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都合の悪い歴史を抹消していた日本共産党

 先月16日付けの記事「日本共産党の加害責任」を書いていて、現在の共産党は過去の党史をどうとらえているのか確認しておこうと思い、党の公式サイトで「党紹介」の中の「あゆみ」というページを見て、愕然とした。
95年のあゆみ

1922年 ・党の創立(7月15日)
当時、日本が起こした侵略戦争に政党として唯一反対をつらぬきました。治安維持法で大弾圧を受け、少なくない党員が命を落としました。

1946年 ・戦後最初の総選挙で5議席、49年総選挙では35議席に躍進

1950年代 ・「自主独立」を確立、武力革命おしつけを拒否
旧ソ連、スターリンが日本に武力革命方針を押しつけ、党が分裂。他国から干渉を受けない「自主独立」の立場を確立し、武力革命路線も明確に否定しました。

1961年 ・党綱領を決定
「資本主義の枠内での民主主義革命」「議会と通じての改革」「統一戦線の政府」などを綱領で決定。一致できる要求で他の政党と協力する政治姿勢を明確にしました。

1960~70年代 ・野党第2党に躍進、革新自治体ひろげる
大企業中心、アメリカいいなりの自民党政治に対決し、社会党(当時)と統一戦線をくみ、革新自治体をひろげました。

〔以下略〕
 戦前期の活動についてほとんど何も語られていない。非合法政党であったことにすら触れていない。
 1950年代に、分裂した側の一方が、実際に武装闘争に及んだことにも触れていない。

 私の記憶が正しければ、数年前の共産党のこの種のページには、もっと詳細な記述があったはずだ。
 少なくとも、1935年に最後の中央委員が検挙され、党の活動が停止したことには触れていた。
 また、50年代に実際に武装闘争があったことにも触れていたように思う。

 この「あゆみ」では、「党が分裂」とは書いているが、その後統一したことは書いていない。これではまるで、分裂した一方の側のみで現在の党が成立したかのようだ。
 50年代に「他国から干渉を受けない「自主独立」の立場を確立」したとあるが、一般に「自主独立」を確立したとされるのは、ソ連とも中国とも関係が悪化した1960年代のことではないか(詳しくは別の機会に述べたい)。
 「武力革命路線も明確に否定しました」ともあるが、1958年に開かれた第7回党大会で宮本顕治は
「どういう手段で革命が達成できるかは、最後的には敵の出方によって決まることであるから、一方的にみずからの手をしばるべきではない」
という、いわゆる「敵の出方論」を主張しており、「平和革命必然論」を「修正主義的な誤り」として否定していることは以前の記事で述べたとおりで、武力革命路線を「明確に否定」などしていない。

 こんな政党が、機関紙で

歴史反省しない政治は許せぬ

と述べたり、

常に歴史を直視し、絶えず学び直す姿勢が必要

と歴史学者の発言を報じたところで、何の説得力があるだろうか。

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