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米国のオピオイド禍と日本への教訓 - 田中美穂 / 医療倫理学、児玉聡 / 倫理学

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オピオイドをはじめとする薬物の過剰摂取により、2016年1年間で6万4千人もの米国人が命を落とした――ドナルド・トランプ米大統領は、2018年1月末に行った一般教書演説でこう述べた(注1)。トランプ大統領は、薬物対策に断固たる姿勢で取り組むことを明言したが、彼はこれより前の2017年10月にも、公衆衛生に関する非常事態宣言を出してオピオイド問題に対処する必要性に言及していた(注2)(注3)。

米国ではいったい何が起きているのか。

日本ではあまり報道されていないが、米国ではオピオイドの過剰摂取が大きな社会問題となっている(注4)。2016年に死亡した米国の著名な歌手プリンスさんや、2017年に死亡した米国のロックミュージシャンのトム・ペティさんも、死因は鎮痛薬のフェンタニル、すなわちオピオイドの過剰摂取によるものであった(注5)(注6)。

なお、日本では昨今、他国の大麻使用(医療用・娯楽用)の合法化についても報道がなされている(注7)。大麻については後述するが、本稿が主眼としているのはオピオイドであり、大麻の話ではないことに留意されたい。

オピオイドとは

そもそもオピオイドとは何か。オピオイドとは、アヘンと似た性質を示す化合物の総称である。オピオイド(opioid)という言葉も、アヘン(opium)から派生してできた言葉だ。WHOによれば、例えば、モルヒネ、ヘロイン、トラマドール、オキシコドン、メサドンなどがオピオイドである(注8)。

より詳しく言えば、オピオイドは、麻薬性鎮痛薬やその関連合成鎮痛薬などのアルカロイド(窒素を含む塩基性の植物成分)およびモルヒネ様活性を有する内因性または合成ペプチド類の総称である(注9)。神経系は、中枢神経と末梢神経から成り、神経系の情報伝達を担うのがニューロンと呼ばれる神経細胞だ。これが神経伝達物質を通じてさまざまな情報を脳に伝達する(注10)。

オピオイドは、中枢神経や末梢神経に存在するオピオイド受容体に結合して神経の伝達を抑制することにより、強力な鎮痛作用をもたらす(注9)(注11)。しかし、オピオイドは鎮痛作用だけでなく、多幸感をもたらしたり不安感を除去したりすることでも知られ、その依存性も問題となりうる。

歴史的に見れば、ケシの実から採取されるアヘンが鎮痛薬として西洋では古くから用いられていたが、19世紀初頭にアヘンからモルヒネが精製され、さらにその後、より速効性の高いヘロインが合成された(注12)。オピオイドは、このような歴史の中に位置づけて理解される必要がある。

オピオイドの処方薬で毎日46人が死んでいる

米国疾病対策センター(CDC) の報告書によれば(注13)、米国における薬物の過剰摂取による死亡者は年々増えている(図1)。1999年時点では10万人あたり6.1人であった死亡率が、2016年には19.8人となった(いずれも年齢調整死亡率)。2015年の16.3人と比較しても21%増となっている。

薬物の過剰摂取による死亡者は、米国における主な死亡原因統計において事故や自殺などさまざまな死因に分類されるため、その規模がわかりにくい。だが、それらを合計した上で、死亡原因統計(2016年)の上位10項目と比較すると、7位の糖尿病(同21.0人)に続き、8位のインフルエンザ・肺炎(同13.5人)を超える数字となる(注14)。

図1 薬物の過剰摂取による死亡者数および10万人あたり死亡者数の推移1999年-2016年(年齢調整済み)


その薬物関連死の多くを占めるのがオピオイドである。米国における2016年の薬物関連死による死亡者数6万3,632人中、オピオイドによる死亡者はおよそ66%(4万2,249人)であった(図2)。1日に115人もの米国人がオピオイドの過剰摂取で死亡している計算となる。このうちおよそ4割が処方されたオピオイドによる死亡とされる(注15)。つまり、毎日46人が処方薬で死亡しているのだ。

図2 オピオイド関連死亡者数および10万人あたり死亡者数の年次推移1999-2016年(年齢調整済み)


オピオイドは、米国で増え続けている自殺の手段にも用いられている。CDCのレポートによれば、自殺の手段で全体の15%を占める中毒死のうち、オピオイドによるものが3割強を占めた(注16)。

また現在、米国の臓器移植件数は増加傾向にあるが、その一つの要因として、薬物の過剰摂取による死者数の増加があるとの見方がある(注17)(注18)。ある研究によれば、ドナー(臓器提供者)全体に占める薬物の過剰摂取死によるドナーの割合は、2000年で1.1%だったのが、2017年には13.4%に増えたとされる(注19)。

諸外国との比較

諸外国と比較しても、米国の薬物関連死者数は突出している。国連薬物犯罪事務所によると、2015年の世界の薬物関連死19万人のうち米国がおよそ4分の1を占めた(注20)。今後10年間で50万人近くの米国人がオピオイドの過剰摂取で死亡するとの予測もある(注21)。

ここで、世界の主な国々におけるオピオイド(モルヒネ・フェンタニル・オキシコドン)消費量を見てみよう(図3)(注22)。このデータには、がん患者の鎮痛に加え、手術麻酔や非がん患者の鎮痛に使用されたオピオイドが含まれている(注23)。

図3 医療用麻薬消費量の国際比較 2013-2015年


見てわかる通り、米国のオピオイド消費量は諸外国と比べて多い方だが、突出しているというわけではない。そうすると、オピオイドの消費量だけが問題なのではなく、不適切に処方されたり、処方薬であっても家族や友人から入手・購入したり、麻薬の密売人から購入したりしていることも問題であることになる(注24)。米国では、処方されたオピオイドを乱用した人は1,200万人(2015年)に上ると推定されている(注20)。

非がん患者へのオピオイド処方

米国のオピオイド禍にはどのような背景があるのか。一つの要因は、非がん患者に対してオピオイドが処方されるようになったことである。

非がん患者の慢性的な疼痛へのオピオイド処方が急増したのは1990年代終わりごろである(注25)。その少し前、つまり1980年代後半から1990年代前半に公表された文献では、欧州や北米でオピオイド鎮痛薬が過少評価され、結果として痛みの治療が不十分であると報告されていた(注26)。

このころ、WHO(世界保健機関)も、手術後の痛みやがんの痛みに対する医療的な対応が不十分であることを表明した(注27)。がん疼痛の治療に関しては、多くの医師たちが患者の痛みの重大さに気づき、多くの国で早急に改善された(注28)。

だが、問題は非がん患者の疼痛の管理であった。がん患者の場合と比べて、非がん患者にオピオイドを使用するための科学的エビデンスは十分ではなかった。ところが、がん疼痛の専門家たちは、その他の慢性疼痛や非がん性疼痛の専門知識がないまま、がんと非がんの疼痛の原因を一緒に考え、オピオイドが慢性的な非がん性疼痛の主要な治療方法とした(注26)。そして、製薬会社は、常習性が低い薬物としてオピオイドの使用を推し進めたのである(注26)(注29)。

米国の医療制度にも起因

もう一つの要因は、米国の医療制度だ。日本と異なり国民皆保険制度のない米国では、民間医療保険と、高齢者・障がい者向けのメディケアか低所得者向けのメディケイドという公的医療保険があるものの、無保険者も8.8%(2016年)いる(注30)。

慢性疼痛にはオピオイドが第一選択肢となるべきではなく、非オピオイドの投薬や理学療法、代替治療や痛みの自己管理・緩和方法等が有効とされるが、そうした治療は医療保険ではまかなわれないことが多い(注28)(注31)。また、痛みに対して適切に対処してくれるペインクリニックや専門の医師へのアクセスが困難な地域に住んでいる人々も少なくない。

こうした事情が重なり、オピオイドの処方が増え、その結果、米国では上述したような社会問題が発生したのだ。【次ページにつづく】

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