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- 2012年02月29日 19:40
「人間は変わらない」と思うのが保守 緊急復刊した『諸君!』編集長が語る論壇の未来
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緊急復刊した文藝春秋社のオピニオン誌『諸君!』 写真一覧
北朝鮮の最高指導者、金正日総書記の死去を受けて、東京新聞記者の五味洋治氏、ジャーナリストの櫻井よしこ氏、衆院議員の石破茂氏、元外交官の佐藤優氏など錚々たる論客が勢ぞろい。北朝鮮問題について闊達な意見が寄せられた。中でも小泉元首相の秘書官を務めた飯島勲氏が明かす、金正日との交渉の舞台裏のレポートは一見の価値がある。
編集後記では「今回は一号限りの臨時増刊ですが、一旦緩急あらば『諸君!』は再び帰ってきます」と、今後の刊行継続に意欲を見せている。
出版不況がささやかれ、雑誌の売り上げが低下している時代になぜ、硬派なオピニオン誌が復活することになったのか。この4年間に「論座」(朝日新聞社)や「月刊現代」(講談社)など、オピニオン系の雑誌が次々と休刊しているが、論壇が復活するための処方箋はあるのか。『諸君!』というと、保守派の論陣を張っているイメージが強いが実際にはどうなのか。
文藝春秋本社を尋ねて、吉地真(きちじ・まこと)編集長に詳しい話を伺った。そこからは21世紀のオピニオン誌が抱える根深い問題と、意外な編集方針が見えてきた。【取材・文:大谷広太、安藤健二(BLOGOS編集部)】
「一色に染まった議論」でいいのか
―我々もBLOGOSという提言型ニュースサイトをネット上で運営していますが、今回のインタビューでは、紙の論壇の大先輩である『諸君!』の編集長に、どうすれば論壇に読者の関心をひきつけられるか?というところを伺っていければと思っています。
吉地氏:ネットも紙媒体も基本は、読者が読みたい物を届けるところに、メディアとしての生命線があると思っています。メディアの命綱は「読者が何を求めているのか」。こちらが届けたい物と読者が読みたい物が乖離していると手も足も出ない。商業として成り立つためにはそこは大きな問題で、常に存在しています。
『諸君!』が休刊したいきさつも、正直、出し続けるのがきつくなってきたからだと聞いています。「出版社としての使命があるから、少ない部数でも出し続けるべきではないか」という意見もあって、それはよく承知しています。しかし、今後、年に億単位の赤字を出していくことに耐えられるかという現実の問題もある。私は編集の現場しか経験していませんから、なんでも「出したい」と思いますが(笑)、経営判断としては、そこは悩んだところだと思います。
そういうなかで、「読者が何を求めているのか」を考えるとき、いつも頭にあるのは(文藝春秋社の創立者の)菊池寛のことです。芥川賞や直木賞という文学賞を最初に考えた発想力。今回も芥川賞の話題で月刊『文藝春秋』が増刷したように、この企画にいまだに食わせてもらっているところがある。座談会という形式も最初に始めたのは菊池寛だそうです。そこは素直にすごい人だなぁと思っていて、菊池寛ならどうするか、と考えることもよくあります。また、読者のニーズを考えるとき、雑誌の精神は、(三代目社長)池島信平が残した、世の中よりも「一歩ではなく半歩先」という言葉に集約されているのかな、とも思います。
そういう文藝春秋の風土の中で、『諸君!』という雑誌も、読者が読みたい物を届けてきたのだと私は思っています。進歩的であることが全てだという時代に「進歩的でない価値観が全部ダメなの?」と疑問を呈した。そこには、読者のニーズがあった。一面の言説ばかりが溢れかえっている世の中に、そうではないオピニオンを届けることが、『諸君!』のレゾンデートル(存在意義)でした。
今回の編集後記にも書いたのですが、昭和44年の『創刊にあたって』にはこう書かれていました。「世の中どこか間違っている―事ごとに感じるいまの世相で、その間違っているところを、自由に読者と考え、納得していこう」。その創刊の精神は今も充分通用すると思っています。最近も、ともすれば一色に染まった議論しかなくなる危険性は続いているのではないでしょうか。
―今回、北朝鮮特集号ということで3年ぶりに復刊した経緯はどのような物だったんでしょうか?
吉地氏:最初は「金正日が亡くなったのだから、『文藝春秋』の臨時増刊を出したいね」という話でした。その話の中で、「その場合、『諸君!』という器でやるのが、一番読者に届くのではないか」という順番で、とりあえず一号だけど"復活"させようということになりました。北朝鮮が"楽園"であると大真面目に語られてきた時代から、それに疑問を呈してきた雑誌ですから。こういう話はなかなかすぐには決まらないことが多いのですが、こればかりは実質一日で決まったんです。
十二月二十三日に話が出て、翌二十四日には正式に決まったと思います。早かったですね。臨時増刊ですから、各部署から編集部員を引き抜いて編集部を作りました。みんな兼任ですから、苦労をかけました。私も普段は『文藝春秋SPECIAL』という雑誌の編集長をしています。編集長になったのは、『諸君!』編集部経験者であり、まだ雑誌の現場にいる編集者の中で一番年上だったからでしょう。僕より上の世代の人達は、編集長を経て今は偉くなっていますからね(笑)。
―そこは『俺にやらせろ!』と自分から強くアピールされたのですか?
吉地氏:ははは。どうしてもやりたいとは思っていました。語弊を覚悟で言えば、「俺以外に誰がやる」というくらいの気合でした(笑)。『諸君!』は愛していた雑誌でしたから、休刊はものすごく残念でしたし。いつかは『諸君!』を自分で作ってみたいと思っていましたから、念願がかなったわけです。そういう意味では願ったりかなったりでしたね。



