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草の根視点から見た日本の社会保険制度の問題点 - 中村十念

 「税と社会保障の一体改革」議論が喧しい。

   そのウラに、財務省の悲願である「消費税増税」があることは、多くの識者が指摘しているのでここでは繰り返さない。

   今回は、税と並ぶ、社会保障の財源である「保険料」に焦点を当てる。

   わが国の年金制度や医療・介護保険制度を支える保険料がどうなっているのか。よく指摘されるのは次のようなことだ。「先進国間で国際比較をすると欧州諸国と比べて低い水準にある。」、「税と保険料を合わせた国民負担率では、日本は米国並みの低さである。」、「日本の保険料水準も、北欧並みとまではいかなくとも、欧州平均の仏・独並みまで引き上げるべきではないか。」等々。

   確かにそのような大所高所からの視点も重要だろう。しかし、筆者はあくまで「一人の生活者としての視点」、すなわち「草の根視点」にこだわりたい。

   そこで、本コラムでは、「あるエリート会社員の社会保険料負担シミュレーションの実例」から、現行の保険料負担制度が孕む問題点について考えてみたい。

   

X氏の社会保険料負担シミュレーション

   某大企業のエリート社員であったX氏は、某中小企業(健保は協会けんぽ加入)から副社長のオファーを受け、年俸1,600万円で合意し、転職することとなった。

   問題はその年俸の支払い方法である。転職先の会社によると、「(a)年俸を12分割で毎月支払う方法」と「(b)年俸を16分割し、4/16を夏冬の賞与として支給、残りの12/16を毎月の給与として支払う方法」の2パターンがあるという。

   それを聞いたX氏は、「別にどちらでもいいが、100で割り切れるし(b)にするか。賞与がある方が女房も喜ぶし。」くらいに考えていた。そして、そのことを偶然酒席で同席した知人の社労士に相談した。するとその社労士は、「何を言ってるんですか!絶対に(a)の方が得ですよ!」と言い、後日、次のようなシミュレーション表を送ってきた。

  【※シミュレーション表へのリンク】    X氏は送られてきた表を見て驚き、次の二つの疑問を抱いた。

   まず第一に、社労士の言うとおり、パターン(a)の方が(b)よりも年間30万円以上も負担額が低いことについてである。年俸総額は同じなのに、一体これはどういうことなのか。そして第二に、健康保険料の負担総額が、以前大企業に勤めていた時に比べて格段に増えたことについてである。個人情報なので詳細金額は省くが、今回の転職でX氏の年間給与総額はそれなりに上がった。それでも彼が納得いかないくらい健康保険料の負担が増えたのだった。

   

「草の根視点」から見た現行制度の問題点

   この事例から導かれる「現行の保険料負担制度の問題点」は、以下の3つである。

  (1)「標準報酬月額の上限が低すぎる」という問題

   これはX氏の第一の疑問に関連する問題だ。

   現在、給与における健康保険の標準報酬月額の上限は121万円、厚生年金の標準報酬月額の上限は62万円である。これらが報酬として少ない金額とは言わないが、この金額を大きく超える報酬をもらうサラリーマンの数が極めて少ないというわけでもない。これらの上限を超える月給をもらう人たちは、超えた分については保険料を負担しない仕組みになっている。(※他方で、賞与にも社会保険料が課されるのでX氏のような事例が発生するのである。)

   わが国の社会保険料の算定原則は、「応能負担(≒稼ぐ能力に応じた負担)の原則」である。一体何故、昔からある標準報酬月額表を守り「応能負担の原則」を無視し続けるのか。全く意味不明である。

    (2)「中小企業の健康保険料水準>大企業・公務員の健康保険料水準」という問題

   これはX氏の第二の疑問に関連する問題だ。

   断るまでもないが、わが国の公的医療保険制度において、両者が受けることができる便益は全く同じである。さらに言えば、給与水準でみると当然「中小企業の水準<大企業・公務員の水準」であり、しかも公務員に至っては、給与の原資は国民の税金である。

   所得再分配機能を持つはずの社会保障制度によってかえって所得格差が拡大する。こんなバカな話があってよいものか。

    (3)「上記(1)、(2)の問題点について、大手メディアが全く報じない」という問題

   これが一番深刻な問題かもしれない。

   上記(1)、(2)のような問題提起をするのは、決して筆者が初めてではない。例えば、日本医師会と日医総研は、公表している論文や報告書や政策セミナー等で、繰り返し何度も同様の指摘をしている。その試算によれば、「(1)標準報酬月額の上限を撤廃し、(2)大企業や公務員の健康保険料水準を中小企業並み(協会けんぽ並み)にするだけで、1兆円規模の財源が調達できる。」という。

   しかし、大手メディアは全くこのことを取り上げない。だから、一流大学を出て某経済新聞を愛読するエリート社員のX氏でさえ、その仕組みを知らなかったのだ。

  (ただ、メディアが報道しない背景には何があるのか、未だに疑問である。まさか「大企業―メディア―官公庁」が癒着し、自分たちの低い保険料水準を既得権として秘匿しているのか。だとすれば、また随分とケチ臭い既得権である・・・。)

   

結びにかえて

   上記(1)~(3)の問題点に関連し、最後に、若干の私見を述べてまとめとする。

   1万3千年の人類史を進化生物学的な視点から振り返った名著、J.ダイアモンドの『銃・病原菌・鉄』(草思社)は、私たちに次のことを教えてくれる。「文明の発展は、その担い手となった人種や民族が優秀だったかどうかではなく、人々が偶然おかれていた環境に因る」と。

   同じような仮説が、人生においても成り立つ。すなわち、「人生における経済的な成功は、その人が優秀だったかどうかではなく、その人が偶然おかれていた環境に因る」ということだ。平たく言えば、「今、経済的に裕福な人は、その人の能力に因ってではなく、偶然の産物である周囲の環境に因ってそうなっている」ということである。

   このことに関する大いなる勘違いがすべての問題の本質にある。筆者にはそのような気がしてならない。

   できることなら、今現在、官公庁や大企業、大手の新聞社・テレビ局・広告代理店といった寡占企業で幹部・役員クラスのサラリーマンをしている人たちに対し、次の質問をぶつけてみたい。

  「貴方が今の職位にあるのは、自分の能力によるものですか?それとも、偶然の産物である周囲の環境によるものですか?」

   彼らの大部分が後者の答えを出せるようになる時、その時までは、本当の社会保障改革なんぞ出来やしないのではないか。この国の社会保障制度といえば、欧米諸国から制度の外側の形だけを輸入し、或いは無理矢理に押し付けられ、その中身はカラッポなのではないか。

   つまりは、「国家が秩序を保ち、国民一人ひとりが自由を享受するには、清貧がもっとも有効」(マキャベリ『政略論』)ということであり、「清貧」とは、資産家がメザシを食うことではなく、「利他の精神と惻隠の情を持つ」ことである。これらのことに、多くの人たちが気づかねばならないということだ。

   過去の文献を読む限り、わが国の先人たちはそれらのことを知っていた。私たちは、いつになったらそれらのことにもう一度「気づく」のだろうか・・・。もうそろそろ時間切れが近づいている。

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