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特集:リーマン・ショックから10年目の世界経済

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間もなくあの日から10年目がやってきます。世界第4位のリーマン・ブラザーズ証券が経営破綻し、国際金融の秩序が引っくり返ったのは2008年9月15日のこと。それと同時に実体経済も激しく落ち込むことになり、世界経済には BC(Before the Crisis)と AC(After the Crisis)という分水嶺が出来てしまいました。

あらためて危機後の10年間(2009年=AC元年から 2018 年=AC10年まで)を振り返ってみると、「危機で変わった米国」「変わらなかった日本」「変わった部分と変わらない部分が同居する中国」という分類が出来るように思います。大雑把な議論となりますが、 日米中3か国経済のこの10年を駆け足で振り返って比較してみたいと思います。

●危機後に生まれ変わった米国経済

本誌では何度も指摘していることだが、「リーマン・ショック」というのはわが国特有の呼び方である。

海外では”The Global Financial Crisis”(国際金融危機)と称することが多い。もう少し学術的に特定するなら”2008 Financial Turmoil”になるし、前年のサブプライム住宅ローン問題から数えて”Financial Crisis of 2007-08”ということもある。さらには、単に“The Great Recession”(大不況)で済ませてしまうケースもしばしば見かける。この場合は、1920年代の”The Great Depression”(大恐慌)と使い分けしていることになる。

要はあまりにも経済の落ち込みが深く、記憶もまだ鮮明なので、「この不況」で通じてしまうわけである。もっとも今年の米国経済は絶好調であり、そろそろ「あの不況」と振り返る心の余裕も出てきているのではないかと思う。

10年前のあれは果たして何だったのか。「バブル崩壊による混乱と長期にわたるバランスシート不況」と要約することがでよう。当時の米国では住宅バブルを背景に、サブプライムローンと呼ばれる住宅担保債券が流通していた。高格付けの証券化商品とされていたが、その多くが実質的な不良債権であった。やがて金融機関の資産内容が不安視されるよ うになり、リーマン・ショックを契機に信用収縮に見舞われることになる。

しかし、その後の米政府の政策対応は素早く、徹底したものであった。巨額の不良債権買い取り基金を用意し、金融機関への公的資金注入を行った。連銀は利下げをし、流動性を供給し、それで足りないと見ると数次にわたって量的緩和政策を断行した。ひとつには米国の金融関係者が、それに先立つ日本の不良債権問題をよく研究していたからであろう。

ニューヨーク・ダウ平均は09年3月に約6500ドルで大底をつけた後、今日に至る長期的な上昇過程に入った。現在では2万5000ドル近辺であるから、ほぼ4倍になった計算になる。この間に、市場で取引される企業の顔触れも一変した。以下に「リーマン前」と 「リーマン後」の株式時価総額Top10企業を比較してみた。

(ちなみに2008年を危機0年とし、以下、2009年をAC元年、2018年をAC10年と数える。逆に2007年は BC1 年とし、以下、遡って数えることにする)


2005年(BC3年)と 2018年(AC10年)のTop10企業のうち、共通しているのはマイクロソフト1社だけである。リーマン以前は製造業や資源、金融といった普通のリアルエ コノミー企業が並んでいた。それがリーマン後には、グーグル、アップル、フェイスブッ ク、アマゾンなど「GAFA」と呼ばれる新興ハイテク企業群が上位を席巻している。米国経済は、危機を契機に大胆に生まれ変わったと言えよう。

もっとも金額自体が膨れ上がっていることを考えると、「行き場をなくしたマネーがGAFAに流入しているだけなのでは?」との疑念も頭をもたげてくる。「大丈夫、GAFAはこれから新しい技術を駆使して大儲けしてくれる」という声が聞こえてきそうである。 ただしこの構図、高格付けの証券化商品を皆が安心して持ち合っていた2008年秋時点と本質的に同じである。いくらなんでも「1兆ドル」は高過ぎるのではないだろうか。

●失われた雇用が生んだ政治への怨念

今日の米国経済は、3%前後の成長率と 3%台の失業率に沸いている。金融危機は過去のものになったし、一連の対応は成功だったと言えるだろう。

しかるにリーマン・ショック後の実体経済は落ち込みが厳しく、米国の失業率は一時10%を超えた(AC元年9 月)。そして”Jobless Recovery”(雇用なき回復)と呼ばれる状況が長く続くことになった。

○米雇用統計のトレンド


危機の前後(2008年~10年)、NFP(非農業部門雇用者増減数)は実に764万人ものマイナスとなった。その後は11年から18年にかけて、1,674万人の雇用増がもたらされた。 人口増に伴う純増分を差し引いても、トータルでは大幅プラスだったことになる。

もっとも雇用を失った人たちが、そのまま元の職場に戻れたわけではない。なにしろ産 業構造がガラリと変わってしまったのだ。GEやエクソンといったリアルエコノミーから、 GAFAを中心とするヴァーチャルエコノミーへ。端的に言えば、今の米国は「鉄鋼労働者 よりもネイリストの方が多い」経済に変わってしまった1

ところが「失われた製造業の雇用」は、ほとんど政治問題化することはなかった。少なくとも2016年大統領選挙でドナルド・トランプ候補が登場し、中西部ラストベルトの白人ブルーカラー層に焦点を絞った選挙戦を展開するまでは。そしてそれがどんな結果を招 いたかは、今さら繰り返すまでもないだろう。

金融危機に対する処理への不満も根強いものがあった。トランプ大統領の選挙参謀を務めたスティーブ・バノンが政界入りしたのは、「銀行は救済されたのに、住宅ローンを抱えた庶民は救済されなかった」ことへの素朴な怒りが発端であったという。おそらく彼の眼には、繁栄から取り残された「嘆かわしい人々」が、ワシントンのエリートたちへの反感を深めている様子がよく見えていたのであろう。

この辺の心理メカニズムについては、先週の Financial Times 紙に「今日のポピュリズム は金融危機の遺産(レガシーだ)」と厳しく指摘する論説が掲載されている。抄訳を作成 したので、本号p7をご参照願いたい。

●危機をじっと耐え忍んだ日本経済

日本経済について言えば、2008年当時はバブル崩壊の傷が癒えてから日が浅く、金融システムは比較的健全であった。しかし海外市場の急速な冷え込みにより、日本経済は大打撃を受けることになる。

日本経済の実質GDP成長率は、昨今では年平均1%程度で安定的に推移しているが、2008年から09年にかけては1年間で8.7%も落ち込んでいる。そこから10年かけて少しずつ 回復し、さすがに現在は「リーマン前」の水準を取り戻している。

しかし、これをモノづくりの指標である鉱工業生産で見ると、さらに悲惨な実態が浮かんでくる。08年9月から09年3月にかけての減少は、実に半年で30.4%減!そして現在も、往時の水準を超えることができていない。リーマン・ショック後は急激な円高が進行し、1ドル120円前後から一気に80円台に向かった。

そして日本の輸出額は、07年度の85兆円から09年度の59兆円にまで急減する。いつものことながら、「日本の製造業は輸出次第」。ちなみに円高是正は、2012年末の第2次安倍内閣誕生を待たねばならなかった。

○リーマン・ショック後の日本経済


そこから長い時間をかけた回復が続き、2018年度の輸出は80兆円を超えて、危機前の07年度(85.1 兆円)に次ぐ既往第2位の水準に到達しそうだ。

それは大いに結構なことながら、輸出品目のTop10を挙げてみると、「リーマン前」と ほとんど変わっていないことに愕然とさせられる。1位の自動車以下、半導体等電子部品、鉄鋼、自動車部品などのラインナップはほとんど変わっていない。唯一、半導体等製造装置が、メイド・イン・ジャパンの「期待の星」となっている。

○貿易品目の「リーマン前」と「リーマン後」2


米国経済は危機を契機に生まれ変わったが、日本経済は危機をじっと耐え忍んだと言えるだろうか。もちろん同じ自動車にしても、今のクルマは2005年当時に比べてはるかに 高品質になっている。同じような努力は、全ての品目で行われているのであろう。製造業の努力には頭が下がるが、今後はもっと大胆なイノベーションも期待したいところである。

とはいえこんな風に、経済がしぶとく「変わらない」努力を続けてきたために、日本政治は他国に比べて安定しているのかもしれない。

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