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老人としての生活をどうする

地方移転の勧めというか促進に関して書いたところ(9/22)、読者から批判メールが来た。子守なんてやりたくないと。確かに、子守を強要するような文面だったかもしれない。僕の本音は、「せっかくの命だから、最期は好きなように生きたい」である。

社会人になっての悩みは、この時代の多くは、「どこに就職するのか」「本当に自立できるのか」「ちゃんとした結婚相手が見つかるのか」と思う。ほとんど自分自身に関したことである。

年齢を重ね、退職を迎えるころになると、悩みは人それぞれになる。その中で大きな割合を占めるのが、自分自身(配偶者を含む)の健康、老後の資金、年老いた両親の生活と介護だろうか。子供の問題もあるだろうが、最期まで面倒を見ることは不可能である。だとすれば、僕の考えだが、早い段階で自立してもらうか、諦めるかしかない。

今日、18日に書いたM氏に電話した。手間取ったのは、まずは年賀状を拾い出し、そこに書いてある状況を確認しなければならなかったことと、飲み会続きで年賀状を確認する時間がなかったためである。

電話したところ、とりあえず東京で会うことになった。沖縄までは少し無理、京都も様子を見てからと思った。M氏は僕よりも15歳上である。電話をしていて、「僕にとっても、最大15年程度しか自由になる時間がないのか」と思った。というのも、M氏は10年ほど前にはすこぶる元気だったし、そのさらに10年ほど前は健康的に何の問題もなかったと記憶している。

このことを考えると、老人になれば好きなように生きなければならない。

両親の介護は、ある意味割り切りだろう。両親がしっかりしているうちに、「どこまで面倒をみればいい」「延命治療は」など、確認しておくのが大切だと思う。

仕事が好きなら、老害にならないように仕事をすればいい。「老害にならないように」というのがポイントで、今の政府の「人生100年政策」は、すべての老人が老害にならないとの前提で議論している。これが不思議である。議員として老害を意識したことがないのかもしれないが。

この意味で、孫の問題は付け足しである。子供が近くに住んでいて、「子供(老人達にとっての孫)の昼間を世話して」と言われるのなら、それは是々非々で判断すればいい。

たとえ面倒をみたとしても自分たちが長期間旅行に行くのなら、「この期間はあんたらでちゃんとしろ」と言わないといけない。そうでないと、子供や親も、さらには孫の負担もかかってくる。そんな老後を誰も(もちろん僕も)望むはずもない。

とはいえ、近所に喜んで(本音を聞いたことはないが)孫の面倒を見ている爺さん婆さん(という年齢なのかな)がいる。それが生きがいなのだと、僕は感じている。

要するに、老人が好きな生き方をするのが前提である。子供が都会にいるのなら、地方に住んでいる老人としての選択肢が限定される。地方が活性化するのなら、老人の生き方の選択肢(子供の近くに転居するとか)が広がる、そう思った次第である。

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