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高レベル放射性廃棄物と世代間倫理 - 寺本剛 / 環境倫理学、技術哲学

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世代間公正・世代間倫理

1970年代ごろから各方面で、「世代間公正」とか「世代間倫理」という言葉が使われるようになってきた。その背景には、科学技術の発展によって人間活動の影響力が増大し、現在世代の行為が遠い未来にまでリスクや不利益をもたらす可能性が出てきたという現実がある。

有限な化石燃料を使うばかりで、利用可能な代替エネルギーを残さなければ、将来世代は私たちと同等の豊かさを享受できないかもしれない。野放図な開発によって自然環境を破壊すれば、将来世代は自然災害や食糧難のリスクに脅かされるかもしれない。これは明らかに不公平であろう。

しかも、まだ生まれていない将来世代は、現在世代の自己中心的な行為をやめさせられない。将来世代が生まれた頃には現在世代は死んでおり、文句を言うこともできない。このような弱い立場にある人々に、負の遺産を押しつけるのが倫理的でないのは明らかだ。

こうしたことから、現在世代は将来世代のことを配慮して行為すべきであり、世代を単位として利益やリスクを公正に分配すべきだ、という考え方が科学技術社会に求められる新たな倫理観として醸成されてきたのである。

教訓としての高レベル放射性廃棄物問題

こうしたなか、原子力発電にともなって発生する高レベル放射性廃棄物は、世代間倫理の重要性を示す事例としてしばしば取り上げられてきた。この廃棄物は10万年以上もの長期にわたって危険であり続け、画期的な技術革新がない限り、そのリスクは廃棄物の発生者ではない将来世代に残される。これが世代間の不公正であることは明らかだろう。

この事実は、私たち人類が途方もなく大きな力を持ってしまったこと、それゆえに、将来世代にその影響が及ばないように行為する責任があることを知らしめる。高レベル放射性廃棄物の問題は私たちに重要な教訓を与える事例であり、今後もそうであり続けるに違いない。

課題としての高レベル放射性廃棄物問題

しかし、残念だが、この問題がもたらす教訓は、その問題自体の解決には直接生かすことができない。その教訓に学んで、同じ過ちを繰り返さないことはできるかもしれないが、そうしたからといってすでにおかした過ちは消えない。発生してしまった高レベル放射性廃棄物は厳然と存在し、そのリスクが将来世代に引き継がれるという非倫理的な状況は残り続ける。

では、この問題についてはもはや世代間倫理を語る意味がないのかといえば、そうではない。むしろ、世代を超えてリスクや不利益が残されるならば、そのプロセスをできるだけ倫理的なものにしていくことが現在世代に課せられたもう一つの重要な課題である。では、どうしたらできるだけ倫理的なかたちで、この廃棄物を将来世代に受け渡すことができるだろうか。

地層処分

現在、多くの国で高レベル放射性廃棄物を処分する現実的な方法と見なされているのが地層処分である。使用済み核燃料や再処理にともなって発生した廃液を、金属の容器の中でガラスなどと混ぜて固化し、それを30〜50年間冷却貯蔵する。その後、さらに金属の容器や緩衝材ブロックで覆って、地下数百メートルにある岩盤に埋設することで、人間の生活空間から隔離する。

地下深部では地下水の動きが遅く、放射性物質は岩盤にしみ込んだり、吸着されたりして移動に時間がかかるため、各種のバリアが破られ放射性物質が地表へ到達する頃には、その放射線量は人間の生活に影響のないレベルになると考えられている

重要なのは、地層処分が最終処分の一形態だということだ。「最終」という言葉が示すように、最終処分では処分後に廃棄物を管理する必要がない。これがうまくいけば将来世代に経済的・社会的負担を残すことはなく、世代間の公正を実現できる。

地層処分の問題点

しかし、現在の科学技術では1000年、いや100年先の地質状態や地下水の動向さえ、ピンポイントで予測することはできない。地震が多く、地下水の豊富な日本において、長期的な安定を確約できる適地など存在するのか、疑念は払拭できない。

また、廃棄物の漏洩を防ぐとされる各種バリアが、本当に想定通りの機能を果たすかどうかも実証実験で確認するには限界がある。このような状況で地層処分を実施したらどうなるか。うまくいけば世代間公正は実現できるのだろうが、うまくいかなければ将来世代を危険にさらし、負担を押しつけることになる。このような状況で地層処分を敢行することは、倫理的に見て危うい賭けだと言わざるをえない。

安全性のほかにも問題はある。最終処分である以上、地層処分の元々のコンセプトには、一度埋めた廃棄物を取り出すことは含まれていない。だが、地層処分を実施した後で、別のより有望な処分方法や廃棄物を安全に利用する方法が開発されたとしたらどうだろう。

将来世代は新しい技術を使って廃棄物のリスクを軽減したり、廃棄物からメリットを得る機会や権利を失うことになる。リスクを残すのに、実際にそのリスクに対処することになる将来世代に、対処方法についての選択権・決定権を与えないのは倫理的ではないだろう。

地上管理

もう一つの選択肢として、地表近くで監視しながら、廃棄物を長期的に貯蔵し続ける地上管理という方法がある。この方法を採用すれば、想定外の出来事により廃棄物が漏洩しても素早く対処できるし、より優れた処分方法や安全な利用法が開発されたとしても、それらについて将来世代に選択権・決定権を残すことができる。

地上管理というと、電気を使ってプールで冷やしながら貯蔵するという手法を思い浮かべるかもしれないが、空気の自然対流を利用して廃棄物の崩壊熱を除去する乾式貯蔵が、有効な貯蔵手段としてすでに信頼性を得ている。

例えば、福島第一原子力発電所にあった乾式貯蔵キャスクは、東日本大震災の際の津波によって一時的に水没したものの、ボルトで固定されていた元の位置からは移動せず、密封機能、臨界防止機能、除熱機能、遮へい機能および燃料の健全性にも問題はなかった(伊藤賢司・赤松博史・新谷智彦「福島第一原子力発電所向け乾式貯蔵キャスクの製作と貯蔵実績」、R&D 神戸製鋼技報Vol. 64 No.1)。

また、核物質の専門家であるフォン・ヒッペルは乾式貯蔵について、「テロリストが対戦車兵器を使ったり航空機を墜落させてキャスクに穴をあけようとしても、多くの場合、放射性燃料の一部があたりに飛散する程度に終わる」と見ている(フランク・フォン・ヒッペル「核燃料リサイクルを再考する」、日経サイエンス、2008年10月号)。この手法を使えば、冷却のために機器の動力を利用しないため、安全性も高まり、費用や監視の労力の面でも、相対的に負担を軽くすることができるかもしれない。

地上管理の問題点

そうは言っても、地上管理ではやはり自然災害やテロのリスクについて懸念を完全に拭い去ることはできない。乾式貯蔵の信頼性が高いとは言え、これらについてのリスク評価次第では、地上での管理に不安を覚える人が出てきてもおかしくはない。

また、地上管理では廃棄物の発生者ではない将来世代に、廃棄物管理の負担やリスクを強いることになり、世代間公正を実現することはできない。原子力発電で得られた利益から基金を作り、その負担を全面的に補償することで、世代間の不公正を軽減するという方法もあるが、それで数千年から数万年に及ぶリスクに対処するための十分な額を確保できるかどうかは定かではない。

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