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トランプ氏は北朝鮮の「感性独裁」に支配されている?

久保田るり子(産経新聞編集局編集委員)

【まとめ】

・金正恩氏と「恋に落ちてしまった」発言は見逃せない危険信号。

・金正恩氏の手紙は北朝鮮式「感性独裁」の心理作品。

・米朝協議、北ペースで非核化のハードルは上がってしまった現実を直視せよ。

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されないことがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=42390でお読みください。】

世界は共産主義の常套手段を忘れつつある。彼らの体制を支えたのは大衆扇動と恐怖政治であり、独裁者の偶像化と政敵の粛正だったはずだ。第二次世界大戦末期、中国東北部で中国共産党員として東北抗日軍のゲリラだった金日成は、日本軍に懸賞金をかけられて追い詰められ、ソ連に逃げ込んでソ連軍第88特別旅団に入り、その風貌や忠誠心が買われてソ連の傀儡政府、北朝鮮の首領となった。

金正恩の祖父、金日成は徹底した忠実なスターリン主義者だった。金日成が3代を継ぐ異形の独裁国家を作れたのは教条的な共産主義者だったからだ。カリスマなどかけらもなかった金日成は個人崇拝のため伝説を作り偶像を作り神話を作り、崇拝する歌を作らせ詩を作らせ伝記をねつ造した。

▲写真 談笑する金日成(右)1956年 出典:Junge, Peter Heinz

2代目、金正日もこれを見習って伝説で自らを飾り秘密主義を貫き通した。金正日は特に忠誠心を高めさせる感性政治を重視した。朝鮮労働党宣伝扇動部には文学課があり、全土から才能ある作家が集められた。韓国を共産化することが目的の朝鮮労働党統一戦線部は、メディア、小説、詩、音楽で知らず知らずのうちに韓国人を感化させる文化浸透の専門部署だが、金氏一族を神格化する担当は統一戦線部のなかでもエリート集団「101連絡所5局」であった。金正日の誕生日には、金正日に捧げ、人々を感動させるための長文の叙事詩を作るため作家が選抜され、一言一句が選び抜かれて数カ月をかけて詩作が行われたという。

▲写真 北朝鮮の金正日総書記とのウラジミールプーチン大統領 (2000年) 出典:Presidential Press and Information Office

人心を操る心理戦にかけては恐ろしいほどの情熱でノーハウを蓄積してきた国が北朝鮮なのである。3代目、金正恩委員長は金氏一族の「感性独裁の遺産」を引き継いだ。選抜システムも組織としての機能も言葉による洗脳術も。

▲写真 金正恩委員長(2012年)出典:Flickr Vietnam Mobiography

さて、米トランプ大統領は金正恩氏に限りなく好意的だ。9月29日、米南部ウェストバージニア州ホイ-リングの支持者集会でトランプ氏はこう言った。「金正恩氏は私に美しい手紙を書いてくれた。それは素晴らしい手紙だった。こんなことを言って許してくれるだろうか。私たちは恋に落ちたのだ」。これを聞いたほとんどのメディアはジョークと受け取ったようだが、大統領は自ら北朝鮮の陥穽に嵌ってしまったかもしれない。

金正恩委員長はこれまで、明らかになっているだけで4通の手紙をトランプ氏に届けている。すべて絶妙なタイミングでトランプ氏の手元に届き、そのたびに国際社会で高まっていた不信と懸念が、ひとまず収まっている。そして何よりトランプ氏が「美しい手紙」「素晴らしい手紙」と称賛している。

▲写真 金正恩委員長からの手紙を受け取るトランプ氏(2018年6月1日)出典:Shealah Craighead

最初の手紙は6月12日のシンガポール米朝首脳会談の前、北朝鮮高官による「むき出しの敵意」に怒ったトランプ氏が会談中止を発表、金英哲副委員長が6月1日に急遽、訪米した際にトランプ氏に手渡した。手紙は状況を一転させてトランプ氏は「とても素敵な手紙だった。非常に興味深い手紙だった」と満足、シンガポール会談につながった。2通目は一向に非核化が進まないなか、ポンペオ国務長官が7月6、7日に訪朝した。書簡は6日付け(公表は12日)でいつトランプ氏の手元に届いたかは不明だが、雰囲気を変えた。トランプ氏のツィッターに公表されたのは「2国間の新しい未来を期待する」というものでたいした内容ではないが、成果のなかったポンペオ氏訪朝にもかかわらず、トランプ氏は「とてもすてきな手紙だ」とツイートした。

▲トランプ氏Twitter 2018年7月12日

3通目は朝鮮戦争参戦の米軍戦死者55柱の遺骨が米国ハワイに到着したその日(8月1日)にトランプ氏に届いた。数時間後にトランプ氏は興奮した様子で「あなたの素敵な手紙に感謝する。すぐに会えるようになることを待っている」とツイートした。そして4通目は国連総会が始まる9月16日で、平壌での南北首脳会談(18~20日)の直前であった。受け取った2日後にトランプ氏は記者団に「金正恩から素晴らしい書簡をもらった。私たちは北朝鮮に関連し、とてつもない進展を成し遂げている」と何度か強調した。手紙の一部は公表されているが、すべてかどうかはわからない。しかし、トランプ大統領の気持ちを揺さぶっていることは確かだ。その手紙が「感性独裁」のプロの手によるものであるのは疑いないだろう。そしてタイミングは偶然であるはずがない

▲トランプ氏Twitter 2018年8月1日

手紙のたびに「素晴らしい」を連発するトランプ大統領の言葉とはうらはらに、北朝鮮の非核化の進展、その実績は皆無といっていい。平壌の南北首脳会談で北朝鮮が言及した東倉里のミサイルエンジン実験場や発射台「永久廃棄」、あるい「米国の相応の措置」があれば「寧辺核施設を恒久的に廃棄する」というのも、非核化ではなく施設破棄にすぎない。次から次に北朝鮮がそれらしい項目を並びたてるサラミ戦術は、目標の非核化への道をさらに先送りしているだけで、むしろ障害物だけが増え、非核化のハードルは上がっている

▲写真 首脳会談に臨む北朝鮮金正恩委員長と米トランプ大統領 2018年6月12日 出典:facebook White House

米国務省、CIA、DIA、国防総省等々には北朝鮮の心理戦、感性独裁と戦略戦術の専門家は多く、その知見は北朝鮮から脱出した高位級脱北者が驚くほどレベルが高い。彼らがホワイトハウスに様々な分析を入れていることは間違いないが、金正恩の真意を判断するのはトランプ大統領である。もし、トランプ氏が「片思い」なら、世界は大変な代償を払わせられることになる。

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