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「街」を歩き、声を聴く――『沖縄アンダーグラウンド』(講談社)刊行記念対談 - 岸政彦×藤井誠二

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「問われながら、出す」という難しさ

藤井 戦後の週刊誌や新聞をかなり読んだのですが、それにしても昔の沖縄の週刊誌や新聞って、売春女性に対する書き方とか、離島や奄美から来た人たちに対する書き方が差別的ですごくひどいじゃないですか。

 ひどいひどい。「堕ちた女」みたいな。60年代だと、朝日新聞でも相当ひどいですよ。とくに「水商売の女性」に対する偏見が半端じゃないです。当時の新聞を調べていると、殺人事件の犯人が逮捕されたという記事に、犯人は「やはりスナックの女」っていう見出しが付いてたりする。あと、60年代の沖縄タイムスの記事を大量に集めていて、それもまた本になる予定なんですが、事件もハードなら記事もハードです。

藤井 そうそう。「辻パンパン座談会」みたいなタイトルを平気でつけている。言葉づかいふくめて、蔑視がすごい。いま読むとひどい記事なのだけど、当時の沖縄のリアルがよく見える。そういう資料は慎重に読みながら取材は進めていきました。

 開き直ったらいけないと思うんですよね。やっぱりマジョリティの側から入っていくので、そこは土足で入っていってはいけない、ということは常に問われるんです。

でも、問われながら、ぼくたちはデータや事実を集めて蓄積する。沖縄のひとに「なりかわって」語ることはできないけど、立場を問われながらも、それでも地道に調査してデータを集めるんです。そういうかたちで結果を出さないといけない。

藤井 「問われながら出す」って難しいですね。議論で問われるというよりも、意識や身体感覚として問われるということ?

 もちろんそうですよ。私自身はそういうことを「直接」言われたことはほとんどありませんが、いつも沖縄の空気のなかで痛感しています。

藤井 ヤマトンチュを受け付けないようなバリアみたいな抵抗感を、ちょっと深く分け入れば、絶対にマジョリティの側として感じるものがあると思う。普通に観光しているだけじゃわからないと思いますが、逆にそれを感じない観察者だったり取材者だったらマジョリティとしての意識がなさすぎる。というより、記者や調査、研究をする者として沖縄と向き合ったときに鈍感すぎます。

 当事者と非当事者って、議論が袋小路なんです。結局、超えられるの、超えられないの? どっちなんって。当事者と非当事者という立場の差は、固定しているわけじゃないという議論があり、また同時に、当事者と非当事者の壁は乗り越えられないんだよという議論がある。こういう話がずっと続いていて、まったく前に進んでいない感じがする。

だけど思うのは、そういう議論は「前に進む」ような種類のものじゃないんです。当事者か当事者じゃないかという壁は絶対に乗り越えられない。もう答えは出てる。ぼくは一生ウチナンチュにはなれない。

だけど、ナイチャーであることが問題になる状況と、それほど問題にはされない状況がある。ちゃんとした「仕事」をしてるひとは、この沖縄にも居場所が見つかるんじゃないかなと思います。

藤井 なるほど。仕事というのは、沖縄に何らかを還元しているか、していないかってこと?

 還元かなぁ。ちゃんと沖縄に関わって仕事しているって感じ。藤井さんもそうですけど。「問われながらも関わる」ことができるかどうか、ですかね。どう言ったらいいのか、難しいですけど。

藤井 ぼくは一ライターですが、もちろん沖縄の役に立ちたいという気持ちはあります。仕事場をかまえているぐらいだから、いまでも沖縄は好きです。でも、当事者か非当事者かでいったら非当事者に決まっているし、取材者が当事者になることはめったにないことだと思う。ぼくはそのグレーゾーンみたいなところを動き回っていたいという、ずるい立場かな。

 ぼくはあくまでもマジョリティの側だなというのが譲れないところなんですよね。開き直れないんです。

あるとき、東京から移住して沖縄で頑張っている平和ガイドの方が、学生の前とかで、「わずかなお金であの美ら海を売り飛ばした沖縄の人には反省してもらいたい」って言った。辺野古の埋め立て受け入れの話ね。ぼくは結構怒りました。怒ったというか、なんか傷ついたというか。ナイチャーとして。

政治的立場に寄らず、そういう視点が出てくるんじゃないかな、ナイチャーというのは。当事者性関係なしに、政治的意識だけあって、本人は良心的で、心から沖縄のためを思って言ってるんだけど、とても乱暴な言い方だと思った。

その方も現場では貢献しているんだけど。でも当事者、非当事者という意識がないと、そういう発言をしてしまうんだと。

藤井 内地からきた活動家たちが、沖縄はいまたいへんな時期なんだからもっとがんばって反対してくださいって演説している風景をたまに見るけど、それをどういう思いで沖縄の人たちが聞いているのかと思うとね……。

当事者か非当事者か

藤井 とても大事な点ですよね。ある離島で環境保護を訴えているのは内地からきた移住者で、地元の人たちと対立している話をよく聞きます。当事者性と政治性との関連は辺野古や高江の反対運動にもつながっていく問題だと思いますが、岸さんにはそのあたりをつきつめて研究し、議論をしてほしいです。そうとうキツい議論になりそうだけど。

 そういうことを『沖縄アンダーグラウンド』を読んで久しぶりに考えました。そこまでこの街に入りこめた人は、ほかに誰もいなかったわけだし。

藤井 沖縄の恥部を出されたと思う人もいるでしょうね。雑誌に書いた記事に対しては、沖縄では大方は好評でしたが。じつはクラウドファンディングで取材経費集めをやったときに──序章と第一章を無料で読めるようにしましたので──真栄原新町ではたらいていた女性(いまは札幌在住)から連絡があったんです。

よくぞ記録してくれたと言ってもらいました。売春街には沖縄の女性もいれば、内地の女性もいましたし、いまもそうです。真栄原新町や吉原などにいた女性って、自分の履歴書から沖縄での売春生活を抹消して生きていくしかない人が多いから、誰かに話を聞いてほしいというかんじでした。

 そういうことありますよね。ぼくも、語り手の方からお手紙をいただくことがあります。ほんとに背中を押してもらってるなと思います。だからほんとにこの本、久しぶりに自分の仕事を振り返りながら読んだんですよ。俺はなにをやっているんだろうと思いながら。面白かった。一番単純にいったら、一人で入っていくのがかっこいい。

藤井 ぼくは基本的に一人です。データマンは使っていません。こういうナーバスな問題って、何か取材相手とトラブルがあったときに一人で責任が取れるほうがいいです。が、地元の友達のクルマに乗せてもらって、そのまま取材に同席してもらったりとか、けっこうありましたから、感謝しています。

 そういう、取材のときの経費は持ち出しでやるんですか。

藤井 もちろん持ち出しです。9割以上は。最終段階になって経費をクラウドファンディングで集めたりしましたが。

 持ち出しかー、すごいなあ。まあ大学の経費も、最初に教員が立替払いすることが多いですが……(笑)。

ちょっと記述の問題に戻りますけども、例えば、そこで働いている女の子をどう描くのかって、すごく政治的な選択じゃないですか。わかりやすくいうと、かわいそうに描くのと、自己決定したたくましい主体として描くのと、どちらかによりがちなんだけど。

藤井 そこははっきりと決められないですが、沖縄の今回取材した街で「自己決定」という言葉はあまり思いつかなかったです。働いていくうちに気持ちも変わるものだし、どれが自分の「意思」なのかわからなくなっていく感覚といったらいいんでしょうか。

街ではたらいていた女性の呼称をどうするのか、でもいろいろな人に相談しました。たとえば、「売春婦」と書くのか、「売春」か「売買春」と書くのかとか、いろんな人の意見を聞いて考えました。どれも一番ぴったりとは思わない。今でも結論は正直出ていないです。

ぼくはたくさんの──とはいっても何百人と取材したわけではないので分母が少ないという問題はありますが──街の女性に会ってきました。売春をやりながら、お金を貯めている子もいるし、ずぶずぶとやめたいのにやめられない子もいたし、沖縄の子も内地の子もいた。人身売買みたにして沈められた子も少なくない。

沖縄の女性でいうと、ほぼ間違いなく借金づけになっていて、夫のDVがあった。一回、意に沿わないかたちで裏性風俗に落ちたら、彼女たちの借金をする相手が同業者やヤクザみたいなやつになる。身内から借りられない。お互い保証人になりあって転落していく。最初は昼間の仕事をしていたけど、だんだんそうなっていくパターンが多かった。

そこも従来的に言われる「ゆいまーる(助け合い)」的な沖縄のイメージとは違う世界がありました。今でこそ沖縄の子どもたちの貧困率が日本一だということが問題化してきましたが、街の存在や裏性風俗はそことも直結していました。

 貧困から押し出されて、親族から排除されて、社会的排除になって、どんどん売春の方に追いやられる。一連の過酷なシステムが、世界中どこでもあるんだけど、沖縄の経済的に厳しい状況だと露骨に出てきますね。

藤井さんが女性を描くときは、すごく淡々と描いている。それってめっちゃ取材しているからなんです。取材を重ねていくと、実はどんどん自由に書けなくなっていくんですね。ああいう形でしか書けない、というところまでいく。自分のもっている部分がどんどんはぎ落されていって、こういうことが起こったんだよということしか言えなくなる。

沖縄アンダーグラウンド 売春街を生きた者たち
沖縄アンダーグラウンド 売春街を生きた者たち書籍
価格 ¥ 2,160
作者 藤井 誠二
発行 講談社
発売日 2018年9月6日
カテゴリー 単行本(ソフトカバー)
ページ数 347
ISBN 4065128277
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