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池上彰氏のベトナム戦争論の欠陥

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南シナ海を漂流するボートピープル 1987年5月
出典: 国連UNHCR協会

古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

【まとめ】

・池上氏記事は北ベトナムのフィクションに沿い欠陥とミス多し。

・ベトナム戦争の本質は民族独立闘争と共産主義革命。

・池上氏認識は誤り。「報道の自由」が一方に偏った戦争だった。

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されないことがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=42140でお読みください。】

多方面で活躍するジャーナリストの池上彰氏がベトナム戦争について長文の記事を書いていた。日本経済新聞9月17日朝刊だった。「池上彰の現代史を歩く」という見出しがついていた。ほぼ1ページ全体にわたる大きな記事である。

池上氏がなにをどう書こうが、自由なことは当然である。だがベトナム戦争となると、私はある程度、真剣な関心を向けざるをえない。ベトナム戦争を現地にあって、実際に報道した体験が長かったからだ。戦地となった南ベトナムに4年近く滞在した。その後もベトナム戦争の後に続いた共産主義革命の進展や国内での弾圧、多数の住民の国外脱出などを報道した。戦争の一方の当事者のアメリカ側の実態も長く追った。

そんな自分の体験によって認識した事実に照らして、池上氏のベトナム戦争記事にはおかしな点が多々あった。間違い、欠陥、ゆがみだといえよう。どうやら池上氏にはベトナム戦争の実際の取材の体験はなく、戦争が終わって40年以上も経った、いまの時期にベトナムを訪れ、政府当事者の案内で「取材」らしきことをしたようだ。

写真)湿地帯で負傷兵を運ぶ米兵(1969年 ベトナム)
出典)The U.S. National Archives

池上氏のベトナム戦争についての記事の間違いやゆがみは以下の諸点である。

(1)池上氏はベトナム戦争の本質について、その原因はベトナムの南北分断であり、「東西冷戦の米ソ対立を背景にした戦争」だとか「分断の背景はドイツや朝鮮半島と同じ東西冷戦です」と書く。

 しかし現実にはベトナム戦争の本質はフランス植民地支配に対するベトナム民族の独立闘争であり、同時にその闘争が共産主義革命でもあった。1954年にはベトナム独立闘争勢力がフランス軍に勝ち、ジュネーブ平和協定で当面の南北分断が決まった。独立闘争の主役は一貫して北ベトナムに本拠をおくベトナム共産党(闘争中は共産主義を隠すためにベトナム労働党など別称をも使用)だった。

 ジュネーブ協定ではその2年後の1956年に北のベトナム民主共和国と南のベトナム共和国が一緒になり、全土での選挙を催すことを決めていたが、同協定に参加しなかったベトナム共和国(南ベトナム)は応じなかった。北ベトナムはこの状況に対して軍事力で南ベトナムを滅ぼすことを決め、攻撃を始めた。だからベトナム戦争は共産主義の北ベトナムが非共産主義の南ベトナムを軍事力で攻め、粉砕した戦争だった。米軍はその南ベトナムから要請され介入した。

 池上氏の記事はこの戦争の本質に触れず、もっぱら「東西冷戦の米ソ対立」に戦争の原因を帰していた。独立闘争という点ではドイツや朝鮮半島とは異なるのだ。また北ベトナムに兵員まで送って支援した中国の役割にまったく触れていない。

(2)池上氏の記事は南ベトナム領内での米軍と南ベトナム政府の敵は南ベトナム解放戦線(解放戦線)があくまで主体だったように描いていた。 

しかし現実には南領内での戦争を実行したのは一貫して北ベトナムだった。ベトナム共産党が一党支配した国家である北ベトナムが総力をあげて南ベトナムの武力制覇を目指し、それを阻もうとした米軍、南軍と戦った。その過程では北ベトナムは偽装のために南の解放戦線を結成し、自国は南に軍事介入をしていないという歴史的な大フィクションを組み立てた。もちろん南にも南政府に反抗した人たちはいたが、あくまで主役は北ベトナムであり、北のベトナム人民軍の将兵が肩章を捨てて南下し、戦争の主役となっていた。池上氏の記事はこのフィクションに沿った部分が多いのだ。

池上氏は「北ベトナムは南に物資を運び、解放戦線を支援していた」とだけ書いているが、大きな間違いである。北ベトナムは正規軍師団を戦車や大砲とともに多数、南ベトナム領内に展開し、実際に攻撃を重ねた。池上氏は「米軍がジャングルでの解放戦線との戦いに苦戦した」と、ジャングル戦やゲリラ戦だけがベトナム戦争の戦闘であったかのように書くが、とんでもない。米軍にとっても主要な戦争はみな北の人民軍との正規戦だった

私は北ベトナム軍による1972年の春季大攻勢、1975年の南粉砕大攻勢の両軍事作戦を現地でみたが、北はいずれも一個師団約1万人の正規歩兵師団を10数以上も南ベトナムに投入しての大戦争だった。

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