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円高が好きな人たちの「正体」とは? ―― 安達誠司(『円高の正体』)× 飯田泰之

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「あと、28・8兆円――」
今年の1月に発売され、早くも4刷が決定するほどの反響を呼んでいる『円高の正体 』(光文社新書)の冒頭、扉にはこう記されている。
この金額の意味はぜひ同書を繙いていただくとして、そもそもなぜいま、この本は書かれなければならなかったのか。
著者である安達誠司氏に飯田泰之が鋭く迫る、『円高の正体』シノドスジャーナルver.をお送りします。
(構成 / 柳瀬徹・シノドス編集部)


リンク先を見る円高の正体 (光文社新書)
著者:安達誠司
販売元:光文社
(2012-01-17)
販売元:Amazon.co.jp
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■強い企業と弱い政府

飯田 安達さんの書かれた『円高の正体』は、タイトルが「ある本」を思い起こさせてくれる点がとても良いと思います(笑)。

まず前半では、教科書的な解説がすごく丁寧に書かれていますよね。それは「新書」という形式に相応しいものだと思いました。最近の新書の多くは、かつては論壇誌が担っていたものの代替メディアになっている。

新書ブームの起こる前、十年以上前の新書の多くは、むしろこの本に近かったと思うんです。さすがにハードカバーの体裁で出すには入門的にすぎるかな、という語り方で難しいことをじっくりと伝える、それが新書のイメージだった。『円高の正体』を読んで、ブームの前の新書ってこうだったよなあ、いいなあ、と思いました。

安達 ありがとうございます。

飯田 内容について話を進めていきますと、ここ一年間の動向の特徴は、四つの主要通貨であるドル、ポンド、ユーロ、円のなかで、円の独歩高となったことと、ユーロのズルズルとした下落にあると思うのですが、証券会社のエコノミストとして安達さんは、どの動きに注意していらっしゃいましたか?

安達 いまおっしゃられたように、特に大震災直後からの円高というのが、いちばん大きなトピックですね。大震災でサプライチェーンが壊れてインフレになるかもしれないということと、円、株、債券がすべて大暴落するだろうということがさかんに言われ、金利も上昇するだろうと囁かれたりもしました。

でも蓋を開けてみると、株は確かに下がりましたけれども金利は非常に低位安定で、今もまだ1%を割っています。為替も、ここにきてようやく日銀の金融緩和があり1ドル80円前後まで戻しましたが、ずっと76円後半、一時は75円台までの円高となっていました。これは阪神淡路大震災の時も同じようなパターンで、1月の震災後、円高のピークは6~7月でした。大震災で円高になってしまって、政府が右往左往している間に株が下がっていった。私は職場では日本経済担当なのですが、ここ1年の日本経済の最大のトピックは、復興需要というよりも、むしろ円高でした。

円高の1つの要因としてユーロの財政危機によるユーロ安があるといわれています。ユーロ安に関しては、ぼく自身は財政の問題ではないと思っていますが、ユーロという通貨を中心にした経済圏に対してNOが突きつけられた、ということになっています。1999年にユーロが始まって、98年あたりからすべての国の国債利回りがドイツの利回りに収斂していくというわけのわからない動きがあり、それにより一種のユーロバブル、ユーロブームができあがった。アイルランドなどでも不動産バブルが発生したわけですが、その反動でいま苦しんでいるのがスペインやギリシャなのかな、と思っています。バブルが崩れてしまって、ユーロは大丈夫なのかと懸念されている。

飯田 東日本大震災直後に『統計月報』(東洋経済新報社)の「エコノミスト・コンセンサス」を読んでいると、サプライチェーンへのダメージに関するもの一色だったんですね。ぼく自身も「サプライチェーンは切れた」「これはかなり深刻だ」と思っていました。でも、あっという間にある程度の水準まで回復した。日本の企業セクターはすごい、と本当にびっくりしました。

その後はタイの洪水まであったわけです。天変地異だけでオシャカになっていてもおかしくないほどの外的ショックを食らっている。それでも企業は大丈夫で、対照的に政府はどうしようもない、これが大きな特徴だと思うんですね。

そんななかで、円とユーロは対照的な動きをしました。でもこの一年の日本経済では、そこまで円が高くなる要因が揃っていたのでしょうか?

安達 それは、そもそも為替をどう見るかということに尽きますね。多くの方が「円安になる」と経済学的な意味での「期待」をしたのは、一つには日本の経済が壊れるだろうという予想もあったわけですが、もう一つは大規模な財政出動が行われ、それを金融政策がサポートする形での一種の緩和ポリシーミックスが早い段階であるだろうという予想があったと思います。一部の海外投資家などでも、大震災をきっかけに日本でもついにリフレ政策がなされるだろうという期待が、非常に大きくあったんですね。

実際は、たしかに最初はボーンと金融緩和しましたけども、いつも通りにボーンと出したあとにじわじわとお金の量を戻す、その繰り返しに終止してしまったので、いつものデフレのパターンにやっぱり入ってしまった。それが円高の最大の原因だと思っています。

■貿易黒字で円高? 金利差で円高?

飯田 その一方で、ユーロはなんでこんなに安くなるのか、ちょっと不思議なのですが。ユーロは維持可能なんですかね?

安達 経済学者の方はよく「最適通貨圏」、つまり一定の条件のもとで同一通貨を使用した時に、経済効率がもっとも好ましくなる地域の規模についての議論をしますよね。その議論からすれば、ギリシャ、ポルトガルからドイツまでを含む経済圏など無理に決まっているんで、まあ、壊れますよね。

ただEU統合の歴史をずっと見てくると、ユーロはかなり政治的な思惑で作られてしまっている部分があります。ユーロ圏や欧州の政治的な分断が起こらない限り、ユーロも壊れないんじゃないかなと思っています。なんとかもたせようという方向で必死に努力するのではないか、という気がします。

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安達誠司氏

飯田 為替レートへのよくある誤解が「為替は国力競争」みたいなイメージですね。そういう先入観がある人には、あちこちで綻んでいるEUで起こったユーロ安はすごく理解しやすい。だけど、それでは円高は説明できないですよね。

こんなに景気が悪いのになんで円が高いのか、みたいなイメージがある。ビジネス系エコノミストでも、ごくごく基本的な経済学の理解がむちゃくちゃな人がいるじゃないですか。よく「エコノミスト」って名乗れるな、というくらいに。

安達 そうですね。

飯田 「通貨の量は市場が決めるんだ」とか、ぼくもそういう批判を受けたりします。「いやいや、まずはマクロ経済の教科書の〈貨幣〉のところか、ミクロ経済学の〈独占〉の項をよく読んでください」と言いたいのですが……。安達さんも、そんな「誤解」と出くわしたりしますか?

安達 まあ、「強い円」イコール「強い日本」といった話はよく目にします。為替については起こった現象についてあとから説明するパターンが多いので、定量的な分析のようにシステマティックに予想するということがまったく行われていない。ある時は金利差による説明がされますし、ある時はなぜか景況感の格差で説明されて、その国の景況感がいいと通貨高になる、といった話になっちゃう。政治的な話にされたり、生産性上昇率で説明されたり、ありとあらゆる要因のうち、都合のいい説明でお茶を濁す人が、エコノミストよりもむしろ為替のアナリストの人に多い気がします。

あとは、やっぱり「経常収支説」です。経常収支の黒字と金利差、このふたつで円高を全部説明してしまうパターンはけっこう多い。

飯田 でも、経常収支は15年ぶりの低水準になっているので……

安達 経常収支説は破綻してしまった。そこでまた「通説」が変わってきているとは思うんですけどね。ですが、「経常収支黒字が円高の根本的な理由だ」と考える人は今も多いですね。

飯田 でも安達さんなら「円が足りないから円高。当たり前。以上」ですよね。ぼくも同じですが。

安達 そうですね。

飯田 そうじゃない人は、どういう理由で円高だと思っているんですかね。「金融政策は関係ない」という人たちは。

安達 経常収支の黒字が、ほぼ唯一のよりどころだったと思うんですけど、みるみる貿易赤字になっていますよね。そうなると残るのは、どうにも理解できない「金利差で決まる」という説明ですよね。

飯田 でも長期金利ですら、いまだにアメリカのほうが高い。

安達 高いですね。金利差が縮まってくることを円高の理由にしているんですね。アメリカでは金融緩和で金利大きく下がってきていて、日本は変わらないので、この差が縮まってくることが円高の要因なんだというのが、ほとんどの為替アナリストのロジックだと思いますよ。

飯田 まあ、それ自体はたしかに間違いではないですよね。

安達 間違いではないのかな。ただこれ、逆に債券アナリストに金利の見通しを聞くと、為替が原因だと言うんですよ。グルグル回って、いったいどっちなんだ、という話になっています。

あと「金利差説」への私の疑問は、どの金利の差なのかがコロコロ変わるんですよね。昔は10年国債の利回りでした。で、ちょっと前までは政策金利です。でも政策金利はみんなゼロになっちゃったんでもう使えないとなると、今度は2年国債だ、という。2年物の金利を予想するのってすごく大変だと思うんですけど、「2年国債の金利差と為替レート変動がぴったり合っています」みたいな説明がされるケースがかなり多い。まあ、事実としてはそういうふうになってはいるのですが、ロジックがよく分からない。なぜ2年国債なのか、と。

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