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失われた「田舎の子育てのアドバンテージ」

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「契約社会の論理」が子どもにも適用されるようになった

 こうした、子どもを勝手に外で遊ばせない意識の浸透は、人格形成期の人間関係や社会性の獲得に響くので、私は小さくない問題だと思っている。そして、この意識の浸透はいろいろな切り口で語り得るものだろうとも思う。
 
 この文章では、「社会契約の論理の徹底」という切り口でこのことについて考えてみたい。
 
 かつて、地域社会が社会関係の大きなウエイトを占めていた頃は、地域の子どもはまったき「他人」の子どもではなく、「地域」の子どもでもあった。地域の子どもの遊び場は、地域の共有材だった。親子関係にせよ、地域の年上と年下の社会関係にせよ、その共有のありかたには契約社会のロジックが浸入していなかった。社会学者のテンニースのフレーズを借りるなら、「子育ての相当部分がゲマインシャフトのなかで行われていた」と言えるかもしれない。

ゲマインシャフトとゲゼルシャフト―純粋社会学の基本概念〈上〉 (岩波文庫)


ゲマインシャフトとゲゼルシャフト 下―純粋社会学の基本概念 (岩波文庫 白 207-2)

 ところが、大都市圏では比較的早く、地方や郊外ではそれより幾らか遅れて、地域社会は希薄化していった。子どもの一人一人は「他人」の子どもでしかなく、「地域」の子どもとはみなされない。私有地という概念が浸透するにつれて、軒下コミュニケーションも裏庭を歩く子どもは少なくなり、子どもの遊び場=地域の共有財という意識はなくなった。道路で遊ぶ子どもや空き地で草野球をする子どもは、許容されなくなった。人々の意識も、街のつくりも、数十年の間にすっかり変わってしまった。
 
 このことは、「子育てが契約社会に完全に組み込まれた」と表現することもできるし、「契約社会化した街から子どもが締め出されて、子どもも契約社会のロジックに従わなければならなくなった」と表現することもできよう。
 
www.cnn.co.jp
 
 先日、アメリカのバス停近くの個人が、庭に子どもが入らないよう電気柵をもうけたニュースがあった。結局電気柵は撤去されたそうだが、契約社会のロジックに従って考えるなら、私有地への子どもの闖入を防ぐために土地所有者が電気柵をもうけても、おかしくないように思える。契約社会のロジックに従って考えるなら、「農家が田畑を荒らす猪を避けるために電気柵をもうけるのと変わらない」と考えるべきなのだろう。
 
 これはアメリカの話だが、周囲の子どもたちを眺めていると、わざわざ電気柵をもうけるまでもなく、「私有地に勝手に入ってはいけない」という意識はインストール済みのようにみえる。外遊びに最適な空き地があっても、ご近所の庭に好奇心をそそるものがあっても、2010年代の子どもはまず侵入しない。少なくとも、私が育った頃の子どもと現代の子どもでは、契約社会のロジックを内面化している度合いがぜんぜん違っているようにみえる。
 

契約社会化した子育てに、社会は、あなたはどこまで対処できるのか

 こうした社会の変化に対して、行政はそれなり手を打っているようにみえる。
 
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 首都圏の湾岸マンションに限らず、比較的新しい住宅街には、だいたい広々とした公園が併設されている。契約社会のロジックに沿ったかたちで子どもが遊びやすい空間を確保するためには、「公園」とレッテルづけされた空間を増やしていくしかない。このあたりは、都市公園法の改正、少子高齢化を懸念する行政の思惑、不動産販売業者の戦略などが絡み合っての結果だろうけれども、少なくとも、二十年前ぐらいの住宅街に比べればマシになった。
 
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 また、上掲の自転車の練習写真のような、近所でやりづらくなった体験を授けるためのイベントや場所も、都市部には存在している。こういった計らいも、契約社会のロジックから逸脱しにくくなった子育ての助けになっているとは思う。
 
 それでも、これらですべてが解決するわけではないし、これらは"恵まれた"都市部で行われていることだ。数十年前のニュータウンがそのままになっている地方の郊外などでは、こうした恩恵に与るチャンスが少ない。
 
 結局のところ、契約社会のロジックのもとでは、ほとんどの部分は親の能力と判断次第でどうにかしなければならないのである。
 
 「田舎=自然や地域社会のアドバンテージが得られる」という図式が無くなってしまった今、契約社会のロジックに即したかたちで子育てのアメニティが取り揃えられた大都市圏の子育てに、田舎の子育てが太刀打ちできるものだろうか。
 
 我ながら、ちょっと少し先走ったことを文章にしてしまったとは思う。だけど地方で子育てしている者の一人として、最近は大都市圏の公園の芝が青くみえてならないので、今の気持ちを書いてしまうことにした。
 

*1:こうなった背景には、過疎地の私有地に勝手に闖入し、山菜やキノコを根こそぎ奪い取っていったりする余所者がたえないことも関係しているかもしれない

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