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医師は鑑定により知り得た事実も守秘義務を負う

最決平成24年2月13日PDF決定全文

刑法は、医師の守秘義務違反行為に刑罰を科している。

(秘密漏示)
第134条  医師、薬剤師、医薬品販売業者、助産師、弁護士、弁護人、公証人又はこれらの職にあった者が、正当な理由がないのに、その業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を漏らしたときは、6月以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する。(2項略)

最高裁決定で問われたのは、家裁から精神医学鑑定を委嘱された精神科医が、その鑑定に際して知った事項を漏らすことが、上記の「業務上取り扱ったこと」といえるかという問題だ。

この点について最高裁は、医師の業務を幅広く捉え、以下のように判示した。

本件のように、医師が、医師としての知識、経験に基づく、診断を含む医学的判断を内容とする鑑定を命じられた場合には、その鑑定の実施は、医師がその業務として行うものといえるから、医師が当該鑑定を行う過程で知り得た人の秘密を正当な理由なく漏らす行為は、医師がその業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を漏示するものとして刑法134条1項の秘密漏示罪に該当すると解するのが相当である。

一見すると当たり前のことに思えるが、もともと刑法が何を保護しようとしていたかを考えると、これは拡張解釈にほかならないと言える。
つまり、医師の守秘義務というのは、患者に対して最善の治療をするために、通常ならば患者が他人に知られたくない自己の体と病気に関する事実を知る必要があり、患者が安心して医師に秘密を打ち明けられるようにするために設けられたものである。もちろん患者自身が知っていことだけでなく、検査により判明することも含まれるし、積極的協力を促すだけではない公的な秘密保持義務という面もある。

いずれにしても医師という身分だから刑事罰をもって守秘義務を課されているのではなく、患者を診療するという業務に必要だから守秘義務を課されるわけである。

裁判上の鑑定は、患者を診療する行為とは異なるので、上記の守秘義務を課す理由は直接には当てはまらない。
従って最高裁の今回の決定は、患者の治療という目的ではなく、医学鑑定という目的での資料収集のために、通常なら他人に知られたくない事実でも調べることができるようにするために、そして調査対象者のプライバシーを保護するために、診療目的の業務の守秘義務を拡張したといってよい。

この点について千葉勝美裁判官の補足意見は、拡張しないことを逆に限定解釈だとして、限定するための法文上の手がかりがないとし、かえって「およそ人の秘密を漏らすような反倫理的な行為は、医師として慎むべきであるという崇高な考え」が刑法134条の趣旨だとして、ヒポクラテスの誓いには医療業務に関係なく秘密保護を要求しているというのだが、刑法134条が「その業務上取り扱ったこと」に限っている趣旨を軽視するものだろう。

そしてこのように医師の守秘義務が裁判上の鑑定により知り得た事実にも及ぶと解すると、非常に奇妙な事態が発生する。
すなわち、医師の守秘義務は、刑事裁判においても民事裁判においても保護され、証言拒絶事由となっている。

刑事訴訟法第149条  医師、歯科医師、助産師、看護師、弁護士(外国法事務弁護士を含む。)、弁理士、公証人、宗教の職に在る者又はこれらの職に在つた者は、業務上委託を受けたため知り得た事実で他人の秘密に関するものについては、証言を拒むことができる。但し、本人が承諾した場合、証言の拒絶が被告人のためのみにする権利の濫用と認められる場合(被告人が本人である場合を除く。)その他裁判所の規則で定める事由がある場合は、この限りでない。

この証言拒絶権の規定が鑑定人に準用されるかどうかは微妙だが、少なくとも法文上は排除されていない(刑訴171条)。

そうすると、刑事裁判の資料とするために委託されて知り得た事実は、鑑定人としても証言拒絶事由になって刑事裁判の資料とできなくなってしまう。
もちろんそんな馬鹿な解釈はあり得ないのだが、こういうおかしなことになるのは、医師の本来的な守秘義務の射程を、あまりよく考えないで医師の別の仕事に拡張したことに起因するのだろう。

医師が患者から安心して秘密を打ち明けられる立場にあることを保障するために、その知り得た事実は他に漏らさないというのが守秘義務の基本だとすれば、刑事裁判の資料とするための鑑定人はもともと公開される可能性のある資料収集をしているのであって、そうした基本的な守秘義務の前提が欠けているというべきである。

もちろん刑事訴訟上の文書は、刑訴法47条で秘密保持が命じられているので、鑑定人が収集した資料も、公判に提出されなかったものはすべて秘密であり、公にすることは許されない。しかしこの守秘義務は、刑法134条の保護する範囲ではない。
また本件は少年事件なので、公の法廷での証拠となるわけではないが、そのことはより一層秘密保護が要請されるとはいえても、刑法134条が適用になる理由にはならない。少年事件で秘密保護を要請されるのは医師や弁護士などに限られず、被害者や報道機関も同様だからだ。

秘密を守ることは、千葉裁判官が強調するように、それ自体良いことのように思う向きがあるかもしれないが、逆にそれは秘密とされる情報への他人のアクセスを否定することでもある。要するに秘密保護は知る権利とトレードオフの関係にある。秘密保護が崇高な倫理だと一方的にいうのは、こうしたトレード・オフの関係を理解していないと言わざるを得ない。
医師と患者との関係は、弁護士と依頼者との関係でも同様だが、高度に秘密が保護される必要がある。しかし同じく医師や弁護士の業務でも、診療とか受任した事件の処理という関係以外の場面では、他者の知る権利との調整が必要である。

一般的な守秘義務に刑法134条の刑事罰を、同条にたまたま記載されている職業の人達だけに限って拡張するのは、当を得ないものではなかろうか。

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