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「街」を歩き、声を聴く――『沖縄アンダーグラウンド』(講談社)刊行記念対談 - 岸政彦×藤井誠二

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2010年以降、沖縄の売春街が「浄化運動」によって消滅した。『沖縄アンダーグラウンド──売春街を生きた者たち』(講談社)は、沖縄の売春街で長年取材をしてきた藤井誠二氏によるルポルタージュだ。売春に従事する女性、ヤクザ、風俗経営者たちに綿密な取材をおこない、失われた売春街を描き出した。

刊行を記念し、『はじめての沖縄(よりみちパン! セ)』(新曜社)の著者であり、沖縄で聞き取り調査を続けている社会学者・岸政彦氏との対談をお送りする。

タクシードライバーが道案内役に

 取材相手の連絡先はどうやって調べたのですか。

藤井 起点や幹になる人を数年かけてつくっていきました。一つは本書に頻繁に登場する「タクシードライバー大城」や、裏性風俗業界の元締めみたいな人、それから沖縄の裏社会に詳しい地元紙の記者、夜の世界に精通しているスナックのママさん、夜間保育所の経営者等、そういう人たちから枝のように取材対象を広げていきました。

電話番号がわかれば電話をかけ、手紙のほうが効果的だなと思えば手紙をしたため、直に会いに行った方がいいなと判断すれば直に行きました。連絡がつきそうだとわかったら、相手の気が変わらないうちに即行動することを心がけていました。

みなさん、携帯の番号がよく変わったりするし、二度目に会いに行こうとしたら、もうそこにはいなくて行方不明だとか、警察に留置されたりしていることもありました。約束した場所に行って何時間経っても来ない、電話しても通じないなんて当り前でした。

岸 「タクシードライバー大城」さんとは偶然会ったんですか。

藤井 「タクシードライバー大城」はこの本のキーパーソンです。沖縄に通い始めた頃に、泥酔してホテルまで帰ろうとして乗ったタクシーのドライバーが彼でした。そのときに初めて宜野湾の真栄原新町に連れていかれ、沖縄の風俗の実情の話をいろいろ聞かせてくれた。

その後、しばらくあとにたまたま乗ったタクシーが同じ人だった。それ以来、連絡先を交換して、沖縄に行くたびに案内役をお願いしてあちこちをまわってもらったり、人を紹介してもらうようになりました。停まって話すと彼の売り上げにならないから、のろのろと走りながら取材しました。だからタクシー代をずいぶん使いました(笑)。

彼は那覇市内の生まれで1950年代に十代だった。彼のアメリカ施政下での昔語りを聞いたりするだけでもおもしろかった。その上、彼は性風俗街、沖縄では社交街とか特飲街と言いますが、その街で何十年も仕事をしているから人脈がすごい。

吉原や真栄原新町とか、辻とか、そういうところで何人か女の子を束ねる人が「連れ出しスナック」みたいなお店をしているのだけど、ダイレクトにヤマトンチュが行っても相手にしてもらえない。沖縄の人でもよほど知り合いでもない限り入店拒否される。知り合いや親族にばったり会う確率が沖縄は高いですから。だけど、その「タクシードライバー大城」の紹介だと歓迎してくれた。

売春をしている女性たちも直で取材をお願いするのでなく、彼のような何人かの「街の人」に間に入ってもらいました。そうやって、取材者としてのぼくの信用性みたいなものがちょっとずつ担保されていったかんじです。時間がかかりました。気の長いやり方ですよね。でも一人つながるとどんどん数珠つなぎで何人もの人と連絡がつくようになる。

真栄原新町と吉原が「浄化」されてゴーストタウン化したあとは、デリヘルみたいな派遣型か、他の那覇市内の社交街に女の子が流れました。今も那覇市内で営業している「ちょんの間」にひたすら足を運んで、女性たちに声をかけまくって、協力者をさがしました。ローラー作戦です。一軒ずつ顔を出して酒を飲んで、これぞと思った相手に声をかけて話を聞いてもらって、上がり込んで、朝まで話を聞いたり、酒を飲みに行ったりするようになった。

本に出てくる覚せい剤を打たれた「ユリ」さんは、そうやって知り合いました。規模の大きい社交街では表向きは普通のスナックがデリヘルの待機所を兼ねていることが多くて、連れ出しもできるし、飲むだけも可能。暇な女の子とだらだらとしゃべっているうちに、取材させてよという交渉に持っていきました。

親しくなれば、匿名ならばいいよという子は少なくなかった。仕事が終わったあとどっかにごはん食べに行ったり、1時間1万円ぐらいで拘束代金を払ってインタビューをしました。営業時間中は彼女たちの時間をただでもらうわけにはいきませんから。ずいぶんオカネをつかいましたね。

岸 すごいなぁ、ほんとすごいですね。すごい取材だな……。

藤井 インタビューは夜中にすることが多かったですから、与儀のスナックでインタビューして、いまは取り壊された農連市場のなかを酔ってふらふらになって帰ったこともありました。酒でふらふらしているのか、相手の壮絶な人生を聞いてアタマがくらくらしているのかわからない状態で。市場の中をトローリーが走り回っていて、ひかれそうになったこともあります(笑)。

>藤井誠二氏

街の人々が語りだしたとき

岸 街がつぶれたというシーンから本が始まる。つぶされた街を人々の語りから再構成しようという思いはいつごろからあったのですか。

藤井 沖縄に仕事場を構えて十数年経ちますが、そのさらに二〇年以上前から通ってきました。「タクシードライバー大城」と知り合い、沖縄の「社交街」で飲むことがすごく増えたんです。売春しているデートクラブで飲んでいるうちに、知り合いができてきて、ハンバーガーや差し入れを持って行ったりしていました。姉妹で売春している子や、親子で売春している子がいて、びっくりしてしまった。

岸 その時から本にする計画があったんですか?

藤井 そのときはまだなかったんですが、これは聴き取っておきたいなという気持ちは、職業柄ありました。でもとてもそんなことを切り出せないという空気もありましたし、ぼくの職業は明かしていましたから、「取材は嫌よ」という感じでした。でも、「浄化運動」のころから皆さんの態度が変わってきたんです。

岸 遊びに行っているとき、こんな街が長く続くわけないと思いましたか。

藤井 それは考えなかったです。どの都市にもこういう街があって、「違法」というかたちでも細々と生き長らえていくのではないかと漠然と思っていましたし、根強い「浄化運動」があることも知りませんでした。警察の手入れがときおりあることは知っていました。しかし、だんだんと行く回数が減り、間が空くようになると、街の変化に気づくようにはなりました。が、官民一体になった浄化運動が一気に進むとは思ってなかったですね。

 終わりかけのところをまさに目撃したんですね。

藤井 「タクシードライバー大城」から「街がたいへんなことになっているよ」と電話がかかってきたんです。皮肉な話ですが、街で生きる人たちがそれを機に口を開きだした。それを講談社のノンフィクション雑誌「G2」(休刊)で一回書いて、そのコピーを鞄にいつも20部くらい入れて、脈がありそうなところをまわって配り歩きました。

名刺を持って行って口で説明しても信用されないじゃないですか。内地から興味本位で来たんだろ、どうせって思われるだけ。だから、これを読んでほしいと名刺と記事のコピーを手渡すことをひたすら繰り返すと、起点になる人があらわれて、いくつかの糸がつながっていった。

スナックのママが元売春女性へのインタビューに同席してくれたり、取材を受けたくない人には替わりに聞いてくれたりとか。いろいろな無理をお願いすることもできました。こういうノンフィクションの題材はどうしても匿名になってしまうので、話をつくったと思われたくないし、正直に取材方法や軌跡を開示する手法で書きました。

岸 取材方法までかなり書き込んでましたよね。そういうこと端折る人普通は多いです。そこが面白かったんですよ。ものすごく立体的やなと思った。かつその構造が複雑。取材相手にアプローチするときの「語り」が生まれる瞬間が書いてあって。

ぼくがやっている調査はもっと街の人というか、普通の人たちの話を聞きたいと思っているんですが、共通するような「こういうことってあるよね」というのがあった。そのあたりがリアルでした。

たとえば、本書では「タクシードライバー大城」の生活史を聞きたいなと思いました。読んでいて、「タクシードライバー大城」ってかっこいいなって、映画みたいに読んでいた。藤井誠二という探偵作家が現場に入っていって、いろんな人に出会うわけ。ちょっとずつちょっとずつ、色んなことがわかってくるときに、サブの登場人物なんだけど、「タクシードライバー大城」がいる。あと、性風俗を仕切っている人が、藤井さんを闇に覆われた吉原のマンションの屋上で待っているところとか。そこから吉原の街全体を見渡せる。そういうところのディテールがすごく面白くて。

岸政彦氏

「ヤマト」の物書きが街に分け入っていくとき

藤井 性風俗を仕切っている彼は沖縄の裏社会に関わって生きてきた人だから、ぼくと会うのは避けたいのだけど、つぶされてしまったこの街の記録を残してほしいという思いが勝ったみたいで、何度も会ってくれたんです。自分たちが生きた証を書いておいてくれという意識が強い人でした。彼から紹介してもらった方は多くて、今回の取材は「間」に入る人が重要だってことを痛感しました。

岸 そうそう、それが面白かったです。

藤井 この手のネタでよくありがちなのは、店に行って女を買って、ちょっとのトークと妄想だけで一丁上がりみたいな文章です。名前は出しませんが、有名な「無頼」系の作家さんとか。沖縄の女の子に幻想を持ちすぎていて、そこを過剰に膨らませて書くパターンがとっても多かった気がする。そんなやり方ではきちんと取材できるわけがないんです。15分や20分できちんとコミュニケーション取れるはずがないと思う。向こうにしてみれば、そういうときは客との営業トークにすぎないんですから。

岸 客にする話しかしないわけですよね。

藤井 そうです。その辺は確実に一線を引いて、仲介者にはぼくの取材の意図をわかってほしいので、仲介者との関係づくりに時間を費やしました。「客」になってはいけないと。客になってしまうと、仲介者のぼくに対する目が変わってしまいます。

岸 記事のコピーを切り取った、みたいなディテールとか、どっちかというと仲介者の話が面白かったんです。そういう人と出会っていくこと自体が一つの物語になっていて。

沖縄って、ぼくもわりと苦労してるんですけど、やっぱり共同体社会で、よそ者はなかなか入れないじゃないですか。ぼくにとっては、沖縄にどれくらい入れてるかって、ひとつの基準なんです。それができている人は無条件に尊敬するんですよ。苦労がわかる。

藤井 性風俗の社会にも共同体はあるけど、彼らは沖縄の中ではアウトローというか、沖縄の表の共同体からはじき出された人たちだったから、ぼくみたいに「外側」から行った人間に対してもちろん警戒はするけど、紹介者から糸が広がっていくと協力的な人たちが次々に出てきた印象です。でも、紹介者がぼくを首実検にかけるというか、信用できるやつかどうか、いろいろなやつに会わせて試すんです。

たとえば前島あたりのヤクザの事務所がすぐ近くにある、昔のインベーダーゲームの机が置いてあるスナックに連れていかれて、なんか嫌な雰囲気だなあと思っていると、そこはその筋の関係者がやっているスナックだったりする。そこにその紹介者の仲間が何人か飲んでいるわけ。ぼくがその場でどういうふるまいをするのか、たぶん見ている。

そういうところで朝まで飲んで、最後は酔っぱらってよくわからなくなるけど、いちおう友達みたいになっている。勘定はぼくがまとめて払いますが、ぼったくりもない。そういうところで岸さんのおっしゃったような、自分たちの領域へどういうふうにこのヤマトの物書きは入っていくのが試されているんですよね。そういう飲み会みたいなのは本当によく繰り返しました。

でも逆に、沖縄の女性の知識人系の方からは、半年先まで忙しいという理由で何度か断られ続けられたこともあります。でもその女性は三大紙の女性記者の取材は受けたりしてた(笑)。ヤマトからきたオッサン記者というだけで、もう拒絶だと思うんです。これは過去にエロ目線だけで沖縄のアンダーグラウンドを消費してきたことの反動だと思いました。

「街」をインタビューする

岸 一人ひとりも面白いけど、どちらかというと「街」そのものが主人公ですよね。街が主人公で、街をどう描くのかというときに、街って構造みたいなものがあって。たとえばそこに住んでいる人、一人だけに話を聞いて描けるものじゃない。

だから、吉原でも栄町でも、群像劇が描けてるなと思う。そこで体を売ってる女の子何人かだけに聞いてインタビューしたら、けっこう薄い話になってしまうんですよね。で、それをカバーするときについつい話を盛ってしまうわけでしょう、普通は。それでどうやって盛るかというと、沖縄の女性の濃密な情念が、みたいな感じになるんですよね(笑)。亜熱帯の島の闇が! みたいな。ぼくね、それ取材が薄いと思うんですね、ああいうのってたぶん。

藤井 沖縄イメージみたいなものを盛るだけで書けちゃうから。

ぼくは、とにかく歩きました。店では必ず酒を飲むから徘徊みたくなってくる。町の中を回遊しながら、一人でもたくさんの人に声をかけて、取材させてもらえるかどうかお願いしました。長時間聞き取りをしたケースもあるし、もちろんちょっと時間だけ取材ということもありましたが、同じ街を歩き回っていると、「この前も来てたねえ」ということになって、また話を聞いたり。そういうことを繰り返していくと、イメージで盛る必要がなくなってくるというか、「量」で凌駕するかんじでしょうか。

単行本にする際に、第1稿から10万字ぐらい落としましたから。取材した「量」はたっぷりあった。ぼくは机でじっと考えるのが苦手なので、町を歩いて同じ風景の中を歩いているほうが身体で考えるというか、自問自答もできます。

そういえば、岸さんも歩くのが好きですよね? フェイスブックを拝見していると、何時間も大阪の街を散歩したりしておられるし、沖縄で飲んだときもとつぜん「ちょっと歩いてきますわ」って言って一時間ぐらい行方不明になって、ぼくらが次の店に移動すると、その店にあらわれてた(笑)。

岸 なんかじっと座ってられないんですよ(笑)。まあ、社会学者のなかでは、よく聞き取り調査してるほうだと思いますが、ぼくなんかまだまだです。

藤 岸さんは生活史の聞き取りとか、とてもセンシティブな話を長時間にわたって聞き取りをされることが多いわけですが、一日に何人ぐらいされますか。ぼくはどうしても一日のうちに詰め込まないといけないときはありますが、やはり長時間のディープな取材は一日に一人(一組)がいいです。それが限界。終わった後はもうその場から遠ざかるためにひたすら歩いて、なぜか、わざと行き当たりばったりの居酒屋とかに入ってひとりでじっと酒飲みます。誰とも話したくないかんじです。

岸 いやもう、ぼくも一日におひとりですね。それが限界。できれば前後に休みをとって、三日におひとりがちょうどいいぐらいです。話を聞くのって、ほんとうに消耗します。

藤井 岸さんはどういうタイミングでインタビューを終わらせるんですか。聞き取りのときって、たいがいエンドレスに話が続くじゃないですか。でもどっかで止めなきゃなんない。そのタイミングってふだんから意識してることはありますか。

岸 話が続くかぎりずっと聞きますね。まあ、基本的には生活史を聞き取りするのが好きだし、とくに沖縄の歴史的なことがテーマだと、いくらでも聞きます。

でも経験的には、ひとりの方の生い立ちから今にいたるまでをざっと聞いて、だいたいいつも 1時間半から、長くて3時間ですね。それを過ぎるとお互いに疲れてくる。特にぼくは高齢者の方が多いので、気を使うこともあります。

藤井 わかります、その感覚。ぼくはだいたい一時間半から二時間が限度です。

岸 人間の生体時計のくぎりみたいなものかもしれないですね。だから、スナックで朝までって、素朴にすごいなと。

藤井 一軒じゃなくて、はしごしますからね。酔っぱらってくるから生体時計が壊れてしまうのかも。そのせいか翌日は何も動けませんが(笑)。 移動しているほうが相手の話も聞けるし、寝床にしているところに連れて行ってもらったりとか、その子と一緒に歩いたりしたほうが、あざとい言い方ですけど、描く「場面」ができるので取材にはプラスになる。相手の動きを観察できますし、移動していくことで引き出していく言葉もあると思います。

でもやっぱり、向かい合って話していると1時間半~2時間たつと、腹は減るし、疲れてくる。そもそもぼくは人と接するのが得意ではないんですよ。「取材」だから人に会える。でも、スナックでだらだらしている話っていうのは、ほとんど使えない話だし、記録もしてないです。「本番」インタビューへの長い助走というか。

岸 ぼくも、人と接するのが苦手なのもあるんだけど。聞くのって喋るより大変じゃないですか。

藤井 わかります。インタビューハイみたいな状態になることも一瞬はありますけどね。いちばん気持ちが落ち着くのは、インタビューを終えた帰り道ですね。

戦後の沖縄を知る上で必読書になる

藤井 あ、話を戻します(笑)。過去に同じテーマで書かれたノンフィクション的な記事はだいたい、岸さんがいま、おっしゃった感じでした。ですが、時間をかけて、こっちも心身すり減らして取材しないと見えないもの、感じられないものってありますよね。社交街=売買春街という「街」の中だけで生きてきた人がほとんどで、外側と切れているかんじの人たちだったから、彼らの「語り」は街がどうやって呼吸してきたかと同調すると思ったのです。

岸 今回の藤井さんの『沖縄アンダーグラウンド』を読んで、これは名著だと思いました。戦後の沖縄を語る上で絶対必読書になるやろうと読みながら思ったんです。取材をどうやるかというプロセスもふくめて、再帰的にフレキシブルに書いてあるのが、それ自体が街のストーリーになってるじゃないですか。

取材対象の人びとも、その間に入っている人たちも、みんな街の一部やから。もう、藤井さんが「街に入った」ってことがすごく伝わるんですよ。この本から。単発で行って誰かに会って、っていう「ワンショットサーベイ」じゃなくて、藤井さんが何年もかけて街全体とかかわったんだなということがすごくわかるんですよ。街全体とかかわっていることが悔しいぐらいです、ぼくにはできない。

藤井 恐縮です。街の中の自分の足跡を淡々と書いていくことで、自然と再帰的になるのではないかと。取材の方法そのものが、「沖縄」と自分の距離感になるのではないかと思いました。

岸さんの『断片的なものの社会学』(朝日出版社)を読んで思ったのだけど、街の中を漂流していて、交錯するように誰かや何かに出合う時って、やはりそれに対する観察力や想像力がセットじゃないとだめなんだなということです。取材のときに感じた違和感とか、些細な感覚とか、そういうことを大事に持ちながら街を歩いていかなければなと思った。岸さんの観察眼にはかなわないけど。

岸 読んでいて安心したんです。すごい。割と淡々としている文体でしょ。ドラマチックに盛って、沖縄のすばらしさとか、あるいは逆に「闇の部分」を大げさに書いている人って取材足らんねんなと思うんですね。誰とは言わんけど(笑)。そこで盛らんと読みものにならへんからやっている。藤井さんのあの取材力だと盛らんでも淡々と書いているだけでも超面白い。

藤井 「沖縄と娼婦」というキーワードって、ノスタルジックに消費しやすいんです。そこに連綿と続く、アメリカ占領下の歴史との連続性も入ってくるから、よけいにそうなりやすいと思う。でも、とにかく関係者に会いまくって証言を集め、資料や史料を収集していくと、そういう要素がどんどんそげ落ちていく感覚になります。ぼくは那覇に仕事場を持っているので、一つのネタをさがすのに十日間ぐらい夜の街を無駄にほっつき歩くとか、そういうことができたのがよかった。取材の大半が無駄足(笑)。狙いを定めて行くというかんじではできませんでしたから。

岸 昔からずっと思ってて、自分自身も含めてのことなんですが、沖縄を熱く語るインテリのおっさんとか左翼のおっさんがすごい苦手なんです。

沖縄ってめっちゃいいところじゃないですか。あったかいし、独自のものを持っている。政治的にも戦後70年ずっと粘り強く日本政府と闘ってる。そうすると日本社会に対して批判的な意識を持っている人がハマりやすいんですよ。

そもそも、日本のなかで独自のアイデンティティをもっているっていうだけで、それ自体が抵抗ですよね。それでハマって大好きになるけど、そうやって距離がとれなくなる。自分自身もそうなっていたんです。距離の取り方がわからなくなるんですよね。自分自身の勝手な感情を沖縄に投影してしまう。

だから、盛っちゃうんですよね。自分がいかにドラマチックに沖縄と出会ったか。いかに沖縄が素晴らしいところか。あるいは逆に、いかに沖縄の「闇」が濃いか。そういうの全部、沖縄病のナイチャーの、自分勝手なファンタジーだと思う。

特に、沖縄を語るときに手持ちの知識だけで語るとそういう言葉になるんです。藤井さんくらい中にがーっと入り込んでいって、分厚い記述をしていくと盛る必要がないじゃないですか。

藤井 そういう人いますね。ぼくもたまに遭遇しますが、ぼくはだいたい逃げます。(笑)でも、本にも書きましたが、そういう沖縄好きインテリみたいな人というフィルターを通して、ぼくも沖縄を好きになったところがあるので、取材をしながらそんな意識とどう向き合っていくかみたいなことも考えていました。

ぼくは取材者であると同時に、三分の一ぐらいは生活者でもあります。マンションの理事会の役員を二年やっていると、とにかく声がデカくて、女性に発言させない男尊女卑おっさんが何人かいて、他には発言させない状態が続いていた。そのことによって親しい女性の住人の方が何人もできたのだけど、そういう部分と対決しなきゃなんなかったから、「沖縄」と距離感がわからなくなるときがありました。

その経験の影響も多少あるのだろうけど、取材すればするほど沖縄好きである自分と、違和感を感じている自分がぶつかり合いだす。沖縄好きの「好き」の感覚が変わっていくというか。いま岸さんが言った沖縄好きの左翼のおっさんみたいな感覚がぼくにもずっとあったのだけど、取材という非日常的な行為と、マンションの住人という沖縄での日常を行き来していると不思議な感覚になったし、売買春街の「浄化運動」をしている人たちも反基地運動している人も関わっていて、そこはそこで「沖縄」なるものなんです。

沖縄を全部丸ごとなんでもかんでも肯定したり、許容して持ち上げる左翼インテリは、それは沖縄のさまざまなレイヤーを見ていないだけだと思う。自分のイデオロギーに都合のいいところだけを切り取ってるだけではないでしょうか。【次ページにつづく】

沖縄と自分の「距離」をどう考えるのか

藤井 内地から沖縄にある種の「幻想」を持って移住して、たとえば反基地運動に積極的に関わっている方で、その運動以外で、「こんなはずじゃなかった」沖縄を知ったときどうするのか戸惑う場面を何回か見聞きしました。そのときに「こんなはずじゃなかった」沖縄、あるいは沖縄の人に対して何かが言えるのかどうか。多面的な沖縄をどう捉えていくのかということもある。沖縄にもいろいろな政治的立場の人がいて、当り前なんです。

岸 沖縄の方がたは、ぼくたちにネタとか幻想を提供するために生きているわけじゃないですからね……。社会学者は特に、どういう立場で入っていくのかが常に問われます。植民地的な状況があって、植民した側から調査するのは、非常に厳しく問われるので、そのことについて考えざるを得ない。

藤井 岸さんが『はじめの沖縄』(新曜社)のまえがきで、マジョリティの側から沖縄を見るという一線は引いておきたいというようなことを書いていらして、なるほどと思いました。恥ずかしながら、ぼくはそのあたりはつきつめて考えてきたことはなかったのですが、取材で沖縄の深部に手を伸ばしたり、日常のさまざまなところで「沖縄」とぶつかることが続くと、自然に「内地」から来ている自分と沖縄の関係を意識をせざるをえなかった。

「クサレナイチャー」とは言われなかったけど、近い言葉は何度も吐きつけられたことがあるし、ぼくが「ヤマト」から来ているということで「嫌われる」のには理由や歴史があることは自覚せざるをえなかった。ぼくらは「沖縄」を観察しているつもりでいるけど、それ以上に「ヤマトから来た人間」は沖縄の人間から観察されているよ、と沖縄の年配の女性から言われたことかあります。

でも一方で、今回のテーマに出合ったとき、沖縄の人が書けないことだからこそ、自分が向き合うことができるんじゃないかという予感が途中から強くなってきました。沖縄という狭い社会の中で、沖縄の人だと扱いにくいことがある。狭すぎて、たとえば真栄原新町にいたのが誰か特定をされてしまうこともあるから、取材を受ける側は拒否するでしょう。

街の存在自体を「沖縄の恥」だという意識も街の周囲にも強かったし、「浄化運動」している人たちがじっさいにそういう言い方をしていましたから、地元の新聞も基本的にはその運動に同調する記事しか書いていなかった。腫れ物に触るようなかんじです。

だから、「浄化」される側の街の人たちにとっては、「沖縄」を敵にしているようなところがある。だからこそ、その場所に稀人として行って取材して、そこで生きた人たちの語りを記録できるのではないかと。ネタがネタだけにぼくが内地から来たヤマトンチュであることがプラスに働いたことも多かった。ただ、だからこそ暴露主義的ではなく、人々の声や生活を正確に描くことを求められたわけですが。

岸 なるほどね。中の人には言えないですから。外から来た人だから言える。

藤井 真栄原新町の「ちょん間」に父親が女を買いに来ていて、働いている娘とばったり鉢合わせとか、「ちょんの間」の中で急死した男性の家庭が崩壊したとか、そういう笑えない話をたくさん聞きました。沖縄では真栄原新町とか吉原は「特別」なタブー視されているようなところだったのは間違いないと思いました。

しかし、そこは沖縄の「闇」としてとらえてはいけなくて、たしかにアンダーグラウンドだけど、沖縄社会がほんとうは見えているのだけど、見ないようにしている「下層」の社会の断面だと思いました。

そういう話には沖縄では基本、誰も触れたがらない。社交街の歴史や成り立ちについては史料を調べた優れた研究論文がいくつもありましたが──ほとんどが内地から行った研究者のものでした──現在まで続いていた売買春街の内部の話を書いたものはなかった。おおげさに言えば、ぼくが書かなければ、歴史の闇の中に埋もれて、やがて沖縄の人々の記憶からも消え去っていくというものだったと思う。そういう意味では、「浄化運動」を担った人々からはぼくはすごく嫌がられました。

岸 ぼくの最初の本『同化と他者化』(ナカニシヤ出版)は、戦後の本土就職とUターンについて書いたんですが、博士論文を書き直して単著として出版するまでに10年かかりましたね。ぜんぜん踏ん切りがつかなかったんです。ナイチャーとして沖縄のことを、どうやったら書くことができるのか。

いまでも踏ん切りみたいなものはまったくついてないですが、それでも書こうと思ったのは、データが大量に集まってしまったからなんです。毎日沖縄県公文書館とかに通って、実際にインタビューもして。本土就職に関しては、おそらく世界で最も詳しくなってしまった。

そういうときに思ったのは、これはナイチャーが書く権利があるかどうかとか、書くことができるかどうかっていう問題じゃないと。ぼくは「書く義務」を負ったような気がしたんです。書かなければならない。そう思って、やっと本にすることができた。

だからやっぱり、いまでも内地の有名な作家やライターが、ろくに取材もせずに「沖縄の闇が」とか「沖縄の真実の姿が」みたいな感じで大げさに書いてるのみると、許せない。

藤井 ぼくも公文書館とか通いましたし、地元のそういう検索に詳しい友人に調べてもらったりとかしました。けっこう研究者も見ていない米軍が作成した資料とかたくさんありました。米軍はいかにうまく、長く沖縄を占領統治していくかという植民者主義の視点で、かなり前から沖縄のことを調べまくっているから。ぜんぜん知られていない詳細な記録もあった。

岸 米兵の論文とか、よくこんなもの見つけたなと思いましたよ。【次ページにつづく】

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