記事

荒れ野の古里に花を咲かせた「飯舘村」の「帰還農家」- 寺島英弥

2/2

居久根除染の訴え実らず

 2017年9月の初め。帰還に向けて、啓一さんの自宅のリフォーム工事が進み、原発事故前に牧草地だった一角に新しい花作りのハウスが組み立てられていた。比曽の放射線測定を支援してきた岩瀬さんが遠路、そのひと月ほど前、自宅の周りで採取した土の詳しい分析データを持って訪れた。牧草地跡では環境省の汚染土はぎ取りの除染が行われ、測定の結果、ハウス用地の2カ所で採られた土の放射性セシウム濃度(ベクレル/1キロ当たり)は、それぞれ「190」と「184」。原発事故後、稲、野菜などの栽培用の土について国が定めた安全性の暫定許容値400ベクレルをはるかに下回った。

自宅裏の居久根で放射線量などを調べる岩瀬広さん(左)と啓一さん(2017年9月6日)

 しかし、自宅裏の居久根での計測結果を聞いて、啓一さんは「なに、8万ベクレルもあるのか」と声を上げた。居久根の3カ所で採られた林床の土の放射性セシウム濃度は、それぞれ「85720」、「59986」、「19354」。原発事故当時から変わらぬような高い数値だった。国が責任をもって処理すべき指定廃棄物の法的基準「8000ベクレル/キロ」をはるかに超え、啓一さんらの訴えの通り、はぎ取り除染の対象に該当していた。

 全く対照的なデータもあった。啓一さんは2016年の6月と8月、飯舘村の環境再生を支援するNPO法人「ふくしま再生の会」の協力で、自宅裏の居久根の別の一角で除染実験を行っていた。居久根の端から40メートル奥まで扇状に実験地を広げ、自らが重機のアームを伸ばして高さ約20メートルまで枝を切り、林床を約15センチの厚さではぎ取った。実験後の放射線量の減少は劇的で、周囲では0.2~0.3に下がった。居久根除染の有効性が証明され、家の中の放射線量も0.15前後と、避難先だった福島市内のアパートとほぼ変わらなくなっていた。が、新聞などでも報じられたこれらの事実が状況を変えることはなく、国は除染完了を宣言し、予定通り2017年3月末の避難指示解除に至った。

「居久根は農家にとって生活圏。徹底した除染の努力をせず、国が『もう終わった』というなら、俺たちにやらせてほしい。実験の成果、ノウハウはある。住民自身が担い手になる居久根除染に村独自の予算を付け、仲間の帰還を支援する事業にしてほしい」。啓一さんは訴えたが、国と足並みをそろえ「復興」を宣言したい村から反応はなく、「住民が力を合わせれば、放射線への不安も克服できる」という仲間への呼び掛けも実らぬままだった。

真の復興へ道のりは遠く

 啓一さんと共に比曽地区での農業再開を志し、自宅をリフォームして夫婦で帰還した農家、菅野義人さんを、2018年1月22日の拙稿『「避難指示解除」後の飯舘村(上)帰還農家が背負う「開拓者」の苦闘』で紹介した。

 環境省は除染作業の後、営農再開支援として村内で、表土のはぎ取りで地力を失った農地にカリウムなどの基本肥料、放射性物質の吸収抑制効果がある土壌改良材ゼオライトを投入し、すき込む工程にさらに1年を掛けた。これは「地力回復工事」という事業名で、除染が遅れた比曽地区では避難指示解除後の2017年度にずれこんだ。しかし、環境省から請け負った土木業者の作業が、現実には遅れに遅れた。義人さんの農地で工事が行われたのは同9月末。ただし、対象は牧草地の跡だけで、いまだ除染土の仮置き場の下にある水田はいつ地元に返されるのかさえ分からない。義人さんは記事の中でこう語った。

〈「9月を過ぎると、標高が高く秋の霜の早い比曽では農繁期を逃す。そもそも『役所仕様』の地力回復工事を当てにできず、一から土作りをしなくてはならぬ手間暇を考えると、貴重な1年が既に無になった。これで何が(避難指示)解除か」〉

 除染後の現場に客土された山砂は酸性で農地に向かず、土壌の性質や条件を無視した画一的な肥料投入は、地力回復どころか、そこで牧草を食べた牛の健康を害する懸念もあった。「数年は緑肥作物を育ててすき込み、土作りをする。しばらく収入はないが、農地再生は人間の力でなく土の力あってのことだから」というのが義人さんの考えだ。それ以前に、除染後に露出した大小無数の石の除去や、重機で壊された地下配水管(暗渠)の埋設し直し、客土された山林心土(礫交土)の改良など、その後の自力復興の道のりは過酷だった。

 義人さんは、地道な土作りにも国の農業復興支援事業を使わせてほしい――と、窓口の福島県に申し込んでいた。数年の期間を要する計画案に県側は「すぐに再開したい人のための事業で、土作りなどは前例がない」と難色を示してきたが、説明を重ねた末、8月末にようやく認可の連絡が届いた。「ただ、土作りの農機具の機種によっては納期に3カ月も掛かるものがあり、この秋に計画した緑肥の播種はできないことになった」と義人さん。さらにもう1年、待たねばならないのだ。「村の農業復興の根本は土の再生にある」という篤農家の目指すものと、速効性ある「メニュー方式」の事業予算で目に見える成果を上げたい国の復興政策の間には深い溝がある。

飢饉からの歴史に今を重ね

 帰還したその年に花作りを復活させた啓一さんと、農業再生の道筋は異なる。が、2人が目指すものは、荒れ野になった比曽に再び人が戻り、次世代に手渡せる古里だ。義人さんの長男義樹さん(40)は家族と北海道夕張郡栗山町にいる。避難先での営農継続を支援する飯舘村の事業に応募し、2015年9月に家業の和牛繁殖を現地で再開した。遠く離れていても父親と話し合いを重ね、「飯舘村の復興に貢献できる技術を持つ農業者になって帰りたい」と希望を温める。義人さんが見るのは、たとえ世代をまたいでも、緑豊かな牧野をよみがえらせる未来だ。「村はいや応なしに自立を迫られる。国に依存する施策は後に続かない」

〈夏の間は雨天が多く、冷気甚だしく、綿入れを来ていた〉〈山中郷では9月2日、15日と小霜、27日には大霜となり、10月末には秋風強く、丹塊を喪い、嘆き悲しみ、騒ぎ合った〉〈翌天明4年の3月までは、砕けしいな、麦類、ヒエなどの雑穀に、クズ、ワラビの根を混ぜ、粥や団子にしてしのいだが、草木の萌え出る頃を待ち、セリ、ナズナ、ウコギ、クコ、カエルッパなどに藁(わら)の粉、こぬか等を混ぜ、練りモチや団子にした〉〈天明4年の春には、多くの餓死者に加え、疫病が流行し、病死、中毒死もあり、死者の数は増えるばかりであった〉

 天明の飢饉(1782~87年ごろ)当時の旧比曽村(現飯舘村比曽、長泥、蕨平地区)を含む相馬中村藩の惨状を記した『天荒録』(現代語訳)の一節で、義人さんから教えてもらった。「山中郷」は相馬中村藩時代の飯舘の旧名で、高冷地ゆえに死亡・失踪者は当時の住民5138人の37%に上った(『祥胤公年譜』より)。91戸あった旧比曽村で生き延びたのは数戸だったといい、その1戸が義人さんの先祖だった。荒れ野で復興のくわを振るった入植者には、啓一さんの先祖がいた。

 天明の飢饉で失われた人口が回復するまでに、明治時代の中ごろまで約100年の歳月を要したと言われる。「地元に残った仲間がわずかでも、それは先祖たちが経験した現実と同じ」と啓一さん。「だが、先人の苦労を思えば、原発事故の痛手も乗り越えられる」。啓一さんは「復興」という言葉に、歴史と呼ばれるほどに長い時間を生き抜いた人々の覚悟を重ねていた。

 トルコギキョウ、カスミソウのハウス群の近くには、天明の飢饉で逝った無縁仏の小さな墓石が並んでいる。啓一さんは、その一角を小さな公園のように整地し、「比曽の歴史の原点として、大事に守ってきた」。お盆や秋彼岸の出荷のために咲かせたトルコギキョウは、比曽の再興への希望の花であり、古里の行く末を見守る先人たちへの手向けの花でもある。

帰還後の新しい家族

新しい家族に加わったモモと忠子さん(左)、雫さん

 ハウスの花々を啓一さん、忠子さんと眺めていると、小さな茶色い柴犬がちょこまかと入ってきた。生後5カ月の「モモ」。帰還後の番犬に、と福島市のペットショップで7月初めに求めた。この日遊びに来ていた小学4年の雫(しずく)さんら、市内に住む3人の孫たちが相談し、福島の名物の桃にちなんで名付けたという。見知らぬ訪問者に吠えるどころか、人なつこく絡みつき、「こりゃあ、番犬にはならねえな」と飼い主をあきれさせた。

 思い出したのが、啓一さんが2012年9月、初めて行った居久根の除染実験を取材した折。小型重機で土のはぎ取りをしていた林床に、こんな古い板の標柱があった。「ありがとう チビ太の墓 平成二十三年一月二十二日死亡」「平成九年 浪江町より来る 十五年間菅野家を守る」。筆者のブログ『余震の中で新聞を作る』には当時、こんな言葉が記された。

「浪江に仕事に行ったとき、捨てられた雑種の子犬をもらったんだ。保健所に連れていかれるよりは、と。家を建てた借金を土方仕事で返していたころだ」「人なつこい犬で、誰にもほえないで、なつくんだ。番犬にはならなかったなあ」「18年生きて、震災の直前の1月に老衰で死んだ。生き長らえても、その後の避難生活は耐えられなかったろうな」

 生まれ変わりのようにやって来たモモ。「帰還後」を生き始めた菅野家に、新しい家族が加わった。

あわせて読みたい

「福島第一原発事故」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    埼玉県でマスク30万枚が野ざらし

    SmartFLASH

  2. 2

    ひろゆき氏 五輪の開催は難しい

    西村博之/ひろゆき

  3. 3

    中韓が日本産盗む?対立煽る報道

    松岡久蔵

  4. 4

    安倍首相の暴走許す自民党は末期

    田原総一朗

  5. 5

    新型コロナで公共工事中止は愚策

    近藤駿介

  6. 6

    権限ない休校要請 保護者は困惑

    BLOGOS しらべる部

  7. 7

    在宅勤務に賛成して休校否定の謎

    やまもといちろう

  8. 8

    政府の無策が招く東京五輪中止

    渡邉裕二

  9. 9

    マラソン決行 主催の説明に呆れ

    WEDGE Infinity

  10. 10

    ワタミ 弁当無料宅配で休校支援

    わたなべ美樹

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。