」といった価値観や認識があるのではないかと思われる。

  一方の中国は中央集権か、それとも地方分権か、その見分けは意外と難しい。というのは、集権か分権か、政治、軍事、外交、経済、貿易、社会政策など、多分野に絡んでいることだけに、それぞれ分けてみないとよく分からない。

  中国は昔から中央集権の国といったイメージがずいぶんと強い。封建時代の諸侯割拠や、郡県制などはさておいて、共産党が全国政権を握ってから状況はどうだといえば、計画経済時代と市場経済時代とに分けて見る必要があるだろう。前者では、政治、経済、外交、軍事などほとんどすべての分野において徹底的な中央集権体制が敷かれていた。しかし、1980年代以降の改革開放、特に市場経済体制への移行にともない、中央と地方の権力構造にも微妙な変化が起きている。

  現在の中国は、政治、軍事、外交といった分野において中央集権国である。政治では選挙がなく、上級政府からの任命で各下級政府の首長を決めるわけだから、最も典型的かつ強力な中央集権といえる。

  一方、経済、貿易、社会政策などとなると、中国はむしろ地方分権の要素が非常に強い。経済では徹底的な自己責任を貫いて、儲かっても損してもすべて自分のこととなる。地方政府は中央政府の基本方針を大きく曲げないかぎり、独自の経済政策を自由に打ち出してよい。また、自由主義原理の下で地方の経済運営を行えばよい。

  しかし、中国は社会主義の政治体制を維持している以上、地方分権は共産党一党支配の弱体化につながりかねないという点も見逃してはならない。

  地方分権か、それとも中央集権か、日本と中国の状況だけ見ても、決して「悪い」や「素晴らしい」といった単純な判断で済ませる問題ではなく、どれも一長一短があることがわかる。

  日本を深刻に悩ましている米軍基地移転の問題および東日本大震災の復興とがれき処理の問題はなぜ進まないのか、筆者に言わせてみれば、地方分権の行き過ぎと中央集権の弱体化が元凶である。

  国の安全保障や大規模な自然災害への対応などはいずれも国・中央政府の強力なリーダーシップが要求され、地方自治体に任せっぱなしではいけないことである。しかし、今の日本は中央政府がリーダーシップを発揮できる状態ではない。中央政府にはそれなりの権限もなければ、財源もない。これは決して民主党政権が軟弱だというレベルの問題ではなく、どの政党が政権の座に就いても、基本的に変わらない。

  日本は戦後何十年間、米軍基地を沖縄県に置いてきた。もし沖縄県の負担が限界に来ていることに共通認識を持っており、また、日米安保体制を引き続き維持するというのであれば、米軍基地を県外へ移転することは至極当然の理ではないだろうか。この場合、最も重要な課題はどの地域が新たな受け皿になるかである。しかし、これまでの経緯を見ると、打診しても拒否されるばかり。極めて理解しがたいことである。

  米軍基地が嫌なんだという国民的ムードのなかでは、いくら好条件を示しても、受け入れを躊躇するのが火を見るよりも明らかだ。選択肢が複数あれば、自分にとって最も都合のよいほうを選ぶ、ということになる。

  では、どうすればいいのか。受け入れるところがないようだったら、中央政府主導で、基地を置く条件の整っている都道府県をリストアップして、抽選で決めればよい。10年ごとや20年ごとに順繰りにまわしていく。日本人は抽選で決めることが大好きだから、抽選であたったら誰も文句ないだろう。

  冗談めいた話はやめとこう。今の中央政府はこんなことすらできないなんて誠に情けない。

  そして東日本大震災後の対応においても、苛立ちや無力感を感じる人は少なくない。復興に必要な財源が確保できないこと、がれき処理に地方自治体から協力を得られないことは象徴的である。すべてが日本の中央集権の脆さを完全に露呈させているわけだと批判されても仕方ない。

  東日本大震災で発生した岩手、宮城両県のがれきの一部を全国で受け入れる政府の方針に対し、29道県が「具体的に検討している自治体がない」と「朝日新聞」の調査に回答した。知事が前向きな姿勢を表明しているのは9都府県にとどまる。震災1年が近づいてもがれき処理への理解は進んでおらず、 2014年3月末までの処理完了の政府目標が遅れる可能性がある(「朝日新聞」2012年2月24日付)。

  震災復興の第一歩はがれき処理だ。処理が遅れれば街づくりも遅れ、住民の日常生活回復に多大な支障をもたらす。

  続いて2月26日、汚染土壌の中間貯蔵施設を巡る双葉郡8町村長と国との意見交換会は3町長の突然の欠席によって中止となった。欠席に対して、ほかの町長らは「双葉郡全体の大事な話し合いだったのだから、欠席というのはわがまま」「こういうことは異例で記憶にない」と不快感を露わにした(「毎日新聞」2012年2月27日付)。

  「国への不信感」は欠席の理由として釈明されたが、こんな大事な時期だけに、地方自治体と中央政府との間でなかなか歩調を合わせられない事態も日本の民主主義にとって危機的な状況ではないだろうか。

  中国もさる2008年に四川大地震を経験したばかり。地震発生直後の対応および震災復興はさまざまな問題を抱えているとはいえ、日本よりはるかスピーディな進行は何より強力な中央集権のメリットを表している。

  救済物資の調達、仮設住宅に必要な土地の供給、復興事業に欠かせない資金確保、地域の再建計画など、いずれも中央政府が強いリーダーシップを発揮してはじめてできることである。なかで特に印象深いのが、他の省・自治区・直轄市は中央政府指定の被災地に対して責任をもって経済支援を行うということだ。この特別措置のお陰で被災地はそれぞれ迅速かつ莫大な資金援助を受けていち早く復興に向けることができた。

  中国政府は極めて強い権限を持つばかりでなく、誰もが羨むほど豊かな財源を握っている。大震災やリーマンショックへの対応において日本と比べ歴然たる差が出たのは、まさに強力な中央集権があるからだ。(執筆者:王文亮 金城学院大学教授  編集担当:サーチナ・メディア事業部)

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