記事

東南アジアにおける「麻薬との戦い」――ジャカルタの現場から - 本名純 / インドネシア政治研究

1/2

「戦う男」は強い。「戦う男」は指導力がある。「戦う男」は正義感に溢れる。そのイメージは政治の世界で価値をもち、為政者たちは古今東西「ストロングマン」を演出してきた。

米国では「貧困との戦い」を訴えたジョンソン大統領、「麻薬との戦い」を宣言したニクソン大統領、「テロとの戦い」に明け暮れたブッシュ大統領、そして「貿易戦争」に乗り出したトランプ大統領。みな、戦争のメタファーを動員して、ナショナリズムの扇動とリーダーシップの発揮をシンクロさせる政治を行ってきた。デモクラシー先進国は、多かれ少なかれ、さまざまな戦争を発明して民衆の支持を取りつける政治家の台頭を許してきた。

デモクラシー後発国でも同じであろう。ただ、民主主義の制度的練度が低いため、戦争に伴う「権力の横暴」がより露骨に現れる。そのことを強く意識させられるのが、他ならぬアジア、とくに近年の東南アジアのデモクラシーである。この地域では、21世紀に入ってからもタイのタクシン政権、フィリピンのドゥテルテ政権、そしてインドネシアのジョコ・ウィドド(愛称ジョコウィ)政権が「麻薬との戦い」を掲げて、大規模な人権侵害を招いてきた。

なぜ民主選挙で選ばれた東南アジアの政治リーダーたちは、麻薬との戦いに精を出すのか。それぞれの国内事情はあるものの、共通しているのは、犯罪と戦う姿勢を強く打ち出すことで、都市中間層の政治的支持を確保したいという思惑である。なぜそういう思惑が生まれるのか。それがどういう波及効果を生むのか。タクシンからドゥテルテ、ドゥテルテからジョコウィに伝染した東南アジアの麻薬との戦いで、ジャカルタはもっとも新しい「戦場」である。そのジャカルタの麻薬戦争の内部に迫ってみよう。

「麻薬との戦い」という言説

本題に入る前に考えるべきことがある。そもそも「麻薬との戦い」とは何ぞや、である。前述のジョンソン大統領は古典的な例だが、近年における麻薬との戦い(war on drugs)は、グローバルな安全保障の課題として認識されている。とくに麻薬やテロ、海賊、人身取引などの「非国家アクター」による「国境を越える」脅威にどう対応するか―――これが冷戦後、各国の安全保障サークルの重要政策課題に格上げされるようになった。

学問的には国際関係学が中心となって、トランスナショナルな脅威に対応するための国際安全保障レジームの構築に関する研究が進んだ。いわゆる非伝統的安全保障(non-traditional security)と呼ばれる研究分野であり、麻薬の問題も、その枠に埋め込まれて、組織犯罪や麻薬カルテルの脅威にどう対抗するかの政策論が流行りとなった。

これらの政策的・研究的な関心が共鳴し、2000年には国際組織犯罪防止条約が国連で締結された。以後、越境犯罪との戦いという国際協調が、新たな国際安全保障の規範となり、グローバルなコンセンサスと伴に地域的な取り組みも模索されるようになっていく。そして、この規範こそが、麻薬の問題を組織犯罪の問題と同一視させ、撲滅を目指す安全保障政策の一環として、軍隊や警察、治安機関を前面に出す「戦い」を普及させてきたのである。

もちろん麻薬は犯罪の範疇であり、犯罪対策として治安機関が対応することに一定の妥当性はあろう。しかし、その撲滅キャンペーンを戦争メタファーで景気づけて、刑罰的なアプローチが支配的になることで、その社会は大きな犠牲を抱える。それは、一言でいえば公衆衛生的なアプローチの貧弱化につきる。

「パクってブチ込む」的な発想では、麻薬問題は解決しない。むしろ悪化させる。末端のプッシャー(売り子)にしろ、バイヤーにしろ、多くの場合は薬物依存症の被害者であり、依存に至る理由はさまざまである。恋人にフラれたとか、失業したとかの絶望感から薬物に手を出してしまうケースも少なくない。そういう人たちに「ジャンキー」とレッテルを貼り、だらしない麻薬常習者は「社会の悪」、「排除だ」、「パクってブチ込め」という世論形成に導くのが「麻薬との戦い」の典型だ。そのツケは、以下でみるようにさまざまなかたちで社会に降りかかってくる。

いずれにせよ、麻薬対策を安全保障の問題に収斂させてはいけない。その下地を作ってきた非伝統的安全保障の議論は見直されるべきであるし、麻薬対策に関しては、今こそ「脱安全保障化」されるべきであろう。本稿の狙いもまさにそこにある。

戦争キャンペーン

では実際に麻薬との戦いはどのように始まり、いかなる衝撃を与えるのか。ジャカルタの実態を紹介したい。まず戦争キャンペーンの誕生と展開をみていこう。それはジョコウィ政権が2014年の10月に発足したのとほぼ同時だった。同月、国家麻薬庁(BNN)は衝撃的な発表する。それによると、インドネシアの麻薬中毒者の数は急増中で、2014年には450万人に達した。しかもその7割以上が若年層だと強調した。

これを受けて、同年12月にジョコウィは麻薬に対する非常事態宣言を出す。追って翌年2月には麻薬との戦いを宣言した。ジョコウィは、BNNの450万人という数字を引用しながら、さらに麻薬使用者は年間に1万8千人も死亡しており、日に換算すると毎日50人が麻薬で死んでいるとアピールし、戦争への突入に理解を求めた。この「毎日50人が麻薬絡みで死んでいる」というメッセージは、ある種の衝撃となった。死者数はテロ被害者の比ではない、ただちに断固とした措置を取るべきだ。そういう世論が強まる契機になったのである。

BNN全国調整会議で麻薬との戦いを宣言する大統領 Antara FOTO

それから半年後、2015年9月にはBNN長官が交代する。ジョコウィが任命した新長官は、豪腕で知られるブディ・ワセソ国家警察刑事局長だった。長官就任にあたって、ワセソは前任者の方針を「生ぬるい」とし、薬物常用者に対するリハビリ対策よりも、密売人に対する取り締まりを強化すると宣言した。ここからジョコウィとワセソの競演が始まる。

ワセソBNN長官 Media Indonesia

3ヶ月後、BNNは2015年度の報告書を大々的に発表し、同年の薬物使用者はついに約590万人に達し、インドネシアは東南アジア最大の麻薬市場になったと脅威をアピールした。同時にワセソの過激発言もエスカレートしていく。就任から一年を振り返る2016年9月の公式コメントでは、フィリピンの例を持ち出し、ドゥテルテばりの麻薬戦争をやる必要があると煽った。また「国軍も麻薬戦争に参加するべきだ。軍が80年代に手がけた「超法規的処刑」を復活させるとよい」とも言い放った。

ジョコウィも、同年12月に独立記念広場で演説し、麻薬との「大戦」という言葉で戦いのエスカレーションを訴えた。それを受けて、2ヶ月後の2017年2月にはBNNが新たな調査結果を公表し、首都ジャカルタで麻薬常習者が50万人を超え、その2割が大学生だと発表した。50万人というと、ジャカルタの人口の約20人に一人である。しかも大学生が多いという驚きと重なることで、都市中間層の脅威感を煽るのには十分だった。

麻薬との「大戦」を宣言するジョコウィ KompasTV

そこから戦争キャンペーンも加速していく。興味深いことに、BNNは同年5月と6月に立て続けに「外国からの脅威」をアピールした。まず5月には「ゾンビ化ドラッグ」として欧米で知られる合成麻薬のフラッカが、ついにインドネシアに上陸したとし、7月には72の国際麻薬組織がインドネシアで暗躍していると発表した。これによって、「麻薬は外敵、それと戦う政府」という構図が強調され、ナショナリズムの高揚を促すロジックが強化された。

その結果、乱暴な発言も、ナショナリズムの反映として社会に許容される下地もできた。ジョコウィは、「売人が抵抗したらその場で発砲だ」とBNNや警察を励ました。それを受けて、翌8月にはジャカルタ州警本部長も、捜査過程での発砲に言及した。「売人たちは罪を悔やみ神様に謝罪したいはずです。彼らを神様のところに送ってあげるのが警察の仕事です」と、路上での射殺を奨励した。ワセソも「年間1万5千人が麻薬で死んでいるのです。抑圧的な対処は正当です」と訴えた。

抵抗したら射殺しろと司令するジョコウィ Tribunnews

以上のように、ジョコウィ政権の発足以来、麻薬戦争のキャンペーンが加速的に進められてきた。とくに昨年からは「外敵との戦い」というレトリックが強化されることで、ナショナリズムの発動による人権無視の弾圧政策が正当化される傾向が強まっている。その効果は、実際に世論調査に顕著にみられる。国内の最有力紙「コンパス」が2017年8月に行った調査では、回答者の約9割が麻薬を脅威と認識し、7割が警察の麻薬対策を高く評価しているとの結果が出た。コンパスは、都市中間層の声が反映される新聞であり、この世論調査からも、ジョコウィの麻薬戦争が中間層の強い支持を得てきたことが理解出来よう。

その支持獲得のカギは何か。先の話から分かることは、統計のインパクト、麻薬売買の印象操作、そして世直しナショナリズムの効用である。とくに統計は人々の心理を操る効果があるが、年間1万5千人とか1日50人という数字は、社会に強烈なショックを与え、その結果、麻薬絡みの話を犯罪撲滅としか考えない思考停止に導いてきた。その上で、「戦争リーダー」たちは、世直しの突破口のためには人権などと眠たいことをほざく暇はなく、断固とした対策で国と次世代の若者を外的脅威から守るのだと訴える。これがジョコウィ率いる麻薬戦争キャンペーンの論理である。

戦争の成果

では、その戦争成果はいかなるものか。BNNは、まず逮捕者の増加を大きな成果だとアピールしてきた。とくにワセソがBNN長官になってからは、国家公務員の抜き打ち尿検査なども行われており、2016年には20万人近い役人の検査も実施して、身内にも厳しい態度を示してきた。その効果も含めて、ジョコウィ政権になって麻薬関係の逮捕者数は毎年約9%増加しており、2017年は過去最高の5万8千人を記録した。

逮捕者だけでなく、容疑者射殺の件数も急増している。2016年の件数は18人だが、2017年はジョコウィの「発砲奨励」があり79人に膨れ上がった。アムネスティ・インターナショナルをはじめとする人権擁護団体は、この超法規的射殺を強く批判している。しかしBNNは、大統領の指示に沿った対応で正当だとし、ワセソ長官も「取り締まり現場で容疑者が逃げてくれれば、もっと射殺できるので、ぜひ逃げてみてほしい」と批判を一蹴した。

また、死刑の執行も麻薬戦争の成果としてジョコウィ政権はアピールしてきた。2010年から2014年まで、麻薬関連受刑者の死刑執行はない。それがジョコウィ政権になってからは、2015年に14人、2016年は4人、2017年には55人の死刑が執行されている。BNNは、死刑による抑止効果が効いて、麻薬ビジネスのリスクは高まり、市場は縮小すると主張している。

これらの「成果」に対して、先の世論調査で見たように、都市中間層の多くの人たちが高い支持を示しており、それが「麻薬との戦い」を継続する正当性の根拠となっている。しかし、この戦争の影に目を向けると、いかに問題が多いかがわかる。同時に、さまざまな政治的な思惑が働いていることが見えてくる。

あわせて読みたい

「東南アジア」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    韓国に大人の対応ができない日本

    AbemaTIMES

  2. 2

    BTSがナチス演出? 韓国は擁護か

    tenten99

  3. 3

    防弾少年団 韓国大統領とも親密

    SmartFLASH

  4. 4

    徴用工判決に日本の親韓派も失望

    NEWSポストセブン

  5. 5

    日本に危機感 中国の工場に驚愕

    MAG2 NEWS

  6. 6

    徴用工判決 国際法の通説を疑え

    篠田 英朗

  7. 7

    大半の人は簡単なこともできない

    NEWSポストセブン

  8. 8

    オウム元死刑囚妻が語る執行の朝

    篠田博之

  9. 9

    相棒のシャブ常習者描写は差別的

    PRESIDENT Online

  10. 10

    お金持ちになれない日本人の認識

    内藤忍

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。