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ここが違う日本と中国(11)―底上げ教育VS英才教育

 近年、日本の教育現場やマスコミではPISAという言葉が頻繁に登場している。

PISAは「生徒の学習到達度調査」の頭文字。経済協力開発機構(OECD)が15歳児を対象とし2000年から3年ごとに実施している、義務教育で学んだ知識や技能を実生活で活用する力を評価するテストである。

2009年の調査は65カ国と地域の約47万人を対象にした。その結果は2010年12月に発表された。今回の結果によると、中国の上海は読解力が556点、数学的応用力が600点、科学的応用力は575点、全分野で1位になった。一方、日本は520点(8位)、529点(9位)、539点(5 位)だった。OECD加盟国の平均は493点、496点、501点なので、上海の優位が目立つ。

中国は今回初参加で上海だけが参加地域となった。つまり、初参加の上海は、世界を驚かすような好成績を収めたのだ。そんな上海の順位は日本からも大きく注目され、テレビでは一時話題になり、教育現場と教育行政のなかで上海詣の動きがあり今後活発化すると見られる。

関連報道を見て、筆者もいろいろ考えてみたが、ここではいくつかの感想を述べてみたい。

上海は全分野を通して成績上位の生徒が多いだけでなく、下位が最も少なく、上位と下位の差が小さいのが特徴だという。

これを見て、思わずオリンピックを連想してしまった。

中国はオリンピックを国威発揚の最大のチャンスと捉え、どんどん力を入れてきた。その結果、オリンピックのメダル数が1980年代以降急速に伸び、特に2008年北京五輪の成績は圧倒的強さを誇る。それはそのはずだ。

出場選手はすべて厳しい条件で選び抜かれたスポーツのプロ、エリート中のエリートである。

中国のナショナルチームは全員幼い頃からスポーツ一筋の人。各級政府の作っているチームから這い上がり最終的にナショナルチームの一員として選ばれ、そしてさらに厳格な選抜を勝ち抜いて出場選手になる。

日本みたいに大学や会社・企業に所属しながら訓練・トレーニングするのではなく、毎日ひたすら特訓に打ち込む、そんな者ばかり、だから強くなるのは当然だと思う。賞金も半端ではない。日本の金メダル300万円、銀メダル200万円、銅メダル100万円とはケタが違う。 ここまで書くと、話が本線からずれているように見えるが、そうではない。筆者が言いたいのが、「国際」的なイベントへの対応において中国は基本的に「国家の威信」「政府のメンツ」を強く意識して最大級の資源を投入するということである。OECD実施の学力テストでも、中国からみれば国際的なイベントに該当するはずだ。だから、当然、最先端の上海の最高水準の学校のもっとも賢い生徒に参加させるのだ。極めて分かりやすいことではないだろうか。

中国は国威発揚のためにオリンピックに莫大な予算を費やしている。日本はもし同じようなことをすれば、メダルはもっとたくさん取れるに違いない。しかし、オリンピックのメダル数は中国全体のスポーツ水準を正確に反映しているといえるのか、はなはだ疑問だ。逆に、メダル数の不調は日本全体のスポーツ水準の低下を意味するのか、必ずしもそうではない。

PISAへの参加も中国にとってオリンピックなどの国際試合参加と同じことだ。そこに参加した学校は上海の名門学校ばかりである。そういう政府が選んだ学校および生徒だから、強くないはずがない。でも、PISAの順位ははたして上海市全体、あるいは中国全体の教育水準を代表することができるか、答えはノーである。

上海の順位は日本にも強い衝撃を与えているようだ。これまで中国は英才教育をやっている国だといった漠然としたイメージが日本人には持っているものの、いきなりナンバーワンの成績を出せるとは誰も予想できなかっただろう。

それを受けて日本にも、「中国の教育は素晴らしい」「日本は中国に学ぶべきだ」と言い、中国式の英才教育を日本にも導入しようと考える人が増えている。

しかし、筆者に言わせれば、そのような愚行をぜひやめてほしい。なぜなら、英才教育は間違いなく日本を滅ぼすからだ。以下では主な理由を述べよう。

(1)中国はもともと階級社会なので、英才教育が適している。しかし、日本は平等を重んずる国だから、底上げ教育はベストである。

中国はもともと英才教育を貫いてきた歴史があり、英才教育は決して現在始まったものではない。

前近代教育において、塾や家庭教師が教育の担い手で、塾に通える人や家庭教師を雇える人は裕福層や金持ちの子どもだった。それができる人々はいわゆる社会のエリートに属する。そのため、中国の識字率がずっと低く、人びとの大多数は字の読み書きのできない者(中国語は「文盲」)である。

現在の中国でも、字の読み書きがままならない国民が多くいることは周知のとおりである。2000年第5回全国人口調査(国勢調査)の結果によれば、非識字者は8507万人、非識字率は6.12%である。特に教育環境が厳しい農村部と内陸部の非識字率が都市部を大きく上回っている(王文亮著『格差で読み解く現代中国』ミネルヴァ書房2006年、275頁)。

識字率と国民1人あたりの所得の間には、とても密接な関係があることが、国連児童基金(UNICEF)の以下のデータを見るとわかる。

・識字率が55%未満の国では、国民1人あたりの所得が平均600ドル
・識字率が55~84%の国では、国民1人あたりの所得が平均2400ドル
・識字率が85~95%の国では、国民1人あたりの所得が平均3700ドル
・識字率が96%以上の国では、国民1人あたりの所得が平均1万2600ドル
(眞淳平著『世界の国 1位と最下位 国際情勢の基礎を知ろう』岩波ジュニア新書、岩波書店2010年、206~207頁)

中国は今後も経済が発展し続け、国民の識字率も上がると見られる。一方、ほとんど学校教育を受けなかった高齢の人びと、学校教育の年数が短くすでに学校教育から離脱した人びと、そういった人びとの非識字問題を解決することはかなり難しい。

「悪魔の文字」と呼ばれる漢字。その難しさ(画数の多さ、構造の複雑化、多義性など)に加えて、文語と口語の分離によって生活に役立てるまで相当長い年数の教育を受けなければならない。だから、経済力のない一般家庭は無理である。

特に隋唐時代以降、科挙制度の確立に伴い、エリートと非エリート(庶民)との階層社会の形成は一層激しく、教育はますます英才教育に傾いていった。

近代に入り「白話運動」の推進および新中国建国後の簡略化漢字の使用により、国民の識字率も急速に向上した。それにしても、書籍や新聞などが 100%近く漢字を使っているような社会では、本や新聞などを難なく読み、必要な書類を作成したりするためには少なくとも3000字以上の習得が必要といわれる。言い換えれば、中国では、高等学校まで行かないと、新聞も読めない、手紙も書けないということだ。

日本の選挙は、候補者名や政党名を書くこと、正確に書かないといけないことになっている。これは世界中を見渡しても稀ですごいことである。中国はまだ民主主義を実現しておらず本格的な選挙が存在しないが、もし選挙をやる場合、日本と同じようなことは絶対できない。というのは、70代以上の人、特に農村地域には今も多くの非識字者がいるからだ。

日本は中国の漢字を受け入れ漢字文化圏の一員になったとはいえ、独自の仮名を発明したお陰で、漢字の習得が生活に役立てるレベルまでの所要年数はずいぶん短縮できた。中国とは対照的に、日本ではかなり昔から一般庶民、江戸時代では町民も広く教育を受けられるようになった。特に日本は科挙制度を輸入しなかったことが大きい。結果的に、教育はエリートの独占状態を免れて、一般庶民にも広く浸透していった。現在のいわゆる底上げ教育は実は長い伝統を持っていることであるといえる。

底上げ教育か、それとも英才教育か。こうしたそれぞれの国の風土や伝統を無視して語ることができない。

(2)英才教育は「国を治める」手段に過ぎず、国を発展させるためには底上げ教育が欠かせない。

国の発展に役立つのは底上げ教育であって、英才教育ではない。

日本の明治維新以降の近代化、1950年代以後の高度経済成長は、いずれも底上げ教育のお陰だ。特に戦後短期間で戦災の廃墟から這い上がれた最大の要因は、国民の教育水準の高さにあった。近年、「今の日本は強いリーダーが必要だ」「日本には優秀な人材が少ないから経済が衰退していく」「だから日本も英才教育を実施すべきだ」といった声があちらこちらから聞こえてくる。ところが、よく考えてみると、強いリーダーだとか、優秀な人材だとか、そもそも底上げ教育とは矛盾しないことである。強いリーダーは学校から生まれてくるものではなくて、社会システムや政治体制のあり方と密接な関係がある。優秀な人材も決して英才教育をやれば育てられるようことではない。また、どんな人が優秀な人材と見なされるかは、判断基準によるところが大きい。

中国では今、多くの分野において英才教育を受け、海外の名門大学を出た人が要職を占めリーダーになっている。アメリカのハーバード大学、イェール大学、プリンストン大学、イギリスのオクスフォード大学、ケンブリッジ大学などを卒業したエリートたちは官僚として登用され、大臣級ポストに就いた者も少なくない。彼ら(彼女たち)は優秀だけでなく若い。中国のリーダーは急速に若返りしており、年齢がわずか40代の大臣級官僚、市長や県長はごく普通になっている。

しかし、中国ではエリートが宙に浮いているような状態になりがちだ。なぜかというと、リーダーだけがエリートだけれど、チームを構成するメンバーの間のばらつきが大きく、リーダーについていけなかったりする。これは、国を治める(統治する)ことができるかもしれないが、国を発展させるような体制ではないことが明らかである。

ピラミッドに例えてみると、底上げ教育の日本は裾野の広くどっしりしたピラミッドである。一方、英才教育の中国は裾野の狭く細長いピラミッドである。いずれもエリートが君臨しているというならば、中国のエリートは宙に浮いており、能力が発揮しづらい状態にある。

また、会社や企業で働く人員構成を比較してみよう。日本と中国において、経営のトップ、管理層、研究開発は大抵同じく大卒以上の人が中心である。しかし、作業現場に目を転じると大きな違いが存在する。日本は絶対多数の大卒と一部の高卒からなるが、中国は少数の大卒・高卒と絶対多数の中卒・小卒によって構成されている。うまくいきそうなのがどっちか、軍配が日本のほうにあがる。国全体のことも同様だといえる。

いまの中国は大きく発展しているのではないか。確かにそうだ。しかし、中国の発展は英才教育の成果ではない。大量の資本投入やインフラ整備の重点化に比べ、教育の寄与度が大変低いと見られる。

底上げ教育の日本は飛び級をほとんど認めないが、英才教育の中国では飛び級制度が広く設けられており、10代前半の大学生や20歳の博士を輩出している。いうまでもないが、英才教育を受け、幼い頃に頭角を現わした人は必ずしも大人になっても活躍できる人材とは限らない。 日本は中国みたいに多くの国民を教育から切り捨てて、力をもっぱらエリート養成に向けることは決して目下の難局を切り抜け、いい将来を保障できるものではない。

(3)英才教育は子どもをだめにする道具であって、底上げ教育こそが人間性の育成に役立つ。

上述のPISA調査結果によれば、上海は週当たりの学校の学習時間が長く、国語は256分(日本211分)、数学は274分(同235分)、理科は202分(同148分)だった。子どもの学習習慣に関しては学習時間が長ければ長いほどいいと思ったら大間違い。上海の関係者自身も、「教員がつい長時間指導してしまい、生徒自身で考える時間がまだ少ない。生徒の負担が重く、プレッシャーも大きいので改善が必要だ」と認めている(「西日本新聞」 2011年6月14日付)。 1日は24時間、誰でも同じことだ。時間を学習に多く割けば、ほかのことをやる時間が比例に減る。一日の時間配分は子どもの一日の過ごし方を決めてしまうから、決して軽視できることではない。中国の子どもは学習に追われて、体育、部活、遊び、睡眠の時間、一息をつく時間が少ない。

2008年1月6日に放映されたNHKスペシャル「5年1組 小皇帝の涙」という番組は雲南省の子どもたちの様子をリアルに紹介している。1年生から英語を学び、数学は世界で一番難しいといわれるほどの学習レベル。親は子供を叱咤激励し、愛の鞭も惜しまない。学校側も成績のいい子供を多く輩出すれば、評価が上がるため、教育に力を入れる。

内陸部の雲南省から沿海部の上海市まで、中国はまさに英才教育の極限状態に挑戦しているように思える。しかし、その先には、子どもが犠牲になることが待ち受けているに違いない。

子どもは負担が重く、遊びと睡眠の時間が足りないといったことは中国の教育が長年抱えている問題で、有識者に指摘されて久しい。しかし、改善する気配が一向にない。

中国(上海)は確かに学習の成績が日本より上位だが、子どもの成長を全般的に見て果たして日本が中国に負けているといえるのか、絶対違うと思う。いや、むしろ日本が勝っている。日本の子どもは体育、部活、遊び、睡眠など学習以外にも多くの時間を過ごしており、中国の子どもより豊かで多彩な日々を送っている。

大学の授業で「5年1組 小皇帝の涙」を見たある学生はこう述べた。

「VTRを見て、とても心が苦しくなりました。私が小学生の時は、“子どもは遊ぶのが仕事”という考え方を親が持っていたので、そういう悪い点を(テストで)とるか、宿題をやっていない時以外は“勉強しなさい”とは言われませんでした。そのお陰でたくさんの楽しかった思い出を持つことができました。中国の子どもたちはこの思い出を持つことができないと思います。それどころか親など周りのプレッシャーにつぶされながらただ勉強をするしかないという現状が苦しい記憶しか持つことができない」。

学習という営みは子どもや若い時にしかやらないことではなく、むしろ一生涯のことである。特に頭と身体の成長期にある義務教育段階において、感性を磨き、人間性を育てることは極めて重要である。そういう意味で、スポーツ、遊び、部活にも打ち込んでいる日本の子どもはよほど健全だといえる。

底上げ教育と英才教育はどれも一長一短があるというなら、両者を合体すればいいじゃないか。しかし、こんなうまいことがあるはずはない。国の教育方針は、教育資源の配分を決めることになるから、底上げ教育か英才教育かのどちらかである。日本は世界で戦える国を仕上げるためには、国民全員の力を必要とする。ならば、底上げ教育しかない。
(執筆者:王文亮 金城学院大学教授編集担当:サーチナ・メディア事業部)

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