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複雑化した世界の中にあるシンプルな生き方

夏の間、アリたちは冬の間の食料を貯めるために働き続け、キリギリスは歌を歌って遊びほうけ、せっせと食べ物を運ぶアリを横目に昼寝を楽しんでいた。冬のある日、アリたちが夏の間に働いて貯めた穀物を干していると、すきっ腹を抱えたキリギリスが通りかかり、食べ物を恵んでくれないかと頼む。アリたちはキリギリスに、どうして夏の間に食べ物をためておかなかったのかと尋ねる。キリギリスが「毎日歌うことに忙しかった」と答えると、アリたちは「夏には歌っていたんだから、冬も踊って過ごしたらどうだ?」と笑い、キリギリスは餓死する。

EUの欧州委員会は23日、ユーロ圏の2012年の実質成長率がマイナス0.3%になるとの予測を発表した。ギリシャを発端とする欧州債務危機の影響がユーロ圏の実態経済を押し下げ、欧州委員会は17カ国のうち8カ国がマイナス成長になると予測した。ギリシャはEU加入時に粉飾決済をしていたのを始めとして数々のずさんな実態が明らかになっただけでなく、財政赤字の削減で実績を出せなかった放漫体質を持つ。現代ではキリギリスのようなギリシャを餓死することから守るために、今まで必死に働き、せっせと貯蓄をしていたドイツを中心とした支援国が巨額の資金を提供している。

世界中で緩和策が打ち出され、巨額のマネーが市場に溢れている。外国為替市場ではドル円が80円台で推移し、景気回復の足枷だった超円高がわずかに修正されている。だけどこうした流れが長期的に継続するかどうかは分からないし、何より世界経済の回復は依然として不透明なままだ。

企業はこれまでの円高に対して手をこまねいたわけではなく、必死に解決策を打ち出している。研究開発や工場のマザー機能を海外に移転する日本企業も増加し続けているし、日本に拠点を置く外資系企業も一部業務をアジアに移転する動きが加速している。2011年の対日直接投資は撤退など流出額が新規進出など流入額を1832億円上回った。2年連続の流出超過で、金額は実質的に過去最大だ。低成長と円高・高税率が背景にあるのは間違いないし、ここに追い討ちをかけるような形で電力不足への懸念が浮上し、新規の進出計画を立てづらい面もあるようだ。

外資系金融機関は日本拠点の人員削減に動き続けている。リーマンショック後、クローズしていた人材雇用を全体で10%程度回復させた分、欧州債務問題により削減しているような形だ。さらに円高や東日本大震災の影響を受けて、日本のビジネスに直接影響をきたさない部署や部門を閉鎖したり、海外に拠点を移している。外資系企業では生き残りに必死で、従来以上に企業間格差が顕著になってきている。

ちまたでは外資というだけで、ハゲタカだの、カネの亡者だのと言われ蔑まれている。だけど現状の外資系社員は過去最大と言ってもいいほどの解雇リスクと戦い、リスクに見合わない給料で働いている。金融緩和の影響を受けて巨額のマネーを動かしていた2000年代前半の報酬とは比較にならないのだ。一般的に市場部門においては、トレーダーが自己売買を行なったり、セールス経由で儲けた利益を分配する形で多くの社員の給料を支払っている。当然利益と直接対峙するトレーダーが儲けも多く、リスクも高いことになるわけだけど、金融規制の影響を受けて、ある商品ビジネスを売買することが不可能になれば、その商品に関わるすべての人材は、優劣に関係なく必要がなくなってしまう。

さらに継続しているビジネスにおいても、活用できるアセットは制限されていて、当然ながら利益も縮小している。基本給が低く、解雇リスクが高い外資系サラリーマンにとっては、ボーナスが減らされることを意味し、死活問題なわけである。また企業単位で利益が落ちているために、個人で昔と同じような成績を残したとしても、同じような報酬は得られないのだ。グローバル資本主義の象徴のような存在であり、アメリカンドリームを匂わせた投資銀行はすっかり社会主義的な組織へとその姿を変えてしまった。

規制などの影響により、組織内で個人の自由が奪われ、力が衰えてくると、タイトルや年齢といった権力は強大になるのは歴史が証明している。今まではボス猿に大量に食料やメス猿を提供していた勇猛なサル達は、その数も多いために重宝され、横柄な態度で友達のようにボス猿に接しても何のお咎めもないばかりか、ボス猿も腰を低くして対応していたのにも関わらず、勇猛なサルが数を減らし、反乱の可能性が減ったとみるや、ボス猿は手のひらを返したように、従来と変わらない分け前を提供するサルに対しても、報酬を少なくしているのだ。

多くの投資銀行では従業員に賞与の大幅削減を言い渡し、現金支給額に上限を設けている。今まで以上にストックオプションの一種であるRSU(譲渡制限付き自社株取得権)の割合が増加することになるだろう。その分基本給を若干増やすような待遇を行なうのがリーマンショック以降当たり前になっているけれど、これでは解雇リスクの高い社員にとっては、社畜どころの騒ぎではない。

またこれまでは数多くの外資系金融機関が日本に進出していて、キャリアパスを描きやすかった面も無視できない。米系投資銀行から欧州系に、そして結果をだせば大手米系ないしは欧州系、だせなければさらに規模の小さな機関に移るといった策を使い続ければなんとかやっていけたのだ。もはやそれは過去の話になってしまい、現状の機関で負ければ道が塞がれてしまう人もいるだろう。世間は光の面にだけスポットを当てて、もてはやしたり、執拗に叩いたりするけれど、現状はなかなか厳しい。

高度化した社会では、人々に今まで以上の技術力や創造力、そして卓越した知識力を要求するけれど、きっと人々の生き方はこれからも変わらない。それは「雇われる」か「雇われない」かという方法だけだ。「雇われる」の中も細分化されて、サラリーマンのようにリスクを取って働くか、公務員のようにリスクを極限まで減らした働き方をするかなどの選択肢はあるのだろうけれど、基本的にはこの2つだけだ。

高度経済成長の時代は、会社と国家に依存しながら、世の中のリアルを知らずに暮らしていくことができたけど、これからは常に会社と国家の変遷を見極めながら、生き残る方法を見つけなくてはならない。M&Aも活発化し、海外法人で働くことも当たり前になってきているから、働く方法はシンプルだけど、働く場所や働き方は多種多様だ。

世界中の空気が閉塞感に覆われていて、失業者は大量に溢れ、まだまだ希望は失われたままのように見えるけれど、亀のように甲羅の中に身を潜めることは出来ないし、政治や社会を声高に非難したところで何もはじまらない。僕達は競争から逃げることなく、自分にあった働き方を選択し、幸福を勝取らねばならないのだ。自由や希望は与えられるものではなくて、自分の手でつかみとるものなのだから。

参考文献

僕は君たちに武器を配りたい 画像を見る

競争の作法 いかに働き、投資するか (ちくま新書) 画像を見る

フォールト・ラインズ 「大断層」が金融危機を再び招く

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