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ネットいじめと正義依存症 Hagex氏刺殺事件はなぜ起きたか

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◆「治療が必要な人」だという認識があったら…

中川:「はてな」のヘビーユーザーだった「低能先生」と言われた男による著名ブロガー・Hagex氏の刺殺事件です。犯人は、「はてな」で「死ね」だの「低能」だのと書き続け、通報されて凍結されても新たにIDを作るという行為を長期間にわたって繰り返していたんですね。そのIDの数は数百に及ぶ。これも何らかの病気かもしれない。もし彼が何らかの病名がついていたら、はてなのユーザーや周りの人はもうちょっと彼に優しくしたかもしれないと思うんです。アルコール依存症とか、パチンコ依存症とか、何でもいいんですけど病名があるじゃないですか、それ的な病名です。

:「低能先生」というのは周りの人がつけたあだ名なんですよね?

中川:はい、そうです。

:本人も自分がそう呼ばれていることは知っていたんですか?

中川:知っていたんですよ。彼は無職で引きこもりの42歳だったのですが、事件が報じられて以後、西村博之さん(2ちゃんねるの開設者)が言うところのいわゆる「無敵の人」という、“失うものがない”カテゴリーに入る人物だと分析されました。そんな中、徳力基彦さん(アジャイルメディア・ネットワーク取締役CMOブロガー)というネット事情に詳しい識者が、「低能先生は決して“無敵の人”ではなかった」という論をフェイスブックで述べたんですね。

 何でかって言うと、低能先生自体もはてなにおける著名人になっちゃったっていう話なんです。本来は、Hagex氏や「今日も得る物なしZ」の著者など、はてな著名人を叩く無名の存在だったのに、やり過ぎたせいで、自分が著名人になってはてな民から一斉攻撃を受ける立場になってしまった。ゆえに彼はもはや無敵の人ではないという説です。最初はこの説にすごくびっくりしたけど、すぐ腑に落ちたんですよね。

:Hagexさんは、自分が生命の危険にさらされるほど恨まれていることに気づいていたんですか?

中川:多分分かってなかったと思います。たまたまHagex氏が福岡に行く予定があり、それに合わせてセミナーも行ったところ、事件が起きた。

:これから精神鑑定が行なわれるようなので安易に決めつけることはできませんが、常識的な判断を大きく逸脱していることはまちがいないですよね。

【*編注:精神鑑定で刑事責任能力を問えると判断され、10月5日に殺人罪で起訴された】

中川:発達障害にしても、診断されることで安心するっていう話があったりすると思うんです。先日、NEWSポストセブンでも、発達障害のピアニスト女性の記事(元記事は『女性セブン』に掲載)を配信したところ、たくさん読んでもらえました。彼女のコメントで、「22歳で発達障害という診断されてホッとした」という記述がありました。これは病気認定をされ、「私は発達障害だから自分はこんななんだ!」と安心できた、という話です。やっぱりIDを取りまくって「死ね」とか「低能」って言い続けるっていうのも、病気認定をされたらどうだったのかな、とも思うのですが。

──病気認定することで新たな問題は出てこないんでしょうか。差別につながる可能性もあると思いますが。

中川:それは橘さんが執筆された『言ってはいけない』に出てくる「バカは遺伝に左右される」的な「事実は事実である」っていう話かな、とも思うんですよね。決して差別につなげてはいけませんが。

:これはとても難しい問題で、明らかに病気や障がいのあるひとに対して、「なんでできないんだ」とか「みんなやってるじゃないか」と責めるのは差別というか虐待です。でもその一方で、自分はみんなと同じようにできると思っているのに、「お前は病気だ」「障がい者」だと専門家が診断して、権利を制限してもいいのかという問題があります。

 誰が見ても妄想にハマっているなら、措置入院も仕方ないかもしれない。でも「低能先生」はたぶん境界例で、本人に病識はなく、親のお金で生活も何となくできていた。言動はおかしいけど、最低限の社会生活を送っているなら、公権力が介入する理由はありません。そういう境界例のひとたちをどう扱うかは、日本だけじゃなくて世界じゅうで大きな課題になってきています。

 リベラルな社会は、人種や国籍、性別、障がいの有無にかかわらず、すべてのひとに完全な人格=人権を認めます。私はこれを素晴らしいことだと思いますが、しかしそうなると、境界例のひとたちも、完全な責任能力があると考えざるを得なくなる。「低能先生」は地方の旧帝大を出ていて、だからこそ相手を「死ね」「低能」と罵倒していたようですが、自分の能力を誇示すればするほど、「いい年をしてそんなことをやっているのはあなたの自由意志なんでしょ」という自己責任の論理にはまり込んでしまう。その結果、「こんな奴はいくら叩いてもいいんだ」と、集団的なバッシングが起きたのかもしれません。

中川:私はそう思っていて、彼のことが治療が必要な人だという認識があったら、皆で通報しまくるとかの「煽り」は止めたかもしれないんですよね。彼だとわかるIDから何か来たら、「元気か?」とか一言返すとか。でも「こいつは、はてなというコミュニティを荒らす一番ひどい奴だ、よし皆で通報しよう」っていう流れができちゃっていた。もし彼が中学生だとしたら、たしなめたと思う。子どもは未熟だから、分別が付かないから、まあしょうがないなと。低能先生についても「病気だからしょうがないな」という考え方もできたかもしれないんですよ。

◆「面倒なひとには触らないでおこう」という暗黙の了解

:ネットでは奇矯な言動を面白がる傾向が強いと思います。境界例のひとをネタにして遊べばPVを期待できるし、フォロワーが増えたりすることもあるでしょうが、そうやって病気や障がいのボーダーライン上のひとに群がって面白がるっていうのは正直、疑問です。

中川:私が手伝っているあるニュースサイトでも、対策は取るようにしています。基本的には芸能人ブログをネタにして記事を作るのですが、発言が心配になってしまう特定の人は取り扱ってはいけないということにしています。その人を取りあげるとアクセスを稼げるのは分かるのですが、動物園的な感じで皆が見に来ているわけだから、それを利用しちゃいけないと考え、自主規制をし、その人に対してネットの悪意ある声が少なくなるようになんとかしたいと考えています。

:2010年に「鬼畜ブーム」で一世を風靡した村崎百郎さんという作家が殺害された事件も衝撃的でした。あの事件もHagexさんの事件と似ていますよね。村崎さんは私が編集者をしていた時期にデビューしたから、傍から見ていて「ずいぶんあぶない橋を渡っているなあ」とは感じていました。自分が「鬼畜動物園」をやっている自覚はあったと思いますが、最後はストーカー(鬼畜)を呼び込んで殺されてしまった(犯人は統合失調症と診断され不起訴)。「病気じゃないってことは正常なんでしょ。だったら好きでやってるんだから、いくらでもネタにしていいんだ」という前提でやっていくと、こういう罠にはまってしまうのかと考えさえられました。

中川:おかしなことを言う人はもしかしたら病気かもしれない。病気の人にまで自己責任を求めるのはキツイと思います。

:完全な人権をもつということは、完全な責任能力をもつということですから、誰もが平等だとすると、「何でこいつを叩いちゃいけないんだ? 自己責任でおかしなことをやってるんだろ」という理屈になる。それに対して、「このひとはちょっとふつうとちがうんだ」と反論すると、「それって差別だろう」となって収拾がつかなくなる。その結果メディアでは、暗黙の了解として「面倒なひとには触らないでおこう」という対応しかできなくなった。でもネットはそういうルールにしばられないから、かつて出版社が「鬼畜本」でやっていたことがぜんぶネットに流れ込んだんじゃないでしょうか。

中川:そこのタブー破りが、リベラルの界隈で発生しています。その表れが、「在日ネトウヨ」と「ホモウヨ」という言葉です。在日が差別されているという記事には、差別の当事者である在日のコメントが掲載されたりします。すると、こうした記事を読んだ、記事に取り上げられない在日が、「あの人たちが在日の代表だと思われると私たちの迷惑になる」とツイッターで意見表明をします。「彼らは攻撃的で日本の悪口ばっかり言っている。私は日本で楽しく生きている」と。

 そうすると差別される当事者として声をあげる在日の支持者たちから、「こいつは在日を騙っている」とか、「自称在日のネトウヨによりなりすまし」などと批判される。さらには、ストックホルム症候群的に日本人の側に立つことで自らを守ろうとしている、と批判を加えたりもします。

「ホモウヨ」については、杉田水脈氏の「LGBTは生産性がない」の件で、「T(トランスジェンダー)」を除くLGBの人たちが、杉田氏の意見に賛同したり、「活動家が騒ぎを大きくしている」などと言い出すんですね。もしもその人が「G」だった場合は「ホモウヨ」と、差別用語を交えて批判をされる。

「杉田水脈を攻撃しないとは、こいつはLGBTの風上にも置けない」みたいな話にされてしまう。LGBTの人間は保守的であってはいけない、という妙な不文律が持ちだされます。官邸前で杉田氏に対するデモが行われたのですが、レインボーフラッグに、「FUCK YOU VERY MUCH」とか書いて旗を汚しもする。「弱者はかくあるべし」というルール的なものが勝手に生まれ、当事者からの異論を許さない状況があり、もはやネット上でまともな議論なんかできないのではないでしょうか。(続く)

◆橘玲(たちばな・あきら):作家。1959年生まれ。2002年、国際金融小説『マネーロンダリング』でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『言ってはいけない 残酷すぎる真実』『(日本人)』『80’s』など著書多数。

◆中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう):ネットニュース編集者。1973年生まれ。『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『夢、死ね! 若者を殺す「自己実現」という嘘』『縁の切り方 絆と孤独を考える』など著書多数。

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