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ここが違う日本と中国(13)―よく勉強しているのは誰?

「中国の子どもはよく勉強するね。日本の子どもはもうちょっと頑張ってほしいな」

これも最近よく耳にする話である。

中国の子どもだとか、日本の子どもだとかといっても、必ずしもそれぞれひとくくりで見ることができない。第11回のコラムで紹介した上海の子どもたちは中国の子どものなかでもっとも勉強しているといえるし、兄弟の世話や、家事、農作業の手伝いをさせられ、勉強に専念できない、あるいは学校を中退せざるをえないような子も農村には少なくない。また、日本でも部活や遊びをほとんどせず、毎日学校―塾―家を順繰りにするだけの子がいる。

ただし、そうはいっても、全体的に見て、中国の子どもが日本の子どもより勉強しているのは事実だと筆者も認めている。

もちろん、話はここで終わるわけにはいかない。もう少し広く、深く観察しないと、一番大切なところを見落としてしまう恐れがある。子どもに限って見れば、日本は中国に引けを取っているといえるかもしれないが、国民全体でいうと、むしろ日本人の圧勝である。

ここにも、勉強という営みに対する認識の違いが横たわっている。

中国では基本的に勉強というのが子どもの義務として強く意識されている。勉強はいい学校に入り、いい仕事に就き、人生のいいスタートを切るための欠かせない手段だということである。だから、子どもを勉強させることは親の責任と位置づけられており、特に都市部では子どもの勉強がまるで家庭生活の最優先事項のように広く考えられている。「中国人は教育熱心だ」という言い伝えはまさにこのようなところから生じてきたのだ。

しかし、大人の世界になると、勉強の意義や捉え方ががらりと変わってしまう。ずばり言うが、教育熱心な親が大勢いるけれど、勉強熱心な大人は必ずしも比例的に多いというわけではない。子どもに対していつも「勉強しろ」と命令する親自身はほとんど勉強しない、そんなケースは決して稀なことではない。

「社会でも勉強しなければついていけないじゃないか」と思うのが日本人の常識である。しかし、これは中国人にとって必ずしも常識ではなく、むしろ世間知らずの陳腐なセリフと嘲笑される。日本では、「よく勉強している」というのが子どもに対してだけでなく、大人の世界でもプラス評価であり、人を褒める言葉になる。一方の中国では、大人への賛辞として使われないようなケースが少なくない。下手すると、「勉強しか知らない、人間関係が希薄、出世術も分からない」ようなニュアンスで理解されてしまうからだ。要するに、大人の世界では、勉強や知識は確かに生きるうえでの重要な条件ではあるが、出世や、肝心な場面での勝負を決定するための欠かせない武器ではない。じゃあ、それは一体何なんだろうかと聞いたら、恐らく圧倒的多数の中国人は「人間関係だ」「コネだ」と答えることになるだろう。

そうだ。超コネ社会の中国では、勉強や知識の位置づけが意外と低く、その実際の機能も非常に限られている。

先日、QQで数年前に日本から帰国した元の中国人留学生と久しぶりに世間話をした。彼女は東京のある名門大学で博士号を取得した後、中国のある大学に就職し、そこの教員になった。

「もう准教授になりましたか」と尋ねたら、彼女は急に感情が高ぶり、「一所懸命に働いているのに、まだ専任講師だよ。私は学長や学部長と緊密な関係を作りたくないから、なかなか昇格させてもらえない。本当に損したわ」と腹を立てた。

今の中国では腐敗と汚職が蔓延っており、学問の殿堂とされてきた大学もひどく蝕まれている。大学の責任者や管理層がキャンパス工事のなかで不正に手を染めたり、収賄などで逮捕されたりするようなことは日常茶飯だ。また、教員人事は研究業績を重視するよりも、上層部(書記、学長や学部長)との私的関係によるところが大きい。

大学ですら、こんな状態に陥ってしまったから、ましてや一般社会、特に政界では、どんなに勉強して専門的な能力を高めても、コネがなければ、出世することが出来ない。

だから、子どもとは対照的に、大人はそれほど勉強しないのだ。中国の空港、駅、電車の中を覗いてもわかるように、そこで本や雑誌を読んだりする人はほとんどいない。待ち時間、電車に乗る時間がそんなに長いのに、本や雑誌に頼らなかったらどうするんだろうか。でも、絶対多数の人はぼっとしているか、携帯に夢中、連れ合いと世間話する。あるいは、向日葵やカボチャの種などを口にしながら過ごす。やはり本や雑誌で暇をつぶすような習慣がないからだ。

筆者が中国に帰る度にいつも気になることは麻雀(日本ではマージャン、中国ではスズメ)の隆盛である。中国人はどうしてこんなに麻雀が好きなのかと日本人から聞かれたことがある。正直、これは一言で答えられる問題ではない。ただ、一点だけはっきり言えることがある。麻雀は中国では昔からギャンブルの王者であり、いまもカネをかけてやるのが流儀である。

中国人はもともとギャンブルが大好きで、毛沢東時代には百パーセントに抹消されていたが、改革開放後は完全復活。現在、いたるところで麻雀に興ずる人々の姿が見られる。住宅地に入ると、家々からその音が聞こえてくるし、「まるで奇妙な合奏のようだね」とある知人が形容した。雨のない日には、道路の脇や、路地でもそのような景色が広がっている。

そして麻雀三昧の国情を表現するに、「10億人民9億賭」という言葉が1990年代頃に生まれた。「賭」とは賭博で、麻雀を指す。10億の国民中、9億人が麻雀をやっているという意味になる。10億と9億はいずれも概数で、麻雀人口がいかに多いかをやや大げさに言っているのだ。

ちなみに、1980年代当時の世相を現わす言葉には「10億人民9億商」というのがあった。ここの「商」とは商売のこと、社会主義計画経済の方向転換をいち早く察知した者が商売に身を投じた。中には、政府機関の職員、官僚、大学の教師も多くいた。公務員や教師の仕事と身分を辞めてのことだから、相当勇気が必要、もちろん今は考えられない。

麻雀は非生産的な行為である。カネが参加者の間で回り、勝者と敗者がいて、勝者がどんなに儲かっても、カネの総額が増えるわけではない。しかも、社会の気風を乱し、犯罪の温床となり、日常生活や家庭生活を破壊する危険性が高い。という理由で、麻雀にカネをかけてはならないというはずだ。ところが、一般庶民は一切構わず普通に楽しんでいるし、麻雀三昧の生活を送っている公務員も少なくない。

公務員も人間だから、麻雀をやってもよかろう。しかし、問題になっているのは職場で勤務時間中の麻雀だ。

筆者は、昨年12月に出版した『「仮面の大国」中国の真実』(PHP研究所)のなかで、「公務員、これほど楽な職業はない」という一節を設けて、こう書いてある。

「中国の公務員がこれほど高い人気を誇るのには訳がある。安定していること、給料と福利厚生がよいこと、権力の中枢に近いこと、灰色収入が多いこと。さらに、仕事がすべての職業・職種のなかもっとも楽であることだ。

公務員の職場を見ればよくわかる。お茶を飲み、新聞を読み、世間話をしている人はいいほうだ。麻雀、トランプ、将棋、パソコンゲームなどに興じる人もいれば、抜け出して買い物、食事、散歩、賭博(ギャンブル)などをする人もいる。

こういった公務員のあり様が近年ようやく問題視され、庶民の厳しい視線にさらされるようになった。マスコミからも批判的な記事が続々と登場する。」(288頁)

しかし、国民からの批判や、マスコミの曝露にもかかわらず、職場での麻雀は一向に減らないようだ。

今月2日付の「羊城晩報」も深セン市の関連事件を報じた。それによると、同市市場監督管理局のある所長が旧正月明けの初仕事で、なんと部下たちを会議室に集めて麻雀に興じていた。この所長がただちに停職処分を受けたが、同様のことはあちこちで起きているから、取り締まり切れるとは誰も期待していない。

そんな暇があったら勉強すればいいのにと思われるが、官僚は読書時間が少ないということも最近結構話題になっている。共産党中央はしょっちゅう全国の幹部に向けて「学習にいっそう励もう」と指令するものの、それに耳を傾ける人はどのくらいいるのか、知る由もない。

ここまで中国のことを長々と書いたが、少し日本に目を転じよう。

勉強を一生涯のことと考えている日本人は非常に多く、日本では生涯学習が非常に盛んである。知人の中には、70代、80代になっても外国語の勉強に打ち込んでいる人がいる。それは趣味や教養のためやっている部分が大きいが、それだけではない。例えば、ボランティア活動でお年寄りが大きな割合を果たしている。中では、海外へ行ってボランティア活動に従事している高齢者も大勢いる。中国で日本語教育に携わる高齢の日本人ボランティアがいることは広く知られている。

日本の老人クラブや老年大学も高齢者の学習の場である。中国でも老年大学が多く設立されているが、基本的に都市部の高齢者(特に定年退職した公務員、幹部、教師が圧倒的に多い)が入学しており、農村の高齢者は老年大学とはほとんど無縁である。

そして少子化の影響で学生の募集に困っている日本の大学は社会人入学に力を入れている。いまどこの大学も社会人を募集しており、社会人がどんどん大学に入るようになった。特に大学院では、社会人学生がすでに欠かせない存在となっている。こういった状況はなにより日本人の勉強好きを物語っている。

筆者は来日後非常に感心しているのが、勉強会や「○○教室」の多さである。週末になると、学会、研究会、勉強会、教室などはあちこちで開かれる。特に駅周辺の建物には、様々な会場が設けられている。それを目の当たりにした筆者はいつも驚き、感動すら覚える。こんな様子は中国ではあまり見られない。

中国では基本的に、教室は子ども、学会や研究会は学者・研究者が入るところだと考えられている。しかし、日本はそうではない。教室というのは大人が入って勉強するところでもあるのだ。また、学会に入会しているのは学者・研究者だけではなく、関連領域の人も幅広く含まれる。例えば、現場で仕事している人、行政の人、新聞や出版関係の人、高校の教員も学会の会員になるのだ。また、研究発表も学者・研究者だけでなく、現場の人も積極的に行う。筆者が所属する日本社会福祉学会は会員数5000名以上を擁しており、驚くべきことに、その多くが学者・研究者ではなく現場担当者である。

一方、中国の学会はほとんどと言っていいほど学者・研究者の世界であって、他の職業や一般の人びとに大変遠い存在である。
(執筆者:王文亮 金城学院大学教授編集担当:サーチナ・メディア事業部)

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